炭素原子がハニカム格子状に並んだ単原子層からなる炭素材料「グラフェン」は、集積回路の材料として従来用いられてきたSi(シリコン)やGaAs(ガリウムヒ素)の代替として期待されている。グラフェンの主要な特徴のひとつとして挙げられるのが、電子移動度の高さだ。グラフェンは、Siのように電子を移動させるだけでなく、GaAsのようにホールを移動させることもできる。そのため、グラフェン上の電荷キャリアは、エネルギとは独立した速度で移動すると予測されている。
グラフェンの性質には、理論的に解明されているものもあるが、実証研究はまだ限られている。こうした中、米国標準技術局(NIST:National Institute of Standards and Technology)と米Georgia Institute of Technology(Georgia Tech)は2009年5月、新しい測定装置を利用して、このようなグラフェンの性質を実証する実験に成功したことを明かした。
NISTに所属する研究者であるJoseph Stroscio氏は、「グラフェンが次世代エレクトロニクス材料として最も有望視されている理由のひとつは、グラフェンの量子電子構造がSiC(シリコン・カーバイド、炭化ケイ素)上で成長するという性質である。われわれは新手法を用いて、この性質の実証に成功した。こうした特徴はこれまで理論的な証明にとどまっていたが、今回の実験でその可視化が可能になった」と話す。
グラフェンがSiC上に成長するという性質を最初に発見したのは、Georgia Techで教授を務めるWalter de Heer氏である。同氏の手法はまず、SiCのウエハー表面を高熱で加熱し、Si原子を取り除く。すると、ウエハーは、電子的に独立した単原子層へと自己組織化する。あとに残された、ウエハーの表面全体を覆うグラフェンの連続膜は、導体に似た挙動を示す。Siなどほかの材料の場合、電気的な挙動を変化させる不純物を添加することによって、残された連続膜が半導体に変わる。一方、グラフェンの場合、電子移動度を制限する形状にパターンを焼き付けさえすれば、残された連続膜は高伝導性材料から半導体材料へと変化する。
Stroscio氏は、「この手法を利用すれば、ウエハー規模のグラフェン材料をSiC上に成長させて、電子デバイスとして機能するパターンを形成できる。グラフェンは導体だが、デバイスの用途に応じた半導体が必要な時は、特定のパターンを形成することで、グラフェンを半導体に変えることができる。例えば、グラフェン・リボンにパターンを焼き付けることで、バンドギャップが拡大するため、トランジスタを製造できるだろう」と説明する。
NISTは、グラフェンのこうした性質を測定するため、走査型トンネル顕微鏡をベースにした実験器具「シャトル」を製作した。この顕微鏡は、10億倍と非常に高い倍率を有すると同時に、超低温に保たれた真空内の高磁場環境における材料の観察を可能にする。研究チームは、材料を観察する間、磁場の強度を変化させることによって、材料の量子エネルギが不均一に分散する様子を捉えることに成功した。
Siなどほかの材料では、高い磁場のもとで、エネルギが不均一に分散する。一方、グラフェンは、エネルギの状態が均一で、しかもエネルギがゼロになるという特異なエネルギ分散を持つことが判明した。
同研究チームは、この実験結果を基に、SiCウエハー上で成長するグラフェン層はそれぞれ、電子的に非結合状態にあると結論づけた。そのため、隣接した層の上に異なる素子を組み上げることも、可能性としては十分にあり得るという。
電子の速度がエネルギとは無関係であることも確認した。あたかも質量がゼロである光子のように、電子を動かすことに成功した。グラフェン上のこのような電子の挙動を確認したことで、エレクトロニクスやフォトニクスにおける新規な素子を製造できる可能性が開けた。
Georgia Techで教授を務めるPhillip First氏は「グラフェンを用いた素子が製作される可能性がますます高まってきた」と主張する。
次の目標はグラフェンの単分子層を製造することだ。電子の挙動さらに詳しく調べるだけではなく、素子の製造に必要なゲート電極やそのほかの構造を配置する手法を探るためだ。
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