HEMS用モデルベース開発キットが登場、「家1軒丸ごとシミュレーション」も:エネルギー技術 HEMS
開発キットの主な構成要素は、モデルベースのソフトウエア開発に向けたプロトタイピングシステムや、デジタル制御方式のスイッチング電源回路を搭載した評価ボード、モデルベース開発手法のトレーニングサービスである。
自動車などの制御ソフトウエアに向けた開発ツールのベンダーであるdSPACE Japanと、エネルギー制御システムの研究やコンサルティングを手掛けるスマートエナジー研究所は共同で、宅内エネルギー管理システム(HEMS:Home Energy Management System)に組み込む電力制御ソフトウエアの開発キットを提供する(図1)。2010年12月17日に発表した。
両社は、住宅におけるエネルギーの最適制御の研究や技術検証を目的として関連企業や研究機関が参画する実証実験プロジェクト「福岡スマートハウスコンソーシアム」を推進しており、今回のキットにはこのプロジェクトで得た知見を盛り込んだという。具体的には、太陽電池用や風力発電装置用、蓄電池用、系統連係用など複数のDC-DCコンバータとDC-ACインバータで構成する複雑なシステムのエネルギー制御ソフトウエアを、モデルベース開発手法を適用して効率的に開発する知見である。「一般に、システムの構成要素が多くなると、各要素の開発/検証やシステム全体のテストに要する工数が指数関数的に増加する。自動車業界ではこの課題が早くから顕在化しており、その対策としてモデルベース開発手法がすでに標準的に採用されている」(dSPACE Japanの代表取締役社長である有馬仁志氏)。HEMSにおいても同様の課題があり、「今回の開発キットは、住宅や住宅用電気設備、家電機器などのメーカー各社が待ち望んでいたものだ」(スマートエナジー研究所のファウンダーでCTOを努める中村良道氏)という。
開発キットの主な構成要素は、モデルベースのソフトウエア開発に向けたプロトタイピングシステムや、デジタル制御方式のスイッチング電源回路を搭載した評価ボード、モデルベース開発手法のトレーニングサービスである。プロトタイピングシステムはdSPACE Japanが開発したもので、マスワークスの制御システム開発ソフトウエア「MATLAB/Simulink」で作成した数式モデルをコンパイルしてdSPACEのコントローラボードに自動的に実装し、リアルタイムで動作させる機能を備える。電源評価ボードは、「Power SEL 200」と呼ぶ。スマートエナジー研究所が企画し、アバール長崎が設計・製造を担当した。さらに、崇城大学でエネルギーエレクトロニクス研究所の教授を務める中原正俊氏が開発したスイッチング電源シミュレータ「SCALE」が付属する。トレーニングサービスはスマートエナジー研究所が提供し、プロトタイピングシステムの使用方法から、DC-DCコンバータの理論、モデル作成まで、一連の作業をチュートリアル形式で解説する。開発キットの価格は450万円を予定しており、2011年1月31日に提供を開始する計画だ。
図1 エネルギー制御ソフトウエアのモデルベース開発キット キットの主な構成要素は、dSPACE Japanのプロトタイピングシステムと、デジタル制御方式の電源評価ボード、トレーニングサービスである。スイッチング電源回路シミュレータも付属する。出典:スマートエナジー研究所、dSPACE Japan
この開発キットを利用したエネルギー制御ソフトウエア開発の具体的な流れは、以下のようになる。まず、スイッチング電源回路シミュレータを使って、電源回路と電源コントローラの設計/検証を行う。次に、この設計結果と同様の特性を備えるコントローラを、Simulink上で数式モデルとしてユーザーが手作業で記述する。続けて、このコントローラのモデルをdSPACEのプロトタイプシステムに実装する。この作業はプロトタイプシステムが自動的に行う。ユーザーは、プロトタイプシステムのコントローラボードに電源評価ボードを接続して、制御ソフトウエアの妥当性を直ちに検証できる。妥当性が確認できれば、最後にこの制御ソフトウエアを、電源評価ボードが搭載するマイコンに移植する。このマイコンはテキサス・インスツルメンツが供給するDSP機能内蔵品「Piccolo」であり、ユーザーは同社の開発環境で制御ソフトウエアのコードを作成して実装する。
福岡スマートハウスコンソーシアムの実証実験プロジェクトでは、実際の住宅に実証用のHEMSを導入する前の段階で、その住宅のミニチュアを作製し、モデルベースのソフトウエア開発手法の有効性を検証した(図2)。具体的には、ミニチュア住宅に組み込んだ太陽電池と風車、蓄電池、系統連系それぞれのDC-DCコンバータおよびインバータを同時に制御するソフトウエアを、モデルベース開発手法を適用して開発した。電源制御ソフトウエアの開発経験者が取り組んだところ、「2週間と短い期間で、徹夜作業をすることも無く開発できた」(同コンソーシアム)という。ただし、ソフトウエア開発期間の短縮は、モデルベース開発手法で得られる数多くのメリットの1つにすぎないと同コンソーシアムは指摘する。「モデルベース手法を使えば、HEMSにおける高度なエネルギー制御の実現に向けた開発や検証の品質と効率を飛躍的に高められる」(同コンソーシアム)。
図2 福岡スマートハウスコンソーシアムでモデルベース開発を実践 実際の住宅にHEMSを導入する前の段階で、そのHEMSの事前検証に向けて住宅のミニチュア版(ミニスマートハウスと呼ぶ)を作製した。このミニスマートハウスのエネルギー制御ソフトウエアを開発する際に、モデルベース開発手法を適用し、その効果を確かめた。出典:福岡スマートハウスコンソーシアム
dSPACE Japanは、HEMSでのモデルベース開発の適用範囲をさらに広げるべく、「家1軒を丸ごとシミュレーションできるプロトタイピングシステムを今後提供する」(同社の有馬氏)と表明した(図3)。今回の開発キットのプロトタイピングシステムでは主に、HEMSに組み込まれる各種のDC-DCコンバータやインバータをシミュレーション(模擬)の対象にしていたが、今後はその対象を広げて、太陽電池や風力発電装置、蓄電池、電気自動車(EV)、各種家電機器、電力系統といった、HEMSに接続されるさまざまな要素をシミュレーションできるようにする。これが実現できれば、各要素の実物を用意しなくても、その制御ソフトウエアをモデルベースで開発できるようになる。提供を開始する時期については、「2011年の春ころになる」(同氏)と述べている。
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