第1回 楽しいアナログ回路設計:Analog ABC(アナログ技術基礎講座)(2/2 ページ)
「アナログ」という言葉を聞くと「古い」、「時代遅れ」、「頑固親父」なんていう印象を持つ人が多いかもしれません。アナログは「アナクロニズム(時代錯誤)」と語感が似ていることが原因かもしれませんが、アナログ回路の世界は楽しいものなのです。
現実とデジタル世界の通訳
アナログ回路の仕事は、現実の世界とデジタルの世界の通訳をすることです。アナログ回路では、アナログ信号をデジタル回路で扱える信号に変換します。また、振幅が小さい信号を増幅したり、雑音を除去したり、電源電圧を制御したりとさまざまな役目があります。もしかすると、A-D変換回路とD-A変換回路のサンプリング周波数や分解能といった性能を高めるために、さまざまなアナログ回路があると言ってもよいのかもしれません。例えば、アナログ回路の1つであるBGR(Band Gap Reference)回路は、A-D変換回路で1か0を判定するためや、D-A変換回路でアナログ信号を生成するための基準電圧を生成します。同じく、アナログ回路の要素回路であるPLL(Phase Locked Loop)回路は、A-D変換回路のサンプリング・タイミングを正確に維持したり、高い自由度で変えたりするために使います。
もう少し詳しく説明しましょう。デジタル回路では、情報を「1」と「0」だけで表現します。従って、デジタル回路に入力する信号の値がしきい値より上を「1」、しきい値より下を「0」と判定する必要があるのです。実際の信号には、雑音がたくさん含まれていますし、妨害する信号も外部から混ざってきます。そのままではどちらとも判定できないような信号を、増幅したり、フィルタをかけたりとあらゆる細工をして、決められたタイミングで1か0に判定して出力する。これがアナログ回路の大きな役割です。
また逆に、デジタル信号をアナログ信号に変換することも大切な仕事の1つです。デジタル信号は、温度や電源電圧の状態が変化して情報が変わることは、めったにありません。アナログ回路にも、温度や電源電圧が変動したときに、悪影響を受けないことが求められます。
アナログ回路設計の手順
実際にアナログ回路を設計するときの手順を紹介します。いくつかの段階を経て、最終的に半導体チップや個別部品を複数組み合わせたプリント基板が完成します(図2)。
図2 半導体チップが完成するまでのステップ いくつかのステップを経て半導体チップは完成します。アナログ回路では、多くの場合、回路設計とレイアウト設計は並行して進みます。素子を単純に接続すれば済む回路は少なく、ほとんどの回路は、要素部品を配置する位置や向き、配線の太さや厚さ、配置間隔を考慮する必要があります。
まず、どのような特性のアナログ回路を目指すのかを記載した目標仕様書を作成します。例えば、殴り書きの絵で回路の構想を考えた後、各種特性の具体的な数値の実現性を吟味しながら、仕様書を作成していきます。この作業を「仕様設計」と呼びます。お客様から要求がある場合には要求仕様書になります。いずれの場合にも、この仕様書は大変重要です。仕様書の内容が間違っていると、後で回路の設計内容を修正しなければなりません。
仕様書が完成したら、機能や特性を実現するために、回路全体をいくつかのブロックに分けます。その後、各ブロックの回路設計に取り掛かります。複数の開発者が手分けして設計する場合には、ブロック間のインターフェース仕様のみならず、相手側ブロックのインターフェース回路の内容を理解することが大切です。
各ブロックの回路を設計して回路定数まで決定したら、目標とする特性が得られることをシミュレーションで確認します。もし目標特性が得られない場合には、回路を修正します。この作業は、いわゆる「切った、貼った」のカット・アンド・トライ(試行錯誤)になることが多いです。シミュレータの計算能力を駆使して、目標特性が得られる答えを「物量作戦」で見つけ出すことも不可能ではありません。しかし、それでは楽しくありません。自分の力、ときには勘を頼って(電卓とエクセルを使って)計算して、答えを見つけ出してこそ楽しいのです。素晴らしいツールを開発した方には申し訳ないのですが、シミュレータは自分自身が見つけ出した答えを確認するためのツールに過ぎないと考えています。
ときには勘も活用
回路設計がある程度終わると、実際に回路のパターンを作成するレイアウト設計に入ります。ここで「ある程度」と書いたのは、回路設計とレイアウト設計は並行して進むことが多いからです。単純に接続すれば済む回路は少なく、ほとんどの回路は、要素部品を配置する位置や向き、配線の太さや厚さ、配置間隔を考慮する必要があります。実際に要素部品をレイアウトすると、回路図には現れない寄生成分が生まれます。このため、寄生成分を抽出して回路を修正し、その修正を反映して再度レイアウトという作業を繰り返すことになります。
回路のレイアウト設計が終了し、目標特性が得られることをシミュレーションで確認できたら、いよいよ設計データの提出「テープ・アウト(TO:Tape Out)」です。昔は、大型計算機の磁気テープにデータを入れていたため、テープ・アウトという言葉を使っています。テープ・アウト以降は半導体チップの製造に入り、一般におよそ2カ月で、設計した半導体チップのサンプルが出来上がります(図3)。
サンプルが出来上がったら、特性の評価作業に入ります。仕様通りの特性が得られているかを、計測器で測定するのです。半導体チップを評価ボードに実装して電源を入れます。この瞬間は、何度経験しても慣れません。設計した通りの特性が出るのか、勝負の瞬間です。目標通りの特性が出たら、まずは祝杯です。その後、信頼性といった特性を、量産開始に向けて評価していく必要があります。しかし、サンプルの評価がうまく終われば、回路設計者は一段落できます。
次回以降は、具体的な回路を例に挙げて説明します。まず次回は、具体的な回路を理解するために知っておくべき、基礎的な内容を紹介します。
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