3つの要素技術を進化させパワーエレクトロニクスのイノベーションを加速する サンケン電気:サンケン電気デバイス事業本部技術本部マーケティング統括部長 宇津野瑞木氏
総合パワーエレクトロニクスメーカーとして、半導体素子から機器まで幅広く扱うサンケン電気は、新たな時代に向けたパワーデバイス開発を積極的に進めている。同社が2018年4月に新設したデバイス事業本部技術本部マーケティング統括部の責任者を務める、宇津野瑞木氏にサンケン電気の技術/製品開発戦略を聞いた。
独自開発技術の「刈り取り」の時期
――2018年度にスタートした3カ年の中期計画の進捗を教えてください。
宇津野氏 中期計画では成長戦略として意欲的な目標を掲げた。10年後のあるべき姿を見据えたうえで直近3カ年にブレイクダウンし、達成に向けてさまざまな改革を進めている。2018年4月にマーケティング統括部をマーケティング活動に専任する組織に再編したのもその施策の1つで、要素技術開発を行う2つの統括部と製品開発を行う3つの事業部から独立した形で短期から長期まで、全体の戦略を策定している。
技術部門においては、「SPP(Sanken Power-electronics Platform)」に力を入れて取り組んでいる。SPPとは、当社の設計/開発、調達、生産、業務改革の総称であり、「10年先も通用する要素技術の開発」を掲げた前の3カ年中期計画(実施期間:2015〜2017年度)に端を発したものだ。
今回の中計では、前の中計で取り組んだ3年間に開発した独自の要素技術を、刈り取ることがテーマ。それをいかに有効に活用し製品化するかということが重要だと考えている。そこで、1つの要素技術を幅広く応用できるような「プラットフォーム化」と、「コンカレントエンジニアリング」を主軸にした改革、すなわち“SPP”に取り組んでいるわけだ。
プラットフォーム化をベースに、3つの要素技術の進化で差別化を図る
――独自の要素技術について、具体的に説明してください。
宇津野氏 サンケン電気のコア技術である「パワーデバイス」「パッケージ」そして、「制御」の3つの要素技術について開発を進めてきた。
パワーデバイスの要素技術は、高耐圧モーター駆動用のField Stop構造IGBT(以下、FS-IGBT)、低耐圧のモーター駆動用のVertical Field Plate構造MOSFET(以下、VFP-MOSFET)、そしてJunction Barrier Schottky diode(以下、JBS)の3本柱だ。その中でも特に、主力の電力制御デバイスであるFS-IGBTの開発に注力してきた。
従来、IGBTの開発は白物家電(モーター)、産業、車載の用途に分けて行っていた。これは用途毎に異なる特性実現の関係で、用途によって電流密度≒チップサイズが大きく変わるためだったが、現在開発中の第9世代では、内部のセル構造を少し変更するだけで、全ての用途に対応可能となった。同時に性能も既存製品と比べて、電力密度25%アップを実現している。第9世代のIGBTは、プロセスリリースの後、2019年度内に白物家電、産業、車載の3用途でそれぞれ、サンプル出荷を予定している。
また第10世代についても2019年夏から開発をスタートするが、同様に“万能性”を想定した開発になる予定であり、今後は3用途がほぼ同時に提供できるようになるだろう。
――パッケージに関しては、どのように技術を磨かれたのでしょうか。
宇津野氏 パッケージについては、新たな低熱抵抗構造を開発し、ダウンサイジングを実現している。
具体的には、熱抵抗を従来の4℃/Wから2℃/Wまで下げることに成功した。これによって大電流化も可能となり、これまでは最大定格15Aだったものが、高効率のパワーデバイスと組み合わせた相乗効果により、同サイズで2倍の30Aまで対応できるようになる。このパッケージ技術も、さまざまな品種に応用が可能となっている。
――制御技術の詳細を教えてください。
宇津野氏 サンケン電気では、8ビットのメインCPUに加えて16ビットDSP機能を2ユニット搭載したデジタル制御電源向けマイコンMD6603を提供してきた。さらに現在は、ADASや自動運転などに用いる車載用多出力電源管理ICに搭載する32ビットマイコン「MD6604」を開発中である。浮動小数点演算機能を持つ32ビットCPUコアArm Cortex-M4Fに加え、オリジナル設計の高性能浮動小数点DSPコアとマルチタスク処理に特化した専用コアをそれぞれ複数個搭載し、同一周波数ベースで従来に比べ10倍以上の性能向上を実現している。CPUコアはデュアルコアロックステップで互いに監視しながら動作し、フラッシュメモリやSRAMのエラー訂正機能や、クロック異常の検知、セルフチェック機能など、信頼性を向上させるため、さまざまな機能安全対応機能を搭載し、自動車向け機能安全規格「ISO 26262 ASIL-C」に適合可能である。Arm用の統合開発環境をベースに当社独自の拡張を加え、使いやすい開発環境も提供する。MD6604は2019年度内にファーストシリコンが完成し、2021年には、MD6604をSiP(システムインパッケージ)に内蔵した統合電源管理IC MD6800シリーズの量産に取り掛かる予定だ。
電源制御については、近年はデジタル制御が浸透しており、例えば照明の調光制御などではシンプルな機能でもデジタル制御のメリットが見いだせるようになってきた。そこで、従来のものよりコア数を減らし、低消費電力化を実現した「MD6605」の開発も進めている。IoT機器全般という幅広い用途に向けた製品として提供する予定で、アナログ部分は、MD6604と共通のものを使用するなど、技術の共通化を意識した開発を行っている。2020年にはファーストシリコンが完成し、MD6604と同様に2021年以降に応用製品の量産を開始する予定だ。
CASEに対し、「安全性の向上」と「高効率化」を展開
――製品展開方針と、市場別の戦略をお聞かせください。
宇津野氏 特に車載向けに注力している。現在、白物家電向けの売り上げが急激に伸びているが、これまで電源とクルマの2本立てで成長を続けてきており、車載向けの製品売り上げの割合が50%というペースは維持したい。
IGBTは白物家電向け中心に展開しているが、VFP-MOSFET、JBSは車載向けをメインとしている。VFP-MOSFETは、システム電圧12V用に40V耐圧、今後増えるであろうシステム電圧48V用に100V耐圧の製品を新たに開発した。車載用デバイスの要素技術を2つ新たに立ち上げたというのは、われわれがどれだけ車載分野を重視しているかの表れといえる。JBSについても、サンケン電気の主力商品であり、車載分野において、大電流整流の需要はしばらく続くことが予測されていることから、既存市場の維持のためにも改良を続けていく方針だ。
CASE(コネクテッド、自動運転、カーシェア、電動化)とされる自動車業界の大きな変化の中で、われわれの最終目標は「安全性の向上」と「高効率化」と考えている。
高効率化を進める上で、力を入れているのは車載モーター駆動にかかわるデバイスだ。低損失、高放熱のパッケージ技術と、制御技術を組み合わせた製品展開を行っていく。安全性の向上については、パワーマネジメントが中心だ。CASEによって、クルマ1台当たりの搭載センサー数は増加することになるが、例えば「LiDAR」は、本体の電源やマイコン、その他の制御を同時に行う必要があるなど、「電源泣かせのシステム」といえる。こうした問題に対する解決策として、われわれはMD6800のように、高度で複雑なデジタル制御と、周辺のアナログデバイスをワンパッケージにした製品を提供していく。
パワーマネジメントにはVFP-MOSFET、モーター駆動には高圧ならIGBT、低圧ならVFP-MOSFETを、低損失、高放熱のパッケージ、デジタル制御と組み合わせるといった形で、「3つの要素技術」がわれわれの戦略を支える形になっている。
「デジタル制御」でしか実現できない機能を生み出す
――白物家電についても、同様のことが言えそうですね。
宇津野氏 その通りだ。白物家電向けには2つの方向性がある。まず、高出力化だ。パッケージ当たりの出力を高めることは、コストダウンと性能向上にもつながり、本来のパワーデバイスの価値向上になる。
もう1つは、デジタル制御だ。これまでモーター制御は別途マイコンを用意し、ソフトウェアを開発するのが一般的だったが、IPM(インテリジェントパワーモジュール)にデジタル制御を内蔵することで、アプリケーションを提供していく形を目指している。例えば、われわれはモーター用にデジタル制御入りIPMを開発しているが、同時に設計が容易になるサポートツールを提供する形を目指している。これによって最終製品の制御完成度が上がり、さらなる効率化を目指すことができる。
――産機、民生の電源については、どのようにお考えでしょうか。
宇津野氏 サンケン電気は電源に関しては40年の歴史があり、今後も注力していく分野だ。大きな方針として、フルデジタル制御が挙げられる。複数の制御アルゴリズムを搭載することによって、負荷などの使用条件の変化にも適時対応し、高効率化を実現することをテーマにしている。一般的には、特殊な制御を実現する電源でもアナログ制御のICに通信用マイコンを搭載するのが主流だが、われわれはフルデジタル制御でしか実現できない機能を生み出して効率を上げていく。
具体的に、現在、ターゲット市場としているのは「照明」だ。省電力が求められる昨今、例えば窓際の照明だけ暗くするなど、状況による個別の調光が必要となっている。この場合、1%レベルの制御が必要になるが、これをアナログ制御で実現するのは非常に手間になる。一方で、デジタルであれば1%の設定も容易だ。これがデジタル制御の一番の強みであり、照明に着目している理由だ。その他では、大電力を消費するテレビなどの画像機器についても、幅広い動作範囲の調整は効率化に大きく影響するため需要が高まっている。
「高効率化」で産業の発展に貢献していく
――パワー分野の総合メーカーとして技術や開発で、最もこだわっていることは何でしょうか。
宇津野氏 われわれが第一に目指すのは高効率化だ。社会の電力消費が増え続ける中で、効率化によって、産業の発展に貢献することを目指している。特に大きく寄与しているのは、インバーターエアコン用のIPMで、2018年度に出荷が増加したものが全て非インバーターエアコンの置き換えとなったと仮定すると、これだけでも年間約40億KWhと、火力発電所1基分にも相当するような省エネルギーを実現した形になっている。
――最後に、将来を見据えた技術開発方針を教えてください。
宇津野氏 サンケン電気は、「Power Electronics For Your Innovation」をスローガンとしているが、これは、「顧客の改革を、自分自身の改革をもって実現し、社会の改革に役立てる」という意味を持っている。そして、顧客の要望とは、最終的には「電力効率の改善」だと捉えている。現在取り組む3カ年中期計画の目標設定も、最適を最速で実現するためには何をすべきかを逆算した結果だ。
簡単には達成できない高い目標だが、必ず実現できると信じている。例えば、マルチアルゴリズムの開発については、過去にアナログでも同様の開発に取り組んでいたが、当時は5年ほど掛かっていたものが、現在は数カ月で実現が可能になった。こうして、1つ1つの新しい挑戦で出来上がった技術を、さらにプラットフォームを活用して製品開発につなげることで、目標が実現できると考えており、この取り組みは、今後も全社活動として展開を続けていく。
提供:サンケン電気株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2019年9月19日
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