次世代EVの新コンセプトを形に、車両制御ECUを1年未満で開発した秘策とは!?:NIDays 2011 開催リポート
超低燃費を追求した次世代の電気自動車のコンセプトモデルと、それとは対照的な超大型の電動フルトレーラシステム。今までにない新たなコンセプト車両の開発にいかに取り組むか。日本自動車研究所のFC・EV研究部 性能研究グループの研究員である島村和樹氏が、車両制御ECU開発の舞台裏を語った。
車重が300kgの超小型の電気自動車「C・ta(シータ)」と、総重量44トンにもなる大型電動フルトレーラシステム「TRAMA(トラマ)」――。車種も規模も両極端にある2つの車両の制御ECU(Electronic Control Unit)を、それぞれ1年未満という短期間で開発する。そんな無謀ともいえる挑戦に取り組んだのが、日本自動車研究所のFC・EV研究部 性能研究グループの研究員である島村和樹氏だ(図1)。
それぞれ、2008年末と2009年末にスタートした開発プロジェクトは無事に目標を達成し、現在は試作車両を使った実験を進めている。島村氏は、「ユーザフレンドリでグラフィカルなシステム開発環境を使い、頭の中のアイデアを実際の試作システムに迅速に移行できたことが、成功の秘訣でした」と語る。2011年12月1日に開催された日本ナショナルインスツルメンツ主催のテクノロジイベント「NIDays 2011」に島村氏が登壇し、「試作EV用車両制御ECUの開発」というテーマで、シータ(C・ta)やトラマ(TRAMA)の開発の舞台裏を紹介した(図2)。
グラフィカルな「NI LabVIEW」で開発を加速
まず島村氏が紹介したのが、超低燃費を追求した次世代型電気自動車のコンセプトモデルであるシータ(C・ta)を開発するに至った背景だ。
現在、自動車メーカ各社がこぞって電気自動車の製品化競争を繰り広げているものの、航続距離は短く、充電時間が長いという課題が残されている。仮に、燃費を2倍に改善できれば、走行距離は2倍になる。従って、燃費を改善することで、走行距離が同じときの電池容量を削減でき、充電時間を減らせるわけだ。「超低燃費化によって、EVを普及させる障壁となっているコストと充電時間の問題に解を示すことを目指しました」(島村氏)という。
島村氏が目標に掲げたのが、走行燃費が25km/kWh、ガソリン換算で240km/Lという値である。既存のプラグインハイブリット自動車や電気自動車の走行燃費が10km/kWh程度であることを考慮すると、大きな進化だ。この目標を達成するために、同氏は主に3つの工夫を盛り込んだ。1つ目は、転がり抵抗係数が極めて小さい超低転がりタイヤ。2つ目は、樹脂材料を使った軽量のシャーシ/ボディ。3つ目は、モータ平均効率を大幅に向上させるための4輪インホイールモータと高精度の車両制御技術である。
当然のことながら、車両制御技術を実装するECUのハードウェアには、厳しい要件が課せられる。島村氏は、ハードウェアに求められる要件を5つ挙げた。
(1)高速かつ多チャネルのアナログ入出力インタフェース:車両のセンサーなどから、高速かつ高精度に信号を取得できること。運転者の操作に対して1ms以下で4輪のそれぞれのモータに制御指令を出せること。
(2)高速演算:各輪のモータ角度信号からモータの回転数や車速、加速度を高速に演算したり、モータ電流を基にモータトルクを高速に演算できること。
(3)情報伝達:車両のあらゆる情報をビジュアル的に運転者に伝達できること。
(4)車載への要求:万一、トラブルが生じても最低限の動作を確保できること。軽量でコンパクトかつ、堅牢で省エネルギーであること。
(5)開発期間の短縮:1年の期間で車両の完成を目指せるハードウェアであること。
これらの厳しい要求に応えたのが、ナショナルインスツルメンツの計測/制御ハードウェア「NI CompactRIO」と、アプリケーションソフトウェアをグラフィカルな環境で開発できる「NI LabVIEW」だ。「NI LabVIEWを使ったデータ集録の実績や、車載可能なコンパクトボディというメリットからNI CompactRIOを採用しました」(島村氏)。
NI CompactRIOは、リアルタイムOSを動かすプロセッサとFPGAを実装したシャーシ、多チャネルのモジュール式入出力インタフェースで構成している(図4)。特徴は、利用者の狙いに合わせて組み込むモジュール式インタフェースを自由に変えられる柔軟性に加え、NI LabVIEWで開発したプログラムコードをそのまま実装できることだ。思い描いたアイデアをグラフィカルな開発環境であるNI LabVIEWを使って記述し、すぐに最適な構成の制御ハードウェアに落とし込むことができる。このグラフィカルシステム開発が、次世代の電気自動車のコンセプトモデルを試作する成功の鍵となった。「10-15モードの走行燃費が25.3km/kWhという超低燃費と、軽乗用車に代替するのに十分な加速性能を兼ね備えたコンセプトモデルを完成させることができました」(島村氏)という。
実は、島村氏が制御システムの開発にNI LabVIEWとNI CompactRIOを使ったのは、このときが初めてだった。それにもかかわらず、島村氏が2008年秋に開発に着手してから半年後には最初の走行に成功し、1年未満で試作車両が完成したという。
電動フルトレーラシステムを高性能の「NI PXI」で実現
次に、島村氏が紹介したトラマ(TRAMA)は、これまで説明したシータ(C・ta)とは打って変わり、非常に規模の大きな車両である。既存のディーゼル大型トラックに、新たに開発した電動式フルトレーラを連携させた“ハイブリッド”な電動フルトレーラシステムとなっており、車両総重量(GVW)は法規制の中で最大の44トンにもなる。降坂時や減速時のエネルギーを回生し再利用することで走行燃費を向上させることと、高速道路を使った大量輸送を両立させた、新たなコンセプトの車両だ。
電動フルトレーラシステムが一般的な車両と異なるのは、積載状態が走行ごとに変わることだ。荷物が少ないときはディーゼル大型トラックだけを使い、荷物が多いときはそれに電動式フルトレーラを組み合わせるという使い方をする。
車両制御EUCを開発するに当たり、電動フルトレーラの制御を積載状態ごとに変更したり、大型トラックの仕様や積載状態をECUに入力したりするのは合理的ではない。そこで島村氏は、「ユニバーサル制御」と呼ぶ手法を使った。この基本コンセプトは、ディーゼル大型トラックの信号を電動フルトレーラの制御に利用するが、逆に電動フルトレーラの信号を大型トラックの制御には利用しない。そして、大型トラックの種類や積載状態によらず、電動フルトレーラの駆動・回生制御によって、燃費が最適になるように自立制御するというものだ。
車両制御ECUのハードウェアに求められる項目自体は、上に挙げたシータの5つと同じだが、電動フルトレーラの場合は「車両の状態推定」や「自律制御」、「大型トラックECUとのゲートウェイ」とECUの処理量は膨大になる(図5)。
そこで今回、演算速度などの処理性能を優先し、採用したのがナショナルインスツルメンツの高性能制御ハードウェア「NI PXI」である。高速のバックプレーンを備えたシャーシと、組み込みコントローラ、組み込み式の計測/制御モジュールで構成しており、高い処理性能と柔軟性を兼ね備えていることが特徴だ。組み込みコントローラとして、動作周波数が2.26GHzのクアッドコアプロセッサ「Intel Core 2 Quad Q9100」を載せた「NI PXI-8110」を採用し、膨大な処理量に対応した。
島村氏がNI PXIを使うのは、今回が初めてだった。ただここでも、ユーザフレンドリな開発環境であるNI LabVIEWが役に立ったという。重要な点は、ナショナルインスツルメンツの計測/制御ハードウェアは、機種が異なっても同じようにNI LabVIEWが使えるということだ。すなわち、高性能を追求した機種からコンパクトで量産性に優れた機種に至る幅広いハードウェア製品のどれを使っても、単一のグラフィカル開発プラットフォーム上で一貫して開発を進められる。
島村氏が開発した電動フルトレーラシステムは、通常のフルトレーラシステム比で13%もの燃費改善が期待でき、制御を最適化することで燃費をさらに向上できるという。今回の新たなコンセプトは、海外で広く利用されているロードトレイン(多連結走行車両)や、キャンピングトレーラにも展開可能だ。
超小型の電気自動車であるシータも、大型の電動フルトレーラシステムであるトラマも、規模は違っても未来の社会を形作るために新たなコンセプトで開発された車両だ。プログラム言語の習得や、プログラムコードを制御ハードウェアに展開するという作業に手間をとられることなく、新たなコンセプトのシステム開発に集中できる。そんなグラフィカルシステム開発というプラットフォームの支えが、新たな価値づくりに大きく貢献するだろう。
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