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60GHz帯無線通信が身近に、実用化には5つの技術課題無線通信技術 ミリ波

60GHz帯で動作する、Si(シリコン)材料を使った半導体チップの実用化が現実味をおびてきた。回路設計の手法や製造プロセス技術の進展が背景にある。

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 60GHz帯で動作する、Si(シリコン)材料を使った半導体チップの実用化が現実味をおびてきた。回路設計の手法や製造プロセス技術の進展が背景にある。Si材料を使った60GHz帯対応半導体チップを実現できれば、民生機器に搭載可能なレベルにまで価格を低減できる。業界に与えるインパクトは大きいだろう。

 60GHz帯を使った無線通信には、数多くの用途がある。例えば、街角などで映像をダウンロードできる「ビデオ・キオスク」でのデータ伝送やパソコンとその周辺機器間の接続などである。IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers:米国電気電子技術者協会)のタスク・グループ「IEEE 802.15.TG3c」は、60GHz帯無線通信の国際標準規格を2009年に発表する予定である。

 しかし、標準化作業の一方で、世界中の研究グループがこの60GHz帯の利用について頭を悩ませている。実用化に向けて5つの課題を解決する必要があるのだ。

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世界各国で利用可能な周波数を示した。7GHzもの幅広い周波数を免許不要で使える周波数帯域はほかにない。 

Si CMOSプロセスの進歩

 60GHzが含まれる30G〜300GHzのミリ波帯を使った無線通信そのものは、古くから活用されており、実際にはすでに多くの人の目に触れている。例えば、かのセキュリティ性が高い無線通信や、軍事衛星の無線通信などである。

 従来、60GHz帯向け半導体チップには、価格が高いGaAs(ガリウム・ヒ素)材料が使われてきた。しかし現在では、安価なSi材料を使うCMOSプロセス技術が進歩したことで、小型で動作速度が高いトランジスタ素子の製造が可能になりつつある。Si材料のCMOSプロセス技術でアナログ回路が実現できれば、ベースバンド処理用デジタル回路とともに集積しやすい。小型化や価格の低減につながる。

 もっとも、当初市場に投入される機器では、SiGe(シリコン・ゲルマニウム)材料を使った高周波アナログ・チップと、Si材料を使ったCMOS デジタル・チップを組み合わせた構成を採るかもしれない。しかし開発が進めば、1チップ化されるだろう。2010年ころには、1チップ品を採用した第2世代の機器が販売されても不思議ではない。

7GHz幅を免許不要で利用可能

 そもそも、なぜ60GHz帯が注目されているのだろうか。その理由は、米国連邦通信委員会(FCC:Federal Communications Commission)が57G〜64GHzという7GHzもの周波数帯域を、免許を申請せずに使ってよい免許不要の帯域として割り当てたことがある。2001年に規定した。免許が不要であるメリットは大きい。免許を申請して取得するための膨大な手間や費用が不要になるからだ。しかもこの帯域は、世界各国でも免許を取得せずに使える。

 もちろん、60GHz帯を使う最大のメリットは、現在広く使われている10GHz以下の周波数帯域に比べて、はるかに高速な無線通信が実現できることだ。デメリットは、空気中での減衰が大きいことである。しかしこの点は、近距離通信に使う場合はメリットとなる。すなわち、電波干渉が生じにくい。この結果、高いセキュリティ性が得られるほか、60GHz帯という同一の周波数をさまざまな場所で使える。

 3〜5m程度という近距離で、最大5Gビット/秒という高い伝送速度が生きる用途は、いくつも思いつくだろう。本稿では、IEEE 802.15.TG3cが提示した利用シーンを3つ紹介しよう。

1.ワイヤレスHDMI(Wireless High Definition Multimedia Interface):DVDプレーヤから高品位(HD)映像を非圧縮で薄型テレビに伝送する。

2.HD映像の高速アップロードとダウンロード:ビデオ・キオスクから携帯型端末にHD映像をダウンロードする。コンテンツを格納した携帯型端末から宅内のセットトップ・ボックスやパソコンへコンテンツを移動する。

3.無線ドッキング・ステーション:デジタル・カメラや外付けの記録装置、プリンタ、ディスプレイといった周辺機器とノート・パソコンの間の無線接続。

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60GHz帯を使う無線通信の利用シーンの1つである。映像/ゲームの配信装置(キオスク)から携帯型端末に向けて、大容量のデータを高速に伝送する。その後、携帯型端末から宅内のセットトップ・ボックスやゲーム機にアップロードするという利用シーンが想定されている。 

立ちはだかる5つの課題

 60GHz帯を使った無線通信は、大きな可能性を秘めていると同時に、技術的な課題が多い。いずれの課題も、現在広く使われている周波数とは文字通りけた違いであることに起因する。5つの技術的な課題を説明する。

 1つ目の課題は、ベースバンド処理用デジタル回路とアナログ回路を1チップ化するなら、技術的な障壁がさらに高まることだ。1チップに集積する際には、45nm世代のプロセス技術が必要となる。しかし、このプロセスでのトランジスタのアナログ的な挙動を踏まえたチップの開発は技術的なハードルが高い。

 2つ目の課題は、アナログ回路やアンテナの設計が難しいことである。周波数帯域が57G〜64GHzで、帯域幅は7GHzと極めて広いからだ。周波数の変動幅は10数%と大きい。これに対して、2.4G帯を使う無線LANの場合、周波数の変動幅はせいぜい3%程度だ。

 3つ目の課題は、アナログ信号からデジル信号、またはデジタル信号からアナログ信号へ変換する際に、サンプリング・レートが4Gサンプル/秒で、分解能が5〜6ビットという膨大なデータ量を扱わなければならないことである。これをCMOSプロセスで、しかも低い消費電力で実現するのは難しい。データ量の多さは、デジタル回路部にとっても課題である。ISSCC 2008では、消費電力が低いA-D変換回路がいくつか紹介された。

 4つ目の課題はSN比が低くなりやすいことである。これには2つの要因がある。1つは搬送波周波数が高いため、受信機側の受信電力が低くなりやすいこと。もう1つは周波数帯域が広いために、受信機側の雑音が増えやすいことである。この現象に対処するために、送信機および受信機で、電磁波の指向性を制御するビーム形成(beam forming)という技術が使われる。例えば、アンテナと位相シフターをそれぞれ複数組み合わせて実現する。高いデータ伝送速度が求められる用途には、数多くのアンテナが必要となる。DVDプレーヤなどの据え置き型機器から薄型テレビにHD映像を伝送する場合には、機器同士を近づけることは現実的ではない。従って、ビーム形成は一層重要になる。

 5つ目の課題は、国際標準規格に3つの物理層が絡んでくるということだ。1つは、単一搬送波変調方式で、残りの2つは直交周波数分割多重(OFDM)である。

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