SiCウエハー切断に革新をもたらす新工法 「ガラス加工の常識」で半導体市場に挑む:ダイシングに比べて切るスピードが最大100倍に
次世代パワーデバイスの材料として開発が進むSiC(炭化ケイ素)。半導体としての特性は優れるものの、非常に硬く、SiCウエハーからダイを切り出すダイシングの工程にかなりの時間がかかるのが難点だ。半導体産業に近年参入した三星ダイヤモンド工業は、従来のダイシングとは全く異なる切断工法「スクライブ&ブレーク」を提案する。ガラスや液晶パネルの切断加工を長年手掛けて「切る技術」を磨いてきた同社の工法によって、SiCウエハーの切断スピードを最大で従来の100倍に高速化できるという。
特性は良いがとにかく硬い、SiC
太陽光発電システムのパワーコンディショナーや電気自動車(EV)のインバーターなどへの採用が進むSiC(炭化ケイ素)パワーデバイス。SiCは、Si(シリコン)に比べて絶縁破壊電界強度が10倍、バンドギャップが3倍と、半導体として優れた特性を持つ材料だ。このSiCをパワーデバイスに使うと従来のSiパワーデバイスよりも高耐圧や低損失を実現できることから、開発や採用に拍車がかかっている。フランスの市場調査会社Yole Groupが2023年9月に発表した予測によると、SiCパワーデバイス市場は2022年から2028年にかけて年平均成長率(CAGR)31%で成長を続けるという。
堅調な成長が見込まれるSiCパワーデバイスだが、課題もある。大きな課題の一つは、SiCがとにかく「硬いこと」だ。工業分野で利用される主要物質の硬度を示す「新モース硬度」は「13」で、最も硬い「15」のダイヤモンド、2番目に硬い「14」の炭化ホウ素に続いて3番目に硬い。つまり、SiCウエハーも硬いのでウエハーからダイを切り出すダイシングなどの加工にかなりの時間がかかってしまう。長い加工時間は、SiCパワーデバイスのコスト高の一因にもなっている。ここを高速化できれば量産スピードが上がり、コストの低減にもつながる。
その切断加工に変革をもたらそうとしているのが三星ダイヤモンド工業だ。
創業88年、「切る」技術のプロ
大阪を拠点とする三星ダイヤモンド工業は、ガラスカッターのメーカーとして1935年に創業した。異形加工や穴あけ加工といった難易度が高い加工を含め、材料に適した加工方法を提案できることが強みだ。加工ツールの開発/製造と、装置の開発を手掛ける。特に液晶パネル分野で高いシェアを持ち、液晶パネル分断装置を中心に累計で約6000台の装置を供給している。
三星ダイヤモンド工業は、創業以来磨き続けてきた「切る技術」で半導体市場に攻勢をかける。まず狙うのはSiCウエハーの切断加工の分野だ。
同社が開発した「スクライブ&ブレーク(Scribe and Break)」を使えば、切断スピードを従来のダイシングよりも最大100倍に高速化できるという。代表取締役社長を務める若林真幸氏は、「従来のダイシングとは全く異なる切断方法だ」と強調する。同社はスクライブ&ブレーク工法を、「SnB(エスアンドビー)」というブランドで展開していく。
ガラス切断では一般的、でも半導体では新しい「SnB」
スクライブ&ブレークは、文字通り「スクライブ」と「ブレーク」という2つの工程から成る。「スクライブ」では、スクライブホイールという円形のカッターでウエハー表面に浅く切り筋を入れる。ちょうど、ピザカッターでピザを切るようなイメージだ(ただし、ピザと違って完全に切るわけではない)。分断に必要なクラックを発生させるためで、この切り筋をスクライブラインと呼ぶ。その後、「ブレーク」の工程でウエハーを裏返し、スクライブラインの真裏から応力を加えるとスクライブラインに沿ってウエハーが分離する。
三星ダイヤモンド工業の「スクライブ&ブレーク(Scribe and Break)」の概要。SiCウエハーの厚み100〜350μmに対し、スクライブホイールの刃が食い込むのは1μm以下だ 提供:三星ダイヤモンド工業
スクライブ&ブレークは、ガラスの切断では80年以上前から使われている工法だ。だが、半導体の世界にとっては、全く新しいものになる。ガラスの分野では“常識的”なこの工法が、SiCウエハーの切断を大きく変えると三星ダイヤモンド工業は意気込む。
ダイシングの課題を一挙に解決
SiCウエハーのダイシングには、幾つか課題がある。まずは、チップの角や周辺部分が割れたり欠けたりするチッピングが大きくなってしまうことだ。SiCのような硬くてもろい難削材は、ダイシングするとチッピングが大きくなりやすい。「20μm幅くらいのチッピングが発生する」と三星ダイヤモンド工業は語る。
さらに、ダイシングではカーフ幅が大きくなる他、削られたウエハーの幅に当たるストリート幅も80〜100μmと増大する傾向にある。つまり、カーフ幅やストリート幅の分だけウエハーが無駄になってしまう(カーフロス)ということだ。
硬いSiCウエハーは、高速に切断するのも難しい。Siウエハーのダイシングの平均速度は100〜200mm/秒だが、SiCウエハーでは3〜10mm/秒にまで落ちる。さらに、水を流しながらカットするウェットプロセスが一般的なので、ウエハー1枚の切断に毎分6〜7Lの水を使用する。環境負荷も低くはない。
三星ダイヤモンド工業は「SnBを使えばこうした課題を一気に解決できる」と語る。
チッピングは「ほぼ発生しないと言ってもいいレベル」(同社)にまで改善される。「スクライブは、ウエハーに切り筋を入れるだけなので欠けたり割れたりすることがほとんどない」とする。ストリート幅はダイシングの半分以下の30μmで、カーフロスもほぼない。
切断スピードも格段に上がる。SnBは100〜300mm/秒で切断するので、ダイシングの3〜10mm/秒に対して最大で100倍近く高速化できることになる。SiCパワーデバイスの生産性を大幅に向上させられるだろう。水を使わないドライプロセスということも、ダイシングに対する大きな利点だ。
「顧客の多くが、カーフロスの改善と生産性の向上に高い関心を示す。SiCウエハーは非常に高価なので、1枚のウエハーから1個でも多くのチップを取得できることが重要だ。切断スピードが上がればそれだけ多くのウエハーを処理できるので、パワーデバイスの量産スピードが上がる。そのため、SnBはSiウエハーと同等のスピードで切断できる」(三星ダイヤモンド工業)
断面も、ダイシングより滑らかだ。表面粗さの指標「Rz」は、ダイシングでは1.43μm(水平方向)/1.47μm(垂直方向)であるのに対し、SnBは0.17μm/0.07μmと1桁異なる。断面がこれほどきれいなのは、SnBは結晶が持つ「へき開」という性質を利用して切断するからだ。結晶には、原子同士の結合力が弱い面に沿って割れる性質がある。これがへき開だ。ダイシングは、へき開に関係なく結晶を力ずくでつぶして切断するようなイメージだが、SnBは原子同士の結合を無理なく切り離すイメージで切断する。「繊維状チーズを割くようなイメージで切断できる」(同社)。そのため、断面のダメージが少ないのだ。
これらの特徴を実現できた理由の一つは、独自に開発したスクライブホイールの材質や形状にある。「ガラスを切断する従来のスクライブホイールでSiCウエハーを切ると、わずか数メートル分の切断距離で刃を消耗してしまう。だが、われわれが開発したスクライブホイールは3000mほど切断の性能を維持できた」(同社)。加工ツールの開発メーカーならではの強みだと言える。
ダイの取得数は最大13%増加
SnBはストリート幅が小さくてカーフロスがほとんどなくなるので、1枚のウエハーから取得できるダイ数が増える。6インチSiCウエハーから取れる0.75mm角のダイ数は、ダイシングでは2万3936個だがSnBでは2万7144個と約13%も多くなる。これは、SiCパワー半導体などの低コスト化に貢献するだろう。
装置の設置面積を75%削減
三星ダイヤモンド工業は、SnBを適用した半導体ウエハー精密切断装置「DIALOGIC(ダイヤロジック)」を発売済みだ。SiCパワーデバイスメーカーに、SnB装置として既に約20台納入した実績もある。
DIALOGICは、設置面積の削減に貢献する。毎月9000万の6インチウエハーを処理して1mm角のダイを切り出す生産ラインがあると仮定する。この場合、約18台のダイシング装置が必要で、設置面積は65m2ほどになる。DIALOGICだとわずか3台で済み、設置面積は75%少ない16.5m2に抑えられる。
DIALOGICの生産能力は、「パワー半導体のチップを製造する場合、1時間当たり約10枚のウエハーを処理できる」(同社)という。SiCウエハーの大口径化を見据え、6インチと8インチの両方に対応する。
DIALOGICは、スクライブホイールなどのツールを定期的に交換する必要がある。三星ダイヤモンド工業は、定期メンテナンスなどのサービスも考案中だ。
「SEMICON Japan 2023」に初出展
三星ダイヤモンド工業は、2023年12月13〜15日に東京ビッグサイトで開催される「SEMICON Japan 2023」に初めて出展する。
若林氏は、「液晶市場の成長が落ち着き、次なる成長の軸に半導体を据えた。それ以来、約10年にわたって半導体市場に参入するために技術開発を続けてきた。ここにきてようやくSiCというターゲット市場が定まった」と語る。「半導体の“どの材料を”切るかだけでなく、“どの材料で”切るのかにも焦点を当てて研究開発を進めた。そこが、加工ツールを開発する当社の強みでもある。そのツールを最大限に活用するための装置も開発できる。われわれの社名や技術を半導体業界の皆さまにぜひ知っていただきたい」(若林氏)
同社は2025〜2030年にかけて、SiCウエハー加工事業単体で約100億円の売上高を目指す。米国カリフォルニア州サンディエゴにオフィスも設立した。「われわれは本気で半導体ビジネスに取り組む」と若林氏は強調する。
SiCパワーデバイスの低コスト化や量産性向上の方法を模索する半導体業界にとって、三星ダイヤモンド工業のSnBは革新をもたらす大きな一手になるはずだ。
「半導体業界ではスクライブ&ブレークという工法が認知されていないので、SiCウエハーをこれほど高速に切断できるということを最初はあまり信じてもらえない。だが、実際に見ていただくと拍手が起こることもある」(三星ダイヤモンド工業)
「百聞は一見にしかず」だ。SEMICON Japanの会場に足を運び、実際のSnBを見てはいかがだろうか。
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提供:三星ダイヤモンド工業株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2023年11月22日