薄型テレビ向けデジタル入力D級アンプ、フィードバック搭載品の投入相次ぐ:オーディオ処理技術 D級アンプ
「フィード・バック」機能搭載をうたう、デジタル入力型D級アンプICの発表が相次いでいる。回路構成は複雑になるものの、これまでのデジタル入力型D級アンプICの弱点が克服できることが利点だ。
「フィード・バック」機能搭載をうたう、デジタル入力型D級アンプICの発表が相次いでいる。回路構成は複雑になるものの、これまでのデジタル入力型D級アンプICの弱点が克服できることが利点だ。ルネサス テクノロジが2008年11月に「R2J15116FP」を、ロームは2009年4月に「BM5446EFV/BD5446EFV」を市場に投入した。日本テキサス・インスツルメンツは、フィードバック機能を搭載した同社従来品のDSP機能を強化した「TAS5710」を2009年3月に発売した。
D級アンプICは、例えば薄型テレビにおいて、オーディオ処理用DSPで処理したデジタル・オーディオ信号を増幅してスピーカに出力する役割を担当する。D級アンプICには、アナログ入力型とデジタル入力型があり、日本国内では2〜3年ほど前からデジタル入力型の採用割合が増えていた。フィードバック搭載品が相次いで製品化されたことで、デジタル入力型の普及拡大を後押ししそうだ。
図1 ルネサス テクノロジが2008年11月に発表したDSP搭載のデジタル入力型D級アンプIC 7バンド対応のパラメトリック・イコライザのほか、トーン制御機能、低音や高音を強調するラウドネス機能、大音量を抑制しつつ小音量を増幅するDRC(Dynamic Range Contorol)機能などを用意した。また「インテリジェント・ボリューム」と呼ぶ、ボリューム切り替えの分解能を高めた同社独自の音量調整機能を組み込んだ。電源電圧は3.3Vと15Vの2系統、出力は最大15Wである。
図2 ロームが2009年4月に発表したDSP搭載のデジタル入力型D級アンプIC 7バンド対応のパラメトリック・イコライザのほか、「P2Audio」と呼ぶ同社独自の音響処理機能を搭載した。DRCや低音強化、音声の定位を高める機能をあらかじめ用意したものである。中心周波数やQ値、利得のデータを基に、パラメトリック・イコライザの係数を自動的に計算する仕組みも用意した。電源電圧範囲は10〜26V、出力は最大20Wである。
電源電圧変動の悪影響を抑制
フィードバック機能を搭載することで得られる最も大きなメリットは、電源電圧の変動をはじめ、D級アンプICの出力段のパワーFET間のスイッチング・タイミングの差や、オン抵抗の違いなどに起因した雑音が、出力に与える悪影響を抑制できることにある。これらの電圧変動や雑音は、D級アンプICの出力であるPWM(Pulse Width Modulation)信号に重畳される。結果、何の対策も施さなければ、スピーカの入力信号にも雑音が含まれて、音質を悪くしてしまう。
これを防ぐためにフィードバック搭載品では、雑音を含んだ出力信号と雑音を含む前の信号を比較して、雑音に相当する分だけ信号幅(PWM信号のパルス幅)を調整する。例えば、PWM信号の振幅値を減らすように雑音が重畳された場合はパルス幅を広げることで、出力の変動を抑える。「D級アンプを構成するPWM変換部とパワー段のうち、PWM変換部の入力部に、出力したPWM信号をフィードバックさせて比較処理する仕組み。比較処理する仕組みにノウハウがある」(ルネサスソリューションズの第一応用技術本部のMSIG応用技術部 AV1グループでグループマネージャを務める大井眞澄氏)という。
図3 デジタル入力型D級アンプICの構成図 出力信号を、D級アンプICのPWM変換部の入力段にフィードバックする。日本テキサス・インスツルメンツではこの機能を「ローカル・フィードバック」と呼ぶ。出典:日本テキサス・インスツルメンツ
電源電圧の変動や雑音に対する耐性が向上することで、部品コストや実装面積の削減が図れる。具体的には、電源電圧の安定度が極端に悪くなければ、音質を維持しつつ安定化回路を不要にできる。「液晶テレビのバックライト用の24V電源で直接駆動可能」(ロームのオーディオ部品の担当者)。また、「D級アンプICの前段に挿入するデカップリング・コンデンサに、100μFや220μFといった小容量品が使える。これまでは1000μFの品種を使う必要があった」(日本テキサス・インスツルメンツのアナログ・マーケティングのオーディオ&イメージング担当である滝川宏之氏)というメリットもある。これまで一般に、電源電圧の変動やパワー段に起因した雑音の悪影響を比較的受けやすいことが、デジタル入力型D級アンプICの弱点とされてきた。
図4 アナログ入力型D級アンプICを使った場合のオーディオ処理の流れ デジタル・オーディオをアナログ入力型D級アンプICで増幅する場合、D-A変換回路やアナログ信号に対するフィルタが必要になる。デジタル入力型を採用すれば、実装面積を削減できたり、基板上の信号線の引き回しが容易になったりというメリットが得られる。出典:日本テキサス・インスツルメンツ
フィードバック機能のメリットにはこのほか、(1)PWM出力信号の立ち上がり/立ち下がり時間を表すスルーレートを調整できることや、(2)ダンピング・ファクタ(DF)を高められることなどがある。(1)については、EMI(Electro Magnetic Interference)の低減や、出力信号のオーバー・シュートの抑制につながる。オーバー・シュートの抑制は、ICの信頼性を確保するために重要な項目だという。(2)は、音質を高めることに貢献する。
AVプロセッサとの相性が良い
前述のように2〜3年ほど前からデジタル入力型の採用割合が増えている理由は、複数ある。D-A変換部が不要になり実装面積を削減できたり、基板上の信号線の引き回しが比較的容易になるといったメリットがある。このほか、「AVプロセッサ」との相性が良いことも理由の1つである。最近のテレビ受像器では、映像処理プロセッサとオーディオ処理プロセッサが統合されて、AVプロセッサと呼ぶシステムLSIが採用されることが多い。統合の動きが2008年ころから顕著になってきたという。
図5 映像処理ブロックとオーディオ処理ブロックの統合が進む 映像処理ブロックとオーディオ処理ブロックの統合が2008年ころから広がってきた。デジタル入力型の採用が広がっている理由の1つである。出典:日本テキサス・インスツルメンツ
このようなシステムLSIでは一般に、集積度を高めるために積極的に微細化を進める。ところが、微細化に伴って電源電圧が下がると一般に、アナログ出力部(D-A変換部)のオーディオ特性(例えば、S/N比)の確保が難しくなる。「アナログ回路の製造プロセスも進歩しているものの、デジタル回路にアナログ回路を混載した場合、オーディオ特性を確保するには、現状では0.18μmまたは0.13μmプロセスが微細化の限界。これでは、DSPの処理性能が犠牲になってしまう」(滝川氏)。しかも、アナログ回路はデジタル回路に比べて相対面積が大きい。
以上のような理由から、アナログ出力部(D-A変換部)をAVプロセッサ入れ込むのは、好まれないという。デジタル入力型を採用すれば、その分だけアナログ出力部が不要になる。
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