交通事故ゼロに向けて死角なし! 10cmの超至近距離からセンシングできるレーダー:自動車周囲検知の課題を解決
自動車による交通事故ゼロを目指して自動車の周囲を検知するセンサーシステムの搭載が増えている。ただ、並走する自動車や駐車時に動体を検知するセンサーが存在しないことが課題になっている。そうした中で、これらの課題を解決する超短距離レーダーが登場した。
交通事故ゼロに向けて解消すべき2つの課題
自動運転への歩みを進める自動車。さまざまな先進運転支援システム(ADAS)が実用化され、自動車への搭載が始まっている。こうしたADAS搭載の目的の一つが自動車業界の悲願とも言える「交通事故をなくすこと」だ。
一部の自動車メーカーが「2030年に交通死亡事故ゼロ」という目標を公表するなど、交通事故ゼロの実現は現実味を帯びつつある。それほどまでに、交通事故のリスクを検知・予測し、回避するための技術が進化してきたわけだ。ただ、交通事故ゼロを実現するためには解決しなければならない技術課題がまだ残っている。その一つが、自動車の周囲をより正確に捉えることだ。
レーダーやLiDAR(ライダー)、超音波センサー(ソナー)、さらには画像認識といったさまざまなセンシングシステムが存在し、一部の自動運転システム搭載車が公道を試験走行する昨今だが、交通事故ゼロにできるほどには自動車の周囲を完全にセンシングできていない。
自動車の安全性能を評価する自動車アセスメント(NCAP:New Car Assessment Program)が評価対象にしているのは、前方の車や人、交差点で前方から向かってくる歩行者や自転車を検知するセンサー程度にとどまっている。言い換えれば、こうした検知以外はまだ一般化できていないということだ。
自動車の周囲センシングにおいて特に改善の必要性が指摘される課題は2つある。「並走する車両や歩行者を捉えられないこと」「動いている人を低速走行もしくは停車時に認識するのが難しいこと」だ。
この2つの課題の共通点は、自動車から数センチメートルから十数メートルという近距離のセンシングに弱点があるということだ。これは近距離のセンシングに使用されている超音波センサーの特性が影響している。
動きが捉えられないソナー、近くが検知できないレーダー
超音波センサーの測定可能距離は、センサーに接触しているもの(距離ゼロ)から5m程度と、近距離の物体検知に最適という特徴がある。だが角度分解能がレーダーなどよりも極端に低く、検知範囲も狭い。そのため、検知した物体が人なのか壁なのか、といった判別が難しい。音波を使用するためレーダーなどの電磁波よりも伝搬速度が遅く、物体の動きの検知は難しい。さらに車両走行中に使うことができない。
超音波センサーは車体表面に露出しなければならないという欠点もある。そのため自動車のデザイン性を損なう要因になり、デザイン面からも代替の近距離用センサーが求められている。
候補としてはカメラと画像認識技術を使ったセンサーやレーダーが挙げられるが、いずれも超音波センサーの代替にはならない。
カメラは霧や大雨といった悪天候、夜間や逆光に弱い。現状では単独で超音波センサーを代替するのは難しい。レーダーは悪天候に強くて角度分解能もある程度備えているという点でセンシング技術としては理想的だが、数メートル以内の近距離の検知ができないという、近距離用センサーとしては致命的な問題がある。
自動車用途の79GHz帯レーダーは、77GHzから81GHzの4GHz幅の周波数の電波を照射し、対象物に反射して戻ってくるまでの時間によって物体との距離を測る。照射する電波は一定周波数ではなく、時間に応じて周波数を高く(ないし低く)変調して照射する。こうした変調はチャープと呼ばれる。このチャープの速さ(変調速度)が測定可能距離を左右するのだが、一定のチャープ速度しか得られず、結果としてレーダーセンサーの検出可能距離は短くても数メートル程度にとどまっている。つまり、チャープを速くできれば近距離も検出できるレーダーが実現する。
そうした中で2022年秋、インフィニオン テクノロジーズが最短10cm未満の超短距離検知が可能な車載レーダーを実現するモノリシックマイクロ波集積回路(MMIC)「CTRX81xxシリーズ」を発表した。
最短10cm未満の超短距離検知が可能なモノリシックマイクロ波集積回路(MMIC)「CTRX81xxシリーズ」とレーダー専用アクセラレーター搭載車載マイコン「AURIX TC4xx」の概要[クリックで拡大] 提供:インフィニオン テクノロジーズ ジャパン
10cm未満にも対応する超短距離レーダー登場
インフィニオンは2009年に77GHz車載レーダーチップを製品化するなど、車載レーダー黎明(れいめい)期から実績を積みレーダーセンサーの革新に貢献してきた。
CTRX81xxシリーズは同社が初めて28nm CMOSプロセス技術を採用した製品で、周波数を生成する位相同期回路(PLL:Phase Locked Loop)をデジタル化した。このデジタルPLLによって、従来は最大45MHz/マイクロ秒だった変調速度を最大400MHz/マイクロ秒まで高速化でき、10cm未満という超短距離の物体検知を実現した。
変調速度と検知可能距離の関係を示したグラフ。縦軸が周波数、横軸が距離を示し、赤い点線よりも上の領域から検知が可能になる。変調速度45MHz/マイクロ秒の従来製品では最短検知可能距離は70cm程度だったが、「CTRX81xxシリーズ」は変調速度400MHz/マイクロ秒と速く、急峻(きゅうしゅん)に周波数が変化することで10cmを下回る至近距離から検知できる[クリックで拡大] 提供:インフィニオン テクノロジーズ ジャパン
インフィニオンはCTRX81xxシリーズと同時に、レーダー専用アクセラレーターを搭載して高速/高性能なレーダー処理を実現する車載マイコン「AURIX TC4xx」もリリースした。CTRX81xxシリーズとAURIX TC4xxを搭載した評価用ボードの提供を開始する。技術基準適合証明(技適)を取得しており、日本国内でもすぐに超短距離レーダーの評価ができる環境が整っている。
同社は、この評価用ボードを用いた実験結果も公表している。評価用ボードから15cmと30cmの距離に置いた樹脂製ポールを検知できることなどを確認している。インフィニオン テクノロジーズ ジャパンの夏目雅弘氏は「樹脂製ポールはレーダーが反射しにくい、レーダーが苦手とする素材だが、十分に実用的な感度で検知できている」とする。「10cm以内の検知が難しいのは事実。ただ、レーダーであればアンテナを覆ってもよく、バンパー内などに埋め込める。車体表面から10cm奥にレーダーを搭載すれば実質的な距離はゼロに近づけられる」(夏目氏)と付け加える。
インフィニオン テクノロジーズ ジャパン本社オフィス内にある電波暗室で、評価ボードを用いて実験した様子と結果。評価ボードのアンテナから15cm、30cmという至近に置かれた、レーダーが反射しにくい樹脂製ポールを捉えていることが観測波形から分かる[クリックで拡大] 提供:インフィニオン テクノロジーズ ジャパン
「並走する車両や歩行者を捉えられない」という課題も、CTRX81xxシリーズを自動車側面に搭載することで解決する。自動車前方、後方に取り付ければ、「動いている人を低速走行もしくは停車時に認識するのが難しい」という課題もクリアでき、自動車の周囲センシングの大きな課題が2つとも解消する。
同社ADAS技術センターの石川賢治氏は「超音波センサーの最大検出距離は0cmから5m程度までだったが、CTRX81xxシリーズは10cmから20m程度までと長い。そのため、ブレーキとアクセルの踏み間違えによる衝突を防ぐシステムの性能向上にも役立つと考えている。超音波センサーでは自動車から10mほど離れた距離に障害物がある状況で急発進した場合、ブレーキが間に合わず衝突する可能性が高まってしまう。レーダーであれば20m先まで検知できているので、アクセルを踏み込んだ時点で急発進を防止する処置ができる」と検知範囲が広いレーダーの利点を語る。
マルチモードで超短距離から中長距離までカバー
CTRX81xxシリーズは変調速度を変更でき、10cm〜20mの検知距離だけでなく一般的な車載レーダーのように数十〜数百メートルという中長距離用レーダーとしても使える。ADAS技術センター部長の澤田定雅氏は「停止時や低速走行時は10cm〜20mの短距離モード、中速/高速走行時は中長距離モードといったマルチモードでも使用できる。マルチモードを使えば、普通車なら最大8つのレーダーで周囲360度の近距離と前方/後方の中長距離をカバーすることも可能になる」と言う。
コストについては「現状では中長距離用としてレーダーを搭載する場合は5つ搭載しており、自動車の周囲360度を検知する場合は3つのレーダーを追加する必要がある。この3つのレーダーの追加費用は現在の自動車に搭載される十数個の超音波センサーにかかる費用とほぼ同程度になる見込みだ。超音波センサーをレーダーで代替するのであれば、コストはほとんど変わらないことになる」(澤田氏)としている。
インフィニオン テクノロジーズ ジャパンは2023年内の提供開始を目指し、CTRX81xxシリーズ/AURIX TC4xxの評価環境として55×55mm程度の小型評価用モジュールを開発している。夏目氏は「小型評価用モジュールが完成すれば、実際の自動車にCTRX81xxシリーズを組み込んで性能などを評価できる。ぜひ、超短距離レーダーを試してほしい」と呼び掛けている。
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アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2023年7月13日