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携帯端末へのMIMO採用可能に、 米社がメタマテリアル・アンテナ実用化無線通信技術 アンテナ設計

携帯型無線機器へMIMO(Multiple Input Multiple Output)技術を適用する――。アンテナや高周波部品の設計を手掛ける、米国のベンチャー企業Rayspan社は、メタマテリアル(Metamaterial)技術を適用した「メタマテリアル・アンテナ」を初めて実用化した。

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 携帯型無線機器へMIMO(Multiple Input Multiple Output)技術を適用する――。アンテナや高周波部品の設計を手掛ける、米国のベンチャー企業Rayspan社は、メタマテリアル(Metamaterial)技術を適用した「メタマテリアル・アンテナ」を初めて実用化した。すでに、このアンテナを搭載した無線LAN関連製品が市場に投入されており、現在も複数の企業がこのアンテナの採用を検討しているという。

 Rayspan社のCTO(Chief Technology Officer)を務めるMaha Achour氏と、今回実用化されたアンテナの基礎研究を進めた、米UCLA (University of California, Los Angeles)の教授である伊藤龍男氏に、メタマテリアル・アンテナ開発の背景や狙い、特徴について聞いた。

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Rayspan社のCTOを務めるMaha Achour氏と、今回実用化されたアンテナの基礎研究を進めた、米UCLAの教授である伊藤龍男氏 

EE Times Japan(EETJ)  メタマテリアル・アンテナを実用化した狙いや背景を教えてほしい。

Achour氏 WiMAX端末や携帯電話機をはじめとした小型の無線機器に、複数のアンテナを搭載することを狙った。小型の無線機器でも、MIMO技術を利用できるようにするためだ。

 送信側と受信側のそれぞれに複数のアンテナを使うMIMO技術は、無線通信業界では一般的に利用される技術になりつつある。IEEE802.11n規格に加えて、次世代の無線通信規格であるWiMAXや3GPP LTEでもMIMO技術が採用される見込みだ。半導体ベンダー各社は、MIMO技術に対応した半導体チップを用意しており、IEEE802.11nに対応した据え置き型無線LAN機器では、MIMO技術の普及がすでに進んでいる。

 しかし、小型の無線機器では採用が進んでいないのが現状である。MIMO技術を適用しようとすると、次のような問題が生じていたからだ。実装スペースの小さい小型の無線機器に、複数のアンテナを搭載するには、アンテナ間の間隔を狭くせざるを得ない。そうすると複数のアンテナが電磁気的に結合してしまう。この結果、それぞれのアンテナの特性が大きく劣化してしまい、MIMO技術による伝送速度や通信品質の向上といった恩恵が得られなくなる問題である。これが、小型の無線機器にMIMO技術を適用する際の大きな障壁となっていた。さらに、従来のアンテナは寸法が大きいことも課題だった。

 今回開発したメタマテリアル・アンテナは、アンテナ間の間隔を狭めても電磁気的な結合が小さいこと加えて、アンテナそのものの寸法も小さい。具体的には、共振波長λ(例えば、2.4GHzを利用する場合は約12.5cm)に対してアンテナ間の間隔をλ/8〜λ/12にまで狭められる。チップ・アンテナや板状逆Fアンテナ(PIFA:Planar Inverted F Antenna)といった従来型アンテナでは、少なくともλ/2の間隔を開ける必要があった。アンテナそのものの寸法については、開発品はλ/10〜λ/25程度と極めて小さくできる。従来品では、アンテナのタイプによって異なるため一概には言えないが、開発品よりも大きいはずだ。

EETJ アンテナをどのように無線機器に実装するのか。

Achour氏 無線機器に搭載するプリント基板(PCB)を製造する段階で、基板の複数の層にアンテナを作り込む。一般的な製造工程を利用できるため、これによるコストの上昇はほとんど生じない。基板上の半導体チップを実装しない場所にアンテナを形成すれば、最終製品の外形寸法が大きくなることもない。

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米Netgear社が無線LANルーター装置に採用したメタマテリアル・アンテナ 

分散特性を自由に調整

EETJ 開発したアンテナの詳細を教えてほしい。

Achour氏 このアンテナは、伊藤氏らの研究グループが考案した伝送線路型(CRLH:Composite Right and Left Handed)と呼ぶタイプのメタマテリアル・アンテナに、帯域幅を広げたり、放射効率を高めたりといった、実用化に向けた改良を施したものだ。

伊藤氏 そもそも、伝送線路型のメタマテリアル・アンテナとは、波長に比べて十分に小さい複数個の金属材料を、アンテナとして動作するように周期的に並べたものである。1つ1つの金属材料の形状や配置といった構造をうまく形成することで誘電率εや透磁率μといった値を変化させ、構造全体の電気的な特性を比較的自由に調整できることを発見した。この電気的な特性は分散特性(Dispersion Characteristic)と呼び、所望の分散特性が得られるような構造を設計する作業を「Dispersion Engineering」という。Dispersion Engineeringが可能なことが、メタマテリアル・アンテナの大きな特徴である。既製品を買ってくるのではなく、オーダーメイドで服を作れるようになったというイメージだ。

 例えば、Dispersion Engineeringによって、誘電率εを高めれば、アンテナ寸法をそのままに共振周波数を下げられる。すなわち、共振周波数が同じならば、アンテナ寸法を小型化できる。これまでは、アンテナを構成する媒体(材料)や、その寸法が決まれば、分散特性は一意に決まっていた。

Achour氏 開発したメタマテリアル・アンテナに採用した、金属材料の形状や配置といった構造の情報「 Key Pattern」は極めて重要である。これの詳細は明かせない。Key Patternを見つけ出したことが、アンテナ寸法の小型化とアンテナ間の相互干渉の削減につながった。UCLAがKey Patternの特許を取得し、当社に技術移転(ライセンス供与)した。当社は、このライセンスを基に開発したアンテナの設計情報(IP)を電子機器メーカーやODMベンダーに提供する。アンテナを製造して販売するわけではない。アンテナを作り込んだ基板の評価や、これを組み込んだ機器の技術試験にも対応する。

EETJ 今後の開発計画を教えてほしい。

Achour氏 その前に注意してほしいことがある。当社は、アンテナの設計を請け負うだけの企業ではない。メタマテリアルというまったく新しい技術の適用範囲を、アンテナだけではなく、フィルタやカップラ、スプリッタといった高周波受動部品にも広げていこうとする「メタマテリアル・カンパニ」である。今回実用化したアンテナは、高周波部品への適用第1弾という位置付けだ。今後は、アンテナと高周波受動部品を組み合わせた「サブ・システム」の開発を進める。アンテナについても、想定する無線機器ごとに、さまざまなタイプを実用化する。

*1)2008年1月にラスベガスで開催された「International Consumer Electronics Show(CES)」で米Netgear社が発表した無線LANルーター装置の基板である。比較的小型の筐体に6〜8個のメタマテリアル・アンテナ(赤丸内)を搭載し、これらを最大限活用することで通信距離とスループットを高めた。具体的には、通信距離とスループット向上をそれぞれ10〜15%向上させたとする。同社は、今後もメタマテリアル・アンテナを積極的に採用していくとしている。

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