AIの活用領域はクラウドからエッジへと急速に広がり、バッテリー駆動IoTへの実装も本格化している。Nordic Semiconductor(以下、Nordic)は、超低消費電力無線で培った技術を強みに、専用NPU搭載SoCからAIモデル、開発環境、クラウドまでをそろえ、エッジAI事業を強化している。Nordicはこの市場の成長をどう見据え、どのような戦略で競合との差別化を図るのか。同社のコーポレート戦略担当エグゼクティブバイスプレジデント兼PMIC事業部門責任者を務めるKjetil Holstad氏に詳細を聞いた。
――エッジAIに対する需要が高まっている背景と、その主な要因をどう見ているか教えてください。
Kjetil Holstad氏(以下、Holstad氏) 顧客が求めているのは、エッジAIそのものではなく、コイン電池でより長く動作し、出荷後も進化し続ける製品であり、それを可能にする技術がエッジAIです。
現在、4つの大きな要因が需要を押し上げていると思います。第1は、低レーテンシーと応答性で、音声コマンドやジェスチャー認識、異常検知ではリアルタイム処理が求められています。第2は、プライバシーで、音声や映像、生体情報などの生データをデバイス内にとどめることで、リスクを低減することができます。
第3は、クラウドの運用コストです。IoTが大規模化する中、推論を常時クラウドで行うのはコスト面で持続可能とはいえません。そして第4が、バッテリー寿命です。デバイス側でデータをフィルタリングし、必要な場合にだけ無線通信することで、バッテリー寿命を約10倍の規模で延ばすことが可能です。
さらに、プライバシーやデータ主権、EUサイバーレジリエンス法(CRA)などの規制も、ローカル処理や安全なOTA(Over-The-Air)アップデートへの移行を後押ししているといえるでしょう。
――バッテリー駆動IoTデバイスにエッジAIを搭載する上で、どのような新しい要件や技術的課題が生じていますか?
Holstad氏 最大の課題は、厳しい電力制約下で高いAI性能を実現し、一般的な組み込み開発チームでも製品化できる形で提供することです。
Nordicは、応答性やプライバシー、使いやすさを犠牲にせず、バッテリー駆動デバイスで継続動作できる超低消費電力かつ高効率なエッジ推論の実現に注力しています。
そのためにはAIアクセラレーションだけでなく開発フローの簡素化も重要です。Nordicは、Nordic Edge AI Labなどを通じ、AIの専門家ではない開発者でも高度なエッジAIを利用できる環境を整えています。
たとえばスマートホーム機器なら、クラウド通信や音声データのストリーミングなしに、デバイス上で音声コマンドに応答することができ、産業用センサーなら、異常をローカルで検出し、必要なアラートだけを送信することができます。また、ウェアラブル機器なら、生のIMUデータを外部に送らず動作を分類可能です。
――nRF54LシリーズへのNPU(Neural Processing Unit)統合によって、開発者の製品設計/開発はどのように変わるのでしょうか?
Holstad氏 nRF54LM20Bは、nRF54Lシリーズで最も高性能なSoC(System on Chip)で、専用のAxon NPUを搭載した同シリーズ初の製品です。2MBのNVM、512KBのRAM、RISC-Vコプロセッサ、128MHzのArm Cortex-M33も搭載し、Axon NPUによってTensorFlow Liteクラスの推論を内蔵CPUと比較して最大15倍高速化します。また、最も近い競合製品と比較して最大7倍の性能と最大8倍のエネルギー効率を実現しています。
これで大きく変わるのは、バッテリー駆動デバイスで実行可能なワークロードの範囲です。キーワードスポッティングや音声分類、異常検知などを、クラウド通信を必要としないで、バッテリー寿命を犠牲にすることなく、ローカルかつ継続的に実行することができます。
開発者は既存のTensorFlow Liteモデルを利用できます。Axon NPU Compilerは、「.tflite」および「.h5」形式をNPU対応形式へ変換します。nRF Connect SDK向け「Edge AI Add-on v2.0」には、NPUドライバやnRF Edge AIライブラリ、コードサンプルも用意されています。
つまりNPUは独立したAIサブシステムではなく、開発者が無線通信や電源管理で既に使い慣れているSDKの一部として扱えます。Bluetooth LEとAIを1つのSoCで実現できるため、部品表(BOM)も一本化することが可能です。
――Nordicは、Axon NPU、Neutonモデル、Nordic Edge AI Labを組み合わせてエッジAI開発を支援しています。この狙いは何でしょうか?
Holstad氏 エッジAIは、試作は簡単だが、製品化が難しい技術だと思います。Nordicは、機械学習の専門人材の有無を問わず、顧客のAI活用段階に応じたソリューションを提供しています。
Axonは音声、振動、画像分類など、高い処理レートが必要なワークロードに適している一方で、Neutonは機械学習の専門知識を持たないチーム向けで、ラベル付きデータから超小型モデルを生成し、nRF52シリーズからnRF54、nRF91シリーズまで、NordicのあらゆるSoC/SiP(System in Package)のメインアプリケーションコア上で実行することができます。
これを支えるのがNordic Edge AI Labです。ノーコードのブラウザ環境で、ラベル付きデータセットをアップロードし、モデルタイプを指定するだけでカスタムNeutonモデルを生成できます。
nRF Connect SDK向けEdge AI Add-on v2.0と組み合わせることで、1つのツールチェーンと2つのAI導入経路を提供します。一般的な組み込み開発チームでも、データの準備からファームウェアへの実装までを、数カ月ではなく数日で完了できるようになります。
――Neutonベースの超小型モデルには、どのようなメリットがありますか。
Holstad氏 Neutonは、顧客自身のデータを基に、独自のネットワーク成長アルゴリズムを使用して構築する超小型エッジAIモデルです。モデルサイズは一般に5KB未満で、従来のCPU上で動作するモデル比で最大10倍の小型化、高速化、省エネルギー化を実現します。
そのメリットの1つはフットプリントの小ささです。既存のNordic製シリコン上で無線スタックやアプリケーションロジックと共存できるため、既存製品でも基板を再設計せずにAI機能を追加することが可能です。また、モデルが小さく、演算回数も少ないため、1回の推論に必要なエネルギーを削減することができます。
Neutonは、nRF52、nRF53、nRF54、nRF91を含むNordicの全SoC/SiPのメインアプリケーションコア上で動作するので、Nordic製品のほぼ全てが、ハードウェアを刷新することなく、実質的にエッジAI対応できるということです。
――NordicのエッジAIを支える製品ポートフォリオでは、主にどのようなアプリケーション分野をターゲットとしていますか。
Holstad氏 コネクテッドコンシューマー、コネクテッドヘルス、産業IoT、スマートホーム/Matterの4分野を想定しています。
コネクテッドコンシューマーでは、ウェアラブルやヒアラブル、PC周辺機器などで、キーワードスポッティングやジェスチャー認識、存在検知などをデバイス上で実行できます。コネクテッドヘルスでは、医療モニタリング、薬剤投与機器、補聴機器などへの応用を想定しています。nRF54LM20Bを使えば、生体モニタリングや行動分類を継続的に行いながら、機密性の高いデータをデバイス内に保持することが可能です。
産業IoTでは、異常検知や予知保全、振動解析によって、必要なアラートだけを送信できます。資産トラッカーでは、移動や状況をローカルで分類し、セルラーや衛星通信用の無線機能をいつ起動するかを、デバイス自身が判断でき、これによって通信量と消費電力を低減することが可能です。
スマートホーム/Matterでは、音声キーワード検出や音声分類をデバイス上で実行することで、低遅延かつプライバシーに配慮した操作を実現できます。nRF Connect SDKはMatterとThreadをサポートしていて、同じSoC内でAI推論と無線通信を組み合わせることができます。
――競合他社と比較したNordicのエッジAIソリューションの主な差別化ポイントは何でしょうか。
Holstad氏 差別化ポイントは3つあります。第1は、設計段階から超低消費電力を追求していることです。Axon NPUは、Nordicの超低消費電力SoCアーキテクチャと一体で設計され、電源ドメインやウェイクアップソース、スリープ状態を共有しています。
第2は、実際の顧客ワークロードで意味を持つNPU性能です。バッテリー駆動デバイスでも、キーワードスポッティングや音声分類、異常検知、行動認識などを継続的に実行できる性能とエネルギー効率を確保しています。
第3は、これらの機能を誰でも利用しやすくする開発環境です。nRF Connect SDKを中心に、Axon NPU Compiler、Edge AI Add-on v2.0、Nordic Edge AI Labの提供に加えて、nRF Cloudを利用し、導入済みデバイス群に対してモデルを再学習し、OTAで更新することができます。
NPU専業の半導体ベンダーには、無線通信やクラウドまで提供していない企業がある一方で、NPUを追加したMCUベンダーの多くは、超低消費電力無線を本来の強みとしてきたわけではありません。また、クラウド専業のAIプラットフォームでは、デバイス側の超低消費電力動作を保証できません。
Nordicは、シリコン、ソフトウェア、サービスを1つの超低消費電力システムとして連携させた、チップからクラウドまで一貫したライフサイクル環境を提供しています。
――今後、エッジAI市場はどのように進化するでしょうか。
Holstad氏 エッジAIは、実験/検証から本格的な製品化の段階へ移行しています。議論の中心も、「デバイス上でAIモデルを動かせるか」から、「専門知識を持たない開発チームでも、モデルの開発、導入、ライフサイクル管理を迅速に行えるか」へ移りつつあります。
今後は次の3つの要素が重要になると思います。第1に、超低消費電力かつ高効率なニューラル推論が、バッテリー駆動製品における標準的な要件になること。第2に、AutoMLと事前学習済みモデルによってAI導入のハードルがさらに下がることです。
そして第3が、ライフサイクル管理が必須になることです。規制当局や顧客からの要求に加え、長期間使用されるIoT製品では、デバイスを何年にもわたって安全に再学習/更新できる仕組みが不可欠になります。
――Nordicのロードマップについてもお聞かせください。
Holstad氏 Nordicのロードマップは、この3つの潮流を軸に構築されています。Axon NPUは、nRF54LM20Bを皮切りに、Bluetooth LEとセルラーの両プラットフォームへ展開し、今後登場するnRF92シリーズにも拡大される予定で、nRF92シリーズは、セルラーIoT、衛星NTN、エッジAI、マルチコンステレーションGNSSを1つに統合した、高度な統合ソリューションとなります。
Nordic Edge AI Lab、nRF Connect SDK、nRF Cloudを組み合わせ、開発から安全なFOTA(Firmware-Over-The-Air)、モデル更新までをカバーします。AI機能は、製品出荷時点で固定されるのではなく、導入後もデバイス群とともに進化し続けるでしょう。
エッジAIは、セルラーIoT、Matter、より広範なプラットフォーム事業と並ぶ、Nordicが掲げる4つの成長領域の1つです。超低消費電力エッジAIについて、チップからクラウドまでのライフサイクル全体を一貫して提供できるのが当社の強みであり、今後は個々のチップ以上に、この統合プラットフォームが重要になると考えています。
※本稿は、ノルディック・セミコンダクター株式会社より寄稿された記事を再構成したものです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
提供:ノルディック・セミコンダクター株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2026年10月2日