ベースバンドからRF、そしてアンテナまで! 5Gのモノづくりを加速させるMATLAB/Simulink:デジタルだけじゃないアナログ系機能も大きく進化
MathWorksは、技術計算ソフトウェアツール「MATLAB/Simulink」の新たな活用領域として、第5世代移動通信(5G)分野に注目する。ベースバンド処理からRF特性、アンテナ性能まで統合した検証を可能にするモデルベースデザイン(MBD:Model Based Design)環境を提供する。
「いいあんばい」の設計を見極める
MathWorksは、技術計算ソフトウェアツール「MATLAB/Simulink」の新たな活用領域として、第5世代移動通信(5G)分野に注目する。アルゴリズム開発などの設計工程から、実装やテストなどモノづくり工程まで、統合したモデルベースデザイン(MBD:Model Based Design)環境を提供する。
MATLAB/Simulinkは、柔軟な設計/解析環境を提供しており、自動車や宇宙航空機器、通信機器、電子機器、金融業界など、さまざまな分野で用いられている。こうした中、同社が注力している分野の1つが「5G」である。5Gのシステム設計分野では、MATLAB/Simulinkを基盤にベースバンド処理からRF特性、アンテナ性能まで統合した設計/検証環境を構築することが可能となる。
同社でアプリケーションエンジニアリング部(信号処理・通信)の部長を務める山口貴久氏は、「5G技術は、通信速度が速くなるのに加えて、優れた接続性がこれまでの世代とは大きく異なる。5Gは先進運転支援システム(ADAS)やIoT(モノのインターネット)への応用を強く意識している。消費電力が少なく、接続の自由度も高い。しかも、通信モジュールはIoT機器への内蔵を想定しており、デバイスのインテグレーションが進む」と話す。
5Gシステムの開発工程は、一般的に7つのブロックに大別することができる。「システムアーキテクチャ」「DSPアルゴリズム」「ソフトウェア開発」「デジタル回路のハードウェア開発」「ミックスドシグナル回路のハードウェア開発」「RF回路の設計」そして「アンテナの設計」という流れである。
複雑さ極まる5G開発を1つのプラットフォームで
MATLAB/Simulinkは、仕様決定や設計/検証といった「システム設計」から、プロセッサ/FPGAなどICレベルに落とし込む「回路設計」まで、一連の開発工程をサポートしている。つまり、システム設計と回路設計の両プロセスを1つのプラットフォームでカバーすることができるツールといえる。自動車業界などで一般的に用いられている開発手法のMBDを、5G対応機器の開発に適用することが可能となる。しかも、MATLAB/Simulinkは、EricssonやAlcatel-Lucent/Shanghai Bell、Huawei、Docomo Beijing Labs、Qualcommといった世界有数の通信機器メーカーに採用されていることでも、その価値を高めている。
MATLAB/Simulinkは、仕様決定や設計/検証といった「システム設計」から、プロセッサ/FPGAなどのICレベルに落とし込む「回路設計」までサポートしている (クリックで拡大) 出典:MathWorks
MATLAB/Simulinkは、開発したアルゴリズムを迅速に検証できるなど、さまざまな特長を持つ。それに加えて、5Gシステムの開発に向けて有用となる機能もいくつか用意している。その1つが、1つの環境(モデル)からプロセッサ向けの「C」コードやFPGA/ASIC向けの「HDL」コードを生成する機能である。CPUコアとFPGA回路ブロックをワンチップにした「プログラマブルSoC」と呼ばれるICに対しては、バスコードの生成も行うことが可能である。Qualcommはこの機能を活用して、従来と同等の性能を実現しつつ、開発期間を40%削減することができたと報告している。
2つ目は、RFとデジタルの協調設計/解析機能である。「ビットからアンテナまで、アンテナからビットまで」統合されたシステムの設計をトータルでサポートする環境を提供する。「ベースバンド性能、RF特性、アンテナ性能などに関する技術を統合的に設計/検証していくことで、5Gシステムの開発を効率よく行うことができる」(山口氏)という。
わずか数行のスクリプト記述でアンテナを解析
MathWorksは、RFとデジタルの協調設計/解析に向けたツールも新たに用意した。「Antenna Toolbox」は、わずか数行のスクリプトを記述するだけで、アンテナの形状からその指向性などを解析することができる。アンテナのライブラリーとして既に28種類を用意。パラメーターを入力するだけで、5Gに対応するさまざまなアンテナを設定することができる。既に提供している可視化機能を活用して、測定した放射パターンデータを表示すれば、アンテナ解析を比較的容易に行うことも可能だ。
高周波回路も高速シミュレーション
もう1つのツールがRF解析用の「SimRF」である。RFとデジタルの協調設計に向けた製品である。ミキサーやアンプ、フィルタなどのRFコンポーネントブロックを効率よくシミュレーションすることができる。RFのコンポーネントは、信号劣化などの影響で、設計値と実チップでは性能が異なる場合もある。「5Gシステムを設計する上で、RF特性は無視できない」と山口氏はいう。ところが、一般的なRF回路シミュレーターを用いた場合、高周波になればなるほど、シミュレーションに要する時間が長くなる。精度を高めようとすればその演算時間が膨大となるため、大きな課題となっていた。
こうした中で重要となるのが、特性や開発のコスト/期間などを考慮した設計バランス(あんばい)である。結果がトレードオフの関係にある回路を設計する場合に、各項目のバランスを即座に検証し、判断することである。高性能なシステムをより安価なコストで、効率よく設計/開発するために、技術者は試行錯誤して「最適解」を求めてきた。バランスの一例として山口氏は、「シミュレーションの速度とモデルの忠実度」や「RF設計におけるアナログ技術とデジタル技術の適用領域」などの関係を挙げた。
実用レベルでは、アナログとデジタルの回路設計でトレードオフの関係になることが多い。一例だが、ΔΣ型A-Dコンバーターで、ΔΣ変換部において積分器の段数を増やすと、SN比は向上するが、系の安定性は低下する。また、デジタル部でもアップサンプル比をあげればSN比は向上するが後段のFIRフィルタのフィルタ長が長くなるなど、アナログ・デジタル双方に幾つかあるトレードオフに対しコストも考慮して最適設計をする必要性がある。
また、AFC(オートフリケンシーコントロール)で高い精度を実現する方法もいくつかある。基本的に安定度の高い発振器を用いれば可能となるがコスト高になる。これに対して、安価な発振器を使うと安定度は劣化するが、デジタル部のアルゴリズムを工夫することで補える可能性もある。システム全体で最適化を図るためには、RFとデジタルの協調設計が必要不可欠となっている。
SimRFの特長の1つは、抽象度の高いモデリングを用いるなどして高速なシミュレーションを実現したことである。実現するシステムコストも含めて、トレードオフの関係にあるRF性能や特性を迅速に評価/検証して、最適なバランスを確認することができるのも、SimRFを使ったMATLAB/Simulinkの大きな特長である。
SDRのハードウェア実装も容易に実現
MATLAB/Simulinkで開発したデータを実装して、簡便に検証できる安価な評価キットもサードパーティーから数多く提供されている。ARMコアとFPGAブロックをワンチップに集積したXilinx製All Programmable SoC「Zynq」を搭載した評価キットもその1つである。
同社はこれらの評価キットと連携し、ソフトウェア無線(SDR)を検証するためのサポートパッケージ「MATLAB and Simulink Support Package」を用意している。MATLAB/Simulinkに同パッケージをアドオンすると、サードパーティー製ハードウェア/ソフトウェアを簡便に連携して使用することができる。MATLAB/Simulinkの最新バージョン「R2016b」では、236種類のハードウェアに対してサポートパッケージが用意されている。
サポートパッケージには、Simulinkとサードパーティー製ハードウェアが通信する機能ブロックなどがプリインストールされている。このため設計者は、接続するコンポーネント/ボードを設定するだけで検証が行える。煩わしいドライバーソフトウェアの開発など、5Gシステムの設計には直接関係のない開発作業の負荷を軽減することができる。
Zynq搭載の評価キットを用いると、さまざまなシステム構成で評価/検証することができる。例えば、MATLAB/Simulinkで信号処理を行い、Zynq搭載ボードに実装されたRFフロントエンドのみを使用する場合や、ユーザーロジックの一部をFPGAに実装し、MATLAB/SimulinkとFPGAで信号処理を実行する場合、ユーザーロジックの一部あるいは全てをARMコアとFPGAに実装し、外部機器なしで処理を実行する場合など、さまざまな用途を想定して、開発したアルゴリズムを評価することが可能となる。
RF信号の送受信テストも容易となった。MATLAB/Simulink上で生成したRF信号の送受信テストを、比較的安価なハードウェア上で実現することができる。中心周波数やサンプリング周波数などのパラメーターは、MATLAB/Simulink側から調整することができ、MATLAB/Simulinkに搭載されたツールを用いて、受信したIQ信号の解析も行える。「このコンセプトは自動車の開発手法として用いられているHILS(Hardware In the Loop Simulator)に通じるところがある」(山口氏)と、MATLAB/Simulinkならではの特長を強調する。
Simulinkは、Analog Devices製のRFアジャイルトランシーバーIC「AD9361」のビヘイビアモデルもサポートしている。これによって、アナログフロントエンドの劣化などRF特性を含めた、より精度の高いシミュレーションを可能とした。「AD9361のユーザーだけでなく、他のICユーザーも、他のモデルを作成する際の参考として有効なビヘイビアモデルとして好評だ」(山口氏)という。
複雑な5G開発は“迅速解析で、素早く当たりを付ける”が正解
Massive MIMOやミリ波帯の利用など5G開発には、これまでの3GやLTEとは大きく隔たりのある高度な技術が求められる公算が高い。こうした難度の高い技術課題をクリアし5Gスペックを満たすには、ベースバンドやRF、アンテナなど各機能ブロックを個別最適するだけでは太刀打ちできないだろう。システム全体で最適化することが不可欠だ。そうなれば、どういった機能ブロックのつなぎ合わせが最適解なのか、無数の組み合わせの中から選び抜く必要性が生じる。
そうした中で、各機能ブロックをアナログ、デジタル問わず、横断的に1つのプラットフォームでカバーでき、迅速にシミュレーションでき、シームレスにハード、ソフトとして実装可能なMATLAB/Simulinkは、5G開発に極めて有効だといえる。5G開発は、MATLAB/Simulinkを使った迅速解析で、素早く最適解の当たりを付ける ―― というスタイルが当たり前になるだろう。
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提供:MathWorks Japan
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2016年12月16日