未来の自動車のためにゼロから再設計された車載MCU/MPUプラットフォーム:NXPが車載用MCU/MPUを一新
「コネクティビティ」「電動化」「自動運転」という3つのメガトレンドに導かれ、かつてない速度で進化を遂げる自動車。その裏で、車載ソフトウェアのコード量は指数関数的に増大し、その開発負荷は、自動車の進化の足かせともなりつつある。そうした中で、NXP Semiconductorsは、メガトレンドを実現する機能、性能とともに、大幅にソフトウェア開発負担を軽減するプロセッシング・プラットフォーム「NXP S32x車載プロセッシング・プラットフォーム」を発表した。車載MCU/MPU、さらには自動車の在り方が大きく変わろうとしている。
コネクティビティ、電動化、自動運転
自動車の新しい開発パラダイムに対応するため、車載用MCU/MPUを再定義、再設計した――。
NXP Semiconductorsは2017年10月、次世代のプロセッシング・プラットフォーム「NXP S32x車載プロセッシング・プラットフォーム」(以下、S32プラットフォーム)を発表した。S32プラットフォームでは、NXPの全ての車載マイクロコントローラ(MCU)、マイクロプロセッサ(MPU)のハードウェア・アーキテクチャを統一し、スケーラブルでかつソフトウェアの流用性を大幅に高められた次世代車載プロセッサ群を、自動運転時代の自動車開発現場に提供する。
自動車はかつてないスピードで進化を遂げつつある。高速大容量の通信技術で車外と常時接続される「コネクティビティ」が確立され、自動車の動力はガソリン/ディーゼルエンジンなどの内燃機関からモーター/バッテリーを使用した「電動化」へ急速にシフトしつつある。そして、より安全、安心を実現するためドライバーの運転を支援する領域が徐々に拡大し「自動運転」に向けて自動車業界全体が加速している。
「コネクティビティ」「電動化」「自動運転」という3つの自動車業界メガトレンドにより、クルマは必然的に高性能化していく。そして、その高性能化はエレクトロニクス、とりわけ半導体デバイス、ソフトウェアに依存するところが大きくなる。
最新旅客機さえ上回るソフトウェア量……
現状、ハイエンドのクルマには、1億行を超えるソフトウェア・コードと、それらソフトウェアを処理するさまざまなプロセッサ群が搭載されるという。このソフトウェア規模は、最新鋭の大型旅客機が搭載するソフトウェア規模やPC用のOSのコード数さえ上回る。いかに、クルマの機能がソフトウェア、半導体デバイスに頼る部分が大きいかが分かるだろう。一方で、最新旅客機さえ上回る車載ソフトウェアが、「コネクティビティ」「電動化」「自動運転」のメガトレンドでさらに規模を増やすことになる。
調査会社などの試算によると、自動車1台当たりの平均搭載ソフトウェア・コード行数は、指数関数的に増え、現行の1億行から2025年には6億行超に達するとされる。こうした途方もない大規模なソフトウェアをどうやって開発するのか。こうした大規模なソフトウェアを処理できるハードウェアは実現できるのか――。現状のテクノロジーだけでは「コネクティビティ」「電動化」「自動運転」のメガトレンド実現は不可能であり、さまざまな技術課題を解決する“革新”を起こさなければならないのは明白だ。
限界を迎える従来アーキテクチャ
そして自動車業界は、将来を見据えた革新が始まりつつある。その革新とはクルマの「制御/コンピューティング・アーキテクチャ」の刷新だ。
現状のクルマに用いられている制御/コンピューティング・アーキテクチャは、「機能分散型アーキテクチャ」と呼べる。エンジン制御やブレーキ制御、ミラー制御など機能ごとにそれぞれ最適化されたECU(電子制御ユニット)が配置されるアーキテクチャだ。
この機能分散型アーキテクチャは、各機能に応じて最適化できるため、各ECUのサイズやコストを最小限に抑えられるなどの利点がある。しかし、各ECUがそれぞれ個別に進化している故にECUに使われるハードウェア、ソフトウェアの互換性はほとんど保たれず、ECU間でソフトウェアを流用するという効率の良い開発手法が適用できない。運転支援、自動運転などのトレンドにより、ECU間が協調した制御を行う必要性が高まっているが、そうした協調制御は関係するECU間で調整、すり合わせする必要があり、開発が極めて複雑になる。そのため、後から機能を追加したり、協調制御を増やしたりといった拡張性/スケーラビリティに乏しいとも言える。また、コネクティビティが当たり前になれば、ハッキングや改ざんに対するより高度なセキュリティが求められるようになるが、ハードウェア・アーキテクチャがバラバラの機能分散型アーキテクチャでは、セキュリティの脆弱(ぜいじゃく)性に対応する作業は困難を極め、セキュリティに不安を抱え続けることになる。
ドメイン集約型アーキテクチャへのシフト
「コネクティビティ」「電動化」「自動運転」のメガトレンドを追う中で、課題が大きくなり続ける従来の機能分散型アーキテクチャに代わり、これからの制御/コンピューティング・アーキテクチャとして、多くの自動車メーカーが採用に踏み切りつつあるのが「ドメイン集約型アーキテクチャ」だ。
セーフティ&パワートレイン制御、ボディ制御、レーダー/ビジョン制御など「ドメイン」と呼ぶアプリケーション/機能別領域ごとにECUを束ね、ECU間の通信や協調制御などを行うドメイン・コントローラを配置するアーキテクチャだ。一つのセントラル・ゲートウェイにさまざまなECUが接続した従来のアーキテクチャに代わり、次世代ではECUはアプリ/機能別のドメイン・コントローラに接続・集約される。これによりドメイン内共通の制御機構はドメイン・コントローラ側に持ち、ECUの機能をよりシンプルにすることで拡張/スケーリングも容易に行えるようになる。これは例えば自動車メーカーにおいて、上位車種から普及車まで容易な車種展開が図れるメリットをもたらす。また、セキュリティを担保しながら機能アップデートのためのOTAが実現され、自動車メーカーのみならずユーザー側にも多くのメリットがあるアーキテクチャとなる。
さらに自動運転などの実現に向けてはドメインを越えた通信が必要になり、データトラフィック増大による車内ネットワーク帯域幅が不足することが予想される。しかしドメイン・コントローラは接続された各ECUやセンサから上がってくる情報を処理・集約し、上位のドメイン・コントローラやセントラル・ゲートウェイへ必要最小限のデータのみを伝送することでトラフィックの最適化を図る役割も負う事になる。
3つのメガトレンドで急速に変化する自動車開発に対応するドメイン集約型アーキテクチャにおいて、それぞれのソフトウェア規模に対応したスケーラブルなハードウェア、開発効率の優れた開発環境の実現には大きな壁があった。高度にハードウェアが共通化され、ソフトウェア互換性を保ちながら性能をスケーラブルに提供するMCUやMPUといったデバイスが存在しなかったからだ。
車載MCU/MPUの在り方を再定義した「S32プラットフォーム」
こうした状況下で、NXPは、ドメイン集約型アーキテクチャを念頭に置いて車載MCU/MPU製品の在り方をゼロから再定義し「S32プラットフォーム」として発表したのだ。
S32プラットフォームは、インフォテインメント用プロセッサを除く、全ての車載プロセッシングをカバーする(インフォテインメント用プロセッシング向けには「i.MX」ファミリーを展開)。言い換えれば、S32プラットフォームに基づいたMCU/MPUだけで、クルマ1台を構築できるポートフォリオが整備されることになる。
そして、車載プロセッシングの全方位をカバーしながらも、各MCU/MPUは高度にハードウェア・アーキテクチャを共通化し、スケーラビリティ、互換性を備えるというのだ。
高度に機能を集積し、動作周波数1GHzを超えるような高速な処理が求められるMPUは、先端の半導体製造プロセス・テクノロジーを適用しなければならない。一方、アナログ回路やフラッシュメモリを混載する必要があるMCUは、MPUのように最先端プロセスを用いることができない。実際、S32プラットフォームのMPU、MCUは、16nmプロセスと40nmプロセスと2種類のプロセス・テクノロジーを最適な機能に対応するよう使い分けて製品群をそろえていくという。異なるプロセス・テクノロジーでハードウェア・アーキテクチャを共通化できるのだろうか――。
S32プラットフォームベースの車載用MCU/MPU製品ポートフォリオイメージ。数十メガヘルツから2GHz超までの動作周波数範囲、メモリ容量も、内蔵フラッシュメモリ容量が512Kバイトから128Mバイト、さらには16Gバイト以上のDRAM搭載までという幅広い範囲を、一貫したスケーラビリティ、互換性をもってカバーしていく
NXPジャパンの車載マイクロコントローラ製品統括部でテクニカル・マーケティング担当マネージャを務める早坂学氏は「S32プラットフォームの実現のためにNXPは、次世代に必要な機能、スケーラビィリティと互換性に関して注意深くアーキテクチャを定義しました。S32プラットフォームでは、プラットフォーム間でも単一の開発ツールで同じソフトウェアを展開できるようにコア/メモリ・アーキテクチャ、共通のI/Oやペリフェラルをインプリメントし、その中で実際に必要な処理性能とメモリ容量を持つ最適なMCU/MPUをお客さまが選択できます。」と話す。
S32プラットフォームでは高性能、高集積のMPUから、低消費電力でコスト制約が厳しいアプリケーション向けのMCUまでを貫くスケーラビリティを実現するため、CPUコアアーキテクチャも「Arm Cortex」で統一。S32プラットフォームでは、最高性能のArm Cortex-Aシリーズ、リアルタイム処理に最適化されたArm Cortex-Rシリーズ、小型低消費電力のArm Cortex-Mシリーズを適材適所に用い、スケーラビリティとパフォーマンスレベルの最適化を両立する。
機能、性能、コストのバランスで最適なプロセスノードを選択、アーキテクチャを統一
共通ハードウェア/アーキテクチャには、大きく2種類ある。全てのS32プラットフォームベースのデバイスに共通するハードウェア/アーキテクチャと、ドメインそれぞれで共通するハードウェアだ。
全デバイス共通のハードウェアには、CANやLIN、I2C、Ethernetなど標準インタフェースなどの基本ペリフェラルセットに加え、セーフティ・コンセプト、セキュリティ・コンセプトに沿った仕組みがある。セーフティ・コンセプトについては、機能安全規格「ISO 26262」に基づくテスト規格で最も高い安全性レベルである「ASIL-D」対応としている。ASIL-Dでは、ロックステップ(=自己診断)機能が不可欠で、デュアルCPUコアで互いを監視するなどの対応が必要になるが「S32プラットフォームでは、全てのMCU/MPU製品でASIL-Dに対応する」という。なお、「ASIL-D対応は不必要というユーザーのために、ASIL-CやASIL-B対応の製品も選択肢として用意する」という。セキュリティ・コンセプトに関しては、ローエンドのMCUも含む全ラインアップにハードウェア・セキュリティ・エンジン(HSE)を内蔵し、ソフトウェアの改ざん防止や車内外の通信を安全に行える。
さらに全デバイスに共通する機能として、ゼロ・ダウンタイムOTA(Over-the-Air)機能を実施できるようにする。市場投入後の機能追加やセキュリティ強化などのため、無線通信経由でソフトウェア・アップデートを行うOTA機能は、車載MCU/MPUの必須の機能となりつつある。S32プラットフォームでは、セキュアなゲートウェイを経由し、ECUの稼働を止めずにアップデートできるゼロ・ダウンタイムOTAがいち早く全デバイスで実現されることになる。
一方ドメインごとに、より機能を強化する専用のハードウェアも充実する。S32プラットフォームでは、ドメインをボディ向けなどの「汎用」をはじめ「セーフティ/パワートレイン」「レーダー」「ゲートウェイ」「ビジョン」「センサフュージョン/自動運転」と6つのアプリ/機能別ドメインを定義し、それぞれのドメインに適したアクセラレータを開発設計し、搭載していく。ハードウェア・アクセラレータは、ドメインごとに異なる処理の最大公約数をアクセラレータ化するもので、処理速度を最大限高速化し、CPU負荷/消費電力を最小化する効果が期待できる。機械学習などの人工知能(AI)活用が見込まれる「レーダー」「ビジョン」「センサフュージョン/自動運転」などのドメインでは、多彩なAIアクセラレータが用意される見込みだ。
同一用途なら最大90%のソフトウェアが再利用できるように!
このように高いスケーラビリティを備えるS32プラットフォームを使用すれば、ソフトウェアの流用性、再利用率が高まり、自動車開発の大きな問題であるソフトウェア開発負担を大幅に軽減できるとする。NXPの試算によれば「同一ドメイン・アプリケーションであれば最大90%、異なるドメイン・アプリケーションのMCU/MPU間でも40%以上のソフトウェアを流用できる」とし大幅なソフトウェア開発負担軽減が見込める。
ますます要求が高まる性能についても「各ドメインに最適化されたアクセラレータと、16nmプロセスを用いたCPUダイにより対応します。例えばこれまでASIL-D対応で最も高速だったMPUに対し、10倍の処理性能を実現できる見通し」(早坂氏)とする。
かつてないスピードでの自動車の進化を支えるべく、ソフトウェア開発負担を大きく軽減できるアーキテクチャ/開発環境と、これからの車載MCU/MPUに必要な機能、性能を備えたスケーラビリティの高いS32プラットフォームに基づいたデバイス製品の提供は2018年から始まる。既に、一部の大手自動車メーカー向けにはプレシリコン・エミュレーション/開発ツールが提供されている。「自動車メーカーの上位15社のうち、8社が次世代モデル車にS32プラットフォームを採用すると決めている」(早坂氏)とし、2020〜2022年ごろには、S32プラットフォームベースのMCU/MPUを載せた自動車が公道を走る見込みだ。
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提供:NXPジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2017年12月12日