自動車のステアリングホイール(ハンドル)と、タイヤを動かす転舵ユニットを電気信号で結ぶステアバイワイヤ。ステアリングシャフトがなくなる次世代の機構は、エンジンルームの設計やハンドルの操舵感などに多くのメリットをもたらす一方で、安全性確保のための冗長設計には新たな要求を突きつける。半導体デバイスの豊富なラインアップと製品拡充によって、この要求に応えようとしているのがインフィニオン テクノロジーズだ。
完全な自動運転車に向けた技術開発が進む中、「クルマのステアリングホイール(ハンドル)」の概念が大きく変わろうとしている。自動車のステアリング機構は、ドライバーのハンドル操作がそのままタイヤに伝わるマニュアルから始まり、ハンドル操舵力を軽減するために、油圧式のパワーステアリング、そして現在主流の電動パワーステアリングへと進化してきた。
電動パワーステアリングは、電動モーターでハンドル操舵をアシストするシステムだ。ドライバーはより軽い力でハンドルを操作できる。
そして今、次世代のステアリング機構として開発が進み、導入が検討されているのが「ステアバイワイヤ(Steer by Wire)」だ。自動車のハンドルと、タイヤを動かす転舵ユニットを、ステアリングシャフト(以下、シャフト)のような機械的な構造ではなくケーブルを使って電気信号で接続する。ハンドル側と転舵ユニット側に一つずつモーターがあり、前者はハンドルに反力を与えて「ハンドルの操作感を重くする」役割を担う。ハンドルが軽すぎると、ドライバーの意図以上にハンドルを切りすぎてしまいかねないからだ。後者のモーターはタイヤを動かす役割を担う。ケーブルは基本的にはCAN-FDを使用することになるとみられている。
ステアバイワイヤは目新しいコンセプトではなく、数十年にわたり開発が続いてきた技術だ。ごく一部の高級車では既に採用された実績がある。ただし、これは試験的に採用されている側面もあり、緊急時に備えて機械式のシャフトを装備していた。シャフトがない「完全なステアバイワイヤ」を搭載した量産車が既に一部投入されてきているが、幅広い実用化はもう少し先だとみられている。インフィニオン テクノロジーズ ジャパンの中宮和徳氏は「実用化の時期は国や地域によって異なるが、先行している海外では2026年から2027年あたり、国内では2029年あたりではないか」とみる。
ステアバイワイヤには、自動車の設計やデザイン、自動運転支援、乗り心地などの快適性において、いくつもの利点がある。
最も分かりやすいのは、設計におけるメリットだろう。シャフトがあるとどうしても重くなる上にスペースも使う。シャフトがなくなれば、車体が軽くなるだけでなく、エンジンルームの設計の自由度が格段に上がる。自動運転においてハンドルをダッシュボード部分に埋め込むなど、より自由なデザインも可能になる。ハンドルの設置も容易になる上に、左ハンドルや右ハンドルといった国内外の仕様にも対応しやすい。さらに、万が一、クルマのフロント部分に衝撃があった場合も、シャフトがダッシュボードを突き破ってドライバー側に飛び出してくるといったリスクも減る。
先進運転支援システム(ADAS)の観点では、ハンドルの制御や応答スピードで優位性がある。電動パワーステアリングではハンドルを動かすと、シャフトを介してハンドルの回転角が転舵ユニットに伝わり、モーターがタイヤを動かす。そのため、構造的に動作の遅延や誤差がどうしても出てくる。生成したパワーを100%伝えることは難しく、機械的な構造がある以上どこかで損失が発生する。それに対しステアバイワイヤは、ハンドル側のモーターと転舵ユニット側のモーターが電気信号で直接的に接続されているので、ハンドルの回転角が高速に転舵ユニットに伝わる。操舵の応答スピードが上がり、精度も向上させられる。「ハンドルとタイヤが連動するレベルが高くなるので、操舵時の違和感が少ないとされる。」(中宮氏)
シャフトが無いと、地面からハンドルに伝わる振動も減る。より快適なハンドル操作が可能になるだろう。さらに、操舵感をパラメータで調整できるようになるので「もう少しハンドル操作を重くしたい/軽くしたい」など、ドライバー個人の好みに合わせることも可能だ。ドライバーにとって、運転の快適性は増すと考えられる。
このように利点が多いステアバイワイヤだが、当然課題もある。最も大きな課題が安全性だ。
自動車において、安全性を実現する冗長設計はいくつかある。何らかの障害を検知すると、一定期間、システムが運用を継続するフェイルセーフ(Fail-Safe)がまず一つ。これは、例えば自動車に不具合が発生した場合、なんとか近くの路肩までは走行し、安全な場所に停止できるという機能だ。フェイルセーフよりも高い安全性を実現するのがフェイルオペレーショナル(Fail-operational)である。これは、マイコンやモータードライバー、MOSFETなどを含めたシステムを2セット用意することで、片方のシステムが故障した際に、もう一つのシステムに切り替え、これまでと同じように動作/機能させるというもの。上記の例でいえば、不具合が発生した後も、路肩に停車することなく、そのまま安全に走行し続けられるのがフェイルオペレーショナルだ。
中宮氏は「これまで以上の安全性を求められるステアバイワイヤでは、フェイルオペレーショナルが主流になる」と説明する。
まず、タイヤとつながっている転舵ユニット側のモーター制御システムではフェイルオペレーショナルが必須とされる。タイヤが制御不能になると生命に関わるからだ。一方でハンドル側については自動車メーカーの開発方針によって異なり、フェイルセーフを選択するメーカーもあれば、フェイルオペレーショナルを望むメーカーもいる。ただし、転舵ユニット側と同じレベルの冗長性を実現しようとすると、当然ながらコストもそれだけ高くなる。
中宮氏によれば、フェイルオペレーショナルの1つとして新たな要求が出ているという。2つのシステムを構成する際に、同じ品種ではなく異なる品種のデバイスを使うことだ。マイコンであれば、同じ品種ではなく、違う品種を用いるのである。
背景にあるのが、デバイスの故障要因だ。デバイスの故障のメカニズムは主に2つある。1つは、非常に低い確率ではあるが運悪くランダムで故障してしまうケース。もう一つは、そのデバイスに特有の欠陥があり、何らかの条件下で壊れてしまうというケースだ。故障要因が後者の場合、同じデバイスを両方のシステムの設計に用いると、条件によってはどちらも壊れてしまうリスクがある。「品種だけ異なればいいという要望もあれば、メーカーから変えてほしいという要求もある。ただし、メーカーまで変えてしまうとその分、開発も2倍になるので現実的ではない」と中宮氏は述べる。さらに、ソフトウェアの2重開発による、潜在的不具合の混入リスクも上がることになるため、懸念点もある。
「懸念や課題はあるが、ステアバイワイヤの冗長構成については、上述したような議論が出てきている。どの構成が主流になるかは、現時点ではまだ明確ではない」(中宮氏)
ステアバイワイヤの本格導入に向け、インフィニオンは、冗長構成のモーター制御システム用評価ボードを準備中だ。2025年秋ごろにもリリースする予定だという。
この評価ボードの大きな特徴は、ステアバイワイヤのモーター制御に必要な半導体デバイスを全てインフィニオン製品でそろえていることだ。車載用マイコン「AURIX」、車載用電源IC「OPTIREG」をはじめ、モーター用の位置センサー「XENSIV」、ブラシレスDCモーター用のゲートドライバーIC「MOTIX」、パワーMOSFET「OptiMOS」といったインフィニオンの製品を使用している。しかも、上述したフェイルオペレーショナルの新たな要求にも応えるべく、品種が異なるデバイスを用いている。中宮氏は「必要な半導体デバイス全てを、品種も変えて提供できる半導体メーカーは少ないのではないか」と語る。
ボードの直径は10cmほどで、ハンドル側のモーター、転舵ユニット側のモーターのいずれの評価にも使用できる。
モーターを駆動するためのソフトウェアもインフィニオンで用意する。「ステアバイワイヤのモーター制御システムの冗長構成を、これほど小型のボードで実現できることをぜひ知ってほしい」(中宮氏)
インフィニオンは、2024年にドイツで開催された組み込み技術の展示会「embedded world 2024」などで、この評価ボードを用いたステアバイワイヤのデモを披露している。
さらに、ステアバイワイヤ向けの新製品として、ゲートドライバーIC「MOTIX TLE9189」や、TMR(トンネル磁気抵抗)ベースの新しい角度センサー「XENSIV TLE5502D」を用意する。MOTIX TLE9189は、ASIL-D準拠の3相ゲートドライバーICで、少ない外付け部品でシステムを構成できるのでコストを低く抑えられることが特徴だ。XENSIV TLE5502Dは、位置を高精度に検出できるので、厳しい精度が求められるステアリング機構に適している。ステアバイワイヤのモーター制御向けに、インフィニオンの既存のTMRセンサーよりも精度を高めた。「今後量産されるステアリング機構では、ほぼTMRセンサーが採用されていくとみており、製品ラインアップを拡充している」(中宮氏)
自動車の運転の最も根幹を担うステアリング機構にパラダイムシフトをもたらすステアバイワイヤ。インフィニオンはステアバイワイヤの本格到来を見据え、半導体デバイスをトータルで提供する体制を着々と整えているのだ。
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提供:インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2025年10月25日