暗号はある日突然破られる――インフィニオンが耐量子暗号ソリューションの展開強化:来たる「Q-Day」に今すぐ備える
量子コンピュータの実用化が進めば、現在広く使われている暗号が短時間で解読される可能性がある。「Q-Day」と呼ばれるその時に備え、政府機関や企業では耐量子暗号(PQC:Post Quantum Cryptography)への移行が急務となっている。インフィニオン テクノロジーズは早くから、PCやカード、車載向けなど幅広い分野でPQC対応製品を投入し、産業界のPQC移行に貢献している。
量子コンピュータがもたらす「もろ刃の剣」 既存暗号に解読リスク
デジタル社会の実現において極めて重要な役割を担っているのが、データの暗号化だ。顧客データや開発データといった企業の情報から政府が扱う機密情報まで、あらゆるデジタルデータが暗号化によって保護されている。AIの普及やDX(デジタルトランスフォーメーション)がさらに進めば、データの暗号化はますます不可欠になる。
その暗号化が現在、大きなリスクにさらされている。その要因となっているのは「量子コンピュータの登場」だ。特定の領域における演算を、現在のコンピュータとは桁違いのスピードで実行する量子コンピュータは、これまで解くことが困難だった多くの難問を解くとされている。交通システムの改善や新薬開発の迅速化など、さまざまな分野にイノベーションをもたらすことが期待されている。
一方で、量子コンピュータは「暗号の解読」という点では深刻なリスクももたらす。現在広く使われている標準暗号が、量子コンピュータの桁違いの処理速度によって、短時間で解読される可能性があるのだ。インフィニオン テクノロジーズ ジャパン C3事業本部 マネージャーの宇治野義顕氏は「RSA-2048ビットの因数分解にかかる時間は、現在のスーパーコンピュータでは10万年とされるが、量子コンピュータではわずか2分以内ともいわれる」と語る。社会課題の解決に大きく貢献すると期待されている驚異的な計算能力は、皮肉にも暗号解読という危険をもたらす。
そのため、さまざまな国/地域で耐量子暗号(PQC:Post-Quantum Cryptography)への対応を急ぐ動きが始まっている。PQCは、量子コンピュータでも解読が困難な暗号技術(暗号アルゴリズム)だ。システムや機器をPQC対応にすることで、量子コンピュータによる攻撃を受けた時の耐性が大きく高まる。PQC対応は、特に政府機関や金融機関で喫緊の課題となっていて、日本政府も2026年度中にPQCへの移行に向けたロードマップを策定する予定だ。
暗号は「ある日突然、破られる」
PQC導入を早急に進めるべき理由として宇治野氏は「産業界を含め、世の中に存在する膨大な量の貴重なデータの暗号が、ある日突然、破られるからだ」と述べる。「量子計算機が市場に投入されてから対策したのでは遅すぎる」
この「突然、暗号が破られる時期」は「Q-Day」と呼ばれる。Q-Dayがいつ訪れるかを予測するのは難しいが、現在の想定では2035年とされている。「どの程度の精度を持つ量子計算機が出てくるのか、量子計算機が登場したとしてもアタッカー(攻撃者)が使いこなせるかなどを考慮する必要があるので、正確に予測するのは難しい。2035年よりも1年早くなるかもしれないし、数年遅くなるかもしれないが、Q-Dayがいずれ訪れることは、ほぼ間違いない」(宇治野氏)
Q-Dayが2035年に訪れると想定した場合、問題になるのは、現在使われている機器やシステムが、運用中にQ-Dayに遭遇するかどうかだ。特に産業機器は、数十年にわたり使われることが多い。つまり、製品サイクルが短いスマートフォンなどの民生機器に比べ、今使われている産業機器/システムは、運用中にQ-Dayを迎える可能性が高い。そのため「少なくとも、今後出荷するデバイスや機器は、PQC対応にする必要がある」と宇治野氏は強調する。
2022年からPQC対応品を提供
インフィニオンは、PQC対応製品をいち早く提供し、PQCへの移行を促進してきた。最初の製品は、2022年に発表したセキュリティチップ「OPTIGA TPM SLB 9672」だ。PQCで保護されたファームウェアのアップデート機能を備えていることが大きな特徴だ。
TPM(Trusted Platform Module)は標準規格であり、標準化団体であるTCG(Trusted Computing Group)が策定した規格だ。Windows 11ではTPM搭載が必須要件となっていて、インフィニオンのディスクリートTPMもPCで高いシェアを持っている。さらにインフィニオンはTCGに初期から参画していて、TPMの仕様策定やアップデートに深く携わってきた。「PQCは、一部の部品やシステムだけが対応すればいいものではない。PCやサーバといったインフラが先にPQC対応にならなければ、世の中のさまざまなサービスがPQCに移行することは難しい。そのため、まずはPCのPQC対応から取り組んでいる」(宇治野氏)
2025年10月には、PQCに対応した非接触/デュアルインタフェースセキュリティコントローラー「TEGRION SLC27」を発表した。コモンクライテリア(ISO/IEC 15408)の認証を取得した製品で、同コントローラーを搭載することで、IDカードなどのメディアもPQCに対応させることができる。「インフラ側とメディア側の両面からPQC対応を進められる」(宇治野氏)
ドイツでは、PQC対応のIDカードを企業の職員に持たせる実証実験が始まっている。そのIDカードにはインフィニオンのセキュリティチップが搭載されている。現在、実証実験を通じて使い勝手の改善やセキュリティ上の脆弱性の洗い出しを進めている。職員から得たフィードバックをインフィニオンのセキュリティチップに反映することで、さらなる安全性の向上を図る。
車載用セキュリティチップでもPQC対応を進める。自動車分野では、V2X(Vehicle to everything)やOTA(Over the Air)など、データの暗号化が不可欠な通信が数多く行われている。サイバー攻撃が自動車事故につながれば、人命に関わる可能性もあるため、車載データ通信にも強固なセキュリティが不可欠だ。インフィニオンは2026年3月、PQCに対応した車載セキュリティコントローラー「TEGRION SLI22」を発表した。コモンクライテリアEAL6+認証を取得した製品である。
この他、モーター制御と電力変換システムに特化したマイコン「PSOC※) Control C3 Performance Line」は、PQC対応のハッシュベース署名方式であるLeighton-Micali Signature(LMS)をサポートするなど、PQCへの移行を容易にする製品になっている。
※)「PSOC」はInfineon Technologiesの商標登録です。
新たな攻撃に対応しやすい「フレキシブルな」ソリューション
インフィニオンのPQC対応ソリューションの特徴は、新しい攻撃が登場した際の対策がしやすいよう、回路構造に柔軟性を持たせている点だ。同じハードウェアを使用したまま、PQCで保護されたファームウェアを更新することで、新たな攻撃への耐性を確保する。
「現時点で想定できる攻撃に耐えうる技術は、既にチップに織り込んでいる。ただし、PQCが市場のアタッカーの目にさらされるのは、まさにこれからで、そうなればまた新たな攻撃手法が出てくるだろう。ハードの開発にはどうしても数年かかるので、次世代品を開発するまでの間、ファームウェアの更新によって少しでも長く攻撃への耐性を維持できるようにしている」
インフィニオンのPQC対応技術の一例が、TEGRION SLC27で採用しているセキュリティアーキテクチャ「Integrity Guard 32」だ。搭載された2つのCPUが互いに監視する構造になっている。一方のCPUが物理的な攻撃(樹脂パッケージを溶かしてバスにプロービングし、情報を読み出すなど)の影響を受けた場合、もう一方のCPUが即座にそれを検知し必要なアクションを実行、あるいは両方のCPUが攻撃された場合はチップを直ちにシャットダウンするなどの対応を可能とする。メモリが何らかの攻撃を受けた場合も、検知・修復、あるいは警告発信で上位ソフトレイヤーに通知し、場合によってはチップをシャットダウンする。
EUのセキュリティ規制「EU-CRA」でもPQCが重要に
PQC対応は、欧州サイバーレジリエンス法(EU-CRA)という観点からも必要になる。EU-CRAは、EU市場に出荷される「デジタル要素を含むハードウェア/ソフトウェア」に対し、厳格なセキュリティ対策を義務付ける規則で、2027年12月に全面適用が開始される。EU-CRAでは、製品を市場に投入してから5年にわたり、セキュリティ対策を継続的にアップデートすることも義務付けられている。
宇治野氏は「この5年間に、量子計算機がアタッカーの手に渡る危険性がある。EU-CRAでPQC対応を義務付けているわけではないが、この危険性を考慮すると、実質的にはPQCへの移行が必要になると、われわれは認識している」と述べる。
なお、インフィニオンは、マイコンや専用LSI、セキュリティチップの他、ソフトウェアライブラリについても、EU-CRAのセキュリティ要件を満たす製品を既に提供している。
PQC対策、「今すぐ着手を」
宇治野氏は「攻撃はどんどん複雑化し、進化しているが、われわれは“その一歩先”を行く対策を取り込んだPQC対応製品の開発と展開に注力しているので、安心してほしい」と強調する。「単にPQCアルゴリズムを採用するだけでは不十分であり、それを安全に運用することも重要だ。そうした運用上のガイダンスを含め、日本にも在籍するインフィニオンのセキュリティ専門家がサポートしていく」
PQCについては、PC・OA機器や民生機器、産業機器、ICカードを手掛けるメーカーから特に強い関心が寄せられている。ただし、宇治野氏は「暗号化されたデータを保存、利用している全ての企業は対応を検討することが重要だ」と述べる。「今すぐ対策に着手することが何よりも重要になる。インフィニオンもPQCに関する啓もうとソリューションの提供を通じて、これからのセキュリティ対策に貢献していく」
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提供:インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2026年9月16日





