AI時代の開発力を左右する先端半導体 設計人材の「圧倒的不足」解消の鍵は:国を挙げて育成目指す
AI時代において、最先端の半導体を設計し、使いこなすことは製品の競争力に直結する。だが日本では、最先端半導体を設計できる人材が圧倒的に不足している。さらに、メーカー側の半導体に対する知見も十分とはいえない状態だ。これを打破すべく、経済産業省主導でNEDO委託事業「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/人材育成/最先端デジタルSoC設計人材育成」プログラムが2024年に始動した。設計人材の育成だけでなく、半導体の“選球眼”を磨くことも狙う。
深刻な「先端半導体設計エンジニア」不足
半導体業界における人材不足は、もはや構造的な問題になっている。電子情報技術産業協会(JEITA)の試算によれば、日本国内では、半導体メーカー主要9社においてだけでも、今後10年間で少なくとも4万人以上の半導体人材が必要になる。
中でも深刻なのが、最先端半導体を設計できるエンジニアやアーキテクトの不足だ。自動車やロボット、医療機器、情報通信機器など、あらゆる機器やシステムにAIを搭載し、性能や機能を高めるためには、高度な最先端の半導体を設計し、使いこなす力が不可欠になる。これは、社会インフラの進化や国の基幹産業の競争力にも直結する。だが、その中核を担う半導体設計人材が、日本には極端に少ない。
このままでは国の産業の競争力を維持できなくなる――。こうした危機感の下、日本では経済産業省主導で、最先端半導体の設計人材育成プログラムが2024年に始動した。技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)と、AI半導体設計を手掛けるTenstorrent USA(以下、Tenstorrent)が提案したプログラムで、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」に採択された。最先端の半導体を設計できる人材を、5年間で最大200人育成することを目標に掲げる。
LSTCは産業技術総合研究所(産総研)や東京大学、Rapidus、富士通、ソニーセミコンダクタソリューションズといった、国内の企業および研究機関で構成される研究組織だ。TenstorrentはAIチップ半導体のスタートアップである。データセンター向けAIアクセラレーターチップの開発を手掛け、AMDやIntel、Appleなどで多くの実績を残してきた著名な半導体アーキテクトのJim Keller氏が最高経営責任者(CEO)を務めることでも知られる。
Tenstorrentの日本法人、テンストレントジャパン代表取締役社長の中野守氏は「日本はこの数十年で、半導体の設計や製造を手掛けるメーカーが減少し、特に最先端プロセスに関わるプレイヤーが極端に少なくなった」と語る。「AI時代において、製品の付加価値を高めるためには先端半導体が不可欠であり、ここへの投資を怠れば競争力を失うだろう」と強い危機感を示す。
こうした危機感を企業の経営層と共有し、最先端半導体を設計できる人材、あるいは半導体の知識を十分に持つ人材を増やしていくことが極めて重要になると、中野氏は指摘する。
半導体設計のキャリアへの「再参入」も後押し
そのため、今回の育成事業では、若手エンジニアと経営層、それぞれからアプローチする。
若手エンジニアに対しては、初級・中級・上級のコースを設けている。初級コースではSoCの設計フローに合わせた9つのコースを用意し、先端のEDAツールを使いこなせるスペシャリストを育てる。中級コースでは、28nmノード以降の半導体設計者を育成する。ツールを使用するスキルのみならず、産業全体を展望できる視点の習得も目指す。上級コースでは米国カリフォルニア州とテキサス州のTenstorrentの2拠点で、OJTプログラムを実施する。企業に勤める技術者が受講する場合、出向扱いとなり、Tenstorrentの東京オフィスで3カ月間の事前トレーニングを受けた後、米国の拠点で1年〜1年半にわたり、半導体設計の実践的な経験を積むことになる。「伝説のエンジニア」とも称されるKeller氏と同じオフィスで実務経験を積める環境が用意されている。
現在、プログラムに先行する形で参加した受講生と1期生、2期生が米国オフィスでOJTの真っ最中だという。最初の受講生も「最初は追い付くことに苦労したが、半年もたつとめきめき成長し、自信を持って精力的に課題に取り組んでいる。間もなく米国研修を終えて帰国し、企業に戻る。すぐに半導体設計のプロジェクトに入るのではないか。受講生の出身企業の上司からの期待も大きい」
本プログラムの特徴の一つが、若手人材の育成にとどまらず、過去に半導体設計の道を断念したエンジニアの“再参入”も視野に入れている点だ。2000年代以降、日本の半導体産業は長期的な低迷局面にあり、半導体設計という職そのものが十分に存在しない時期もあった。「半導体設計に関心を持ちながらも、そもそも仕事がなかったので、ソフトウェア開発やパワー半導体開発など、先端の半導体設計とは異なる分野に携わっている技術者も多い」(中野氏)。だがAIの普及により、先端半導体の設計には再び注目が集まっている。実際に、ソフトウェア業界から半導体設計に戻りたいというエンジニアも現れている。現在、テンストレントジャパンでトレーニング中のインターン生も、そうした人物だという。「再び半導体設計を目指すこうしたエンジニアは非常にエネルギッシュで、プログラムにも積極的に取り組んでいる」。中野氏は、そこに一筋の光明を見いだしている。
経営層は「半導体の選球眼」問われる時代に
若手の人材育成と同じくらい中野氏が重視するのが、経営層への働きかけだ。大手メーカーを中心に1社1社当たるという地道な戦略をとっている。
かつては半導体事業を手掛けていた大手メーカーであっても、多くの企業が半導体の開発を断念していると中野氏は懸念を示す。
だが、AIを搭載して製品の付加価値を高めるならば、最先端の半導体は不可欠だ。数年前に、海外のハイパースケーラーが半導体の内製化に一斉に舵を切ったのも、半導体設計が競争力に直結すると判断したからだろう。コモディティ化しやすい家電などにおいても、先端半導体を使うことでAI機能を高め、差別化を図る動きは変わらない。中国や韓国の家電メーカーは、AI TVやAI搭載家電などを次々に製品化し、大々的に売り出している。
AI時代においては、半導体は単なる調達部品ではなく、製品の競争力を左右する要素なのだ。経営層に求められるのは「半導体の選球眼」である。
対照的なのが、家電を手掛ける新興メーカーや家電量販大手などだ。いずれも日本の伝統的な電機メーカーとは異なるが、半導体に対する関心は非常に強いという。「生成AIなどの機能を家電に搭載するには、先端半導体が不可欠だと理解している」
「何より、面白いAIの応用を考えるためには、やはり若手や中堅の発想が必要になる。実際、その点を訴えると、前向きな姿勢に変わる経営層も多い」。近年は日本のある自動車メーカーも自社専用チップの開発を強化している。「国内でもこうした事例が増えれば、他のメーカーも変わってくるのではないか」(中野氏)
中野氏は、民生機器や産業機器、医療機器などの分野から約50社に上る企業リストを作成し、各社のCEOや最高技術責任者(CTO)と個別に対話しながら、最先端の半導体設計の重要性を訴求している。半導体の重要性を認識してもらうためには、やはり経営層から事業部への呼びかけが効果的だ。「半導体の自社設計はハードルが高いとしても、半導体の調達にも知識が欠かせない。経営層がそう訴えると一気に意識が変わることも多い。こうした対話を重ねることで、実際に育成コースの受講生候補を挙げる話につながった例もある」(中野氏)
こうした動きを加速させ、メーカーで半導体設計者を“リバイバル(復活)”させる、もしくは、先端半導体設計の世界に飛び込んでもらうきっかけを作ることが、今回の人材育成プログラムの狙いだ。
「共通の半導体インフラ」構築 欧州の取り組みもヒントに
欧州で進むコンソーシアム型の取り組みもヒントになる。欧州では、自動車メーカーやティア1、Tenstorrentなどの半導体メーカー、imecなどの研究機関が参画してコンソーシアムを立ち上げ、ソフトウェア定義車両(SDV)向けのチップレット技術の開発と標準化を進めている。メーカー単独では、半導体の開発効率を上げ、量産による低価格化の恩恵を受けることが難しい場合も多い。そのため、産学連携で「共通の車載用半導体インフラ」を構築するアプローチをとっているのだ。
こうした取り組みでは、ハードウェアやソフトウェアをオープン化/標準化できることが大きなメリットだ。開発環境や移植のノウハウ、移植後の性能向上や最適化手法といった周辺技術も含めてオープン化すれば、多様なプレイヤーが参入しやすくなり、業界全体の製品開発力の底上げも実現できるだろう。また、昨今急激に進化する生成AIなどがオープン化されたソフトウェア開発環境とAIモデルの移植、最適化の事例を学習し、人手に変わって自動で異なるハードウェア(AIアクセラレータ)に移植することも容易になってきている。
このような動きは、設計人材不足という課題に対する、もう一つの現実的なアプローチでもある。
「AIを活用することは、特定のベンダーのGPUを大量に調達することではない。標準化やオープン化をベースにどのようなスキームを作れば、さまざまなメーカーが、競争力のある製品を、コストを抑えつつスピーディに開発できるようになるのか。そうした観点で議論を進めていく必要がある」(中野氏)
AI実装は企業の競争力の源泉に
最先端の半導体製造については、Rapidusに加え、TSMCが3nmノードへの転換を表明したJapan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)熊本第2工場など、日本でも活発な取り組みが進む。だが、最先端の半導体を設計できる人材と、最先端の半導体を使いこなせるユーザー企業も国内にいなければ、日本全体の半導体産業の持続的な活性化と成長にはつながらない。中野氏もその点を指摘する。
半導体を含め、製品の設計力や開発力は、一朝一夕に取り戻せるものではない。マラソンと同じで、一度差が開くと容易には追い付けないと中野氏は語る。
あらゆる分野においてAIの実装が広がる中、最先端半導体の設計力と“選球眼”を持つか否かは企業の競争力を大きく左右するようになるだろう。日本の産業界は、その分岐点に立っている。
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提供:テンストレントジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EE Times Japan 編集部/掲載内容有効期限:2026年6月26日






