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インタビュー

顧客の矛盾した要求を解決するリニアテクノロジー代表取締役 望月靖志氏

日本の半導体市場は世界の他の地域に比べて成長率が低い。日本市場を相手に外資系ICメーカーが売り上げを伸ばすのは難しいはずだ。リニアテクノロジーはハイエンドアナログICを武器に自動車に進出することを選んだ。なぜ自動車なのか、自動車向けでは何が求められるのか、戦略を聞いた。

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EE Times Japan(EETJ) なぜ規模の大きい民生分野ではなく、産業/計測分野や自動車向けのアナログICに特化しているのか。

望月氏 国内の半導体市場規模では、民生品やコンピュータ、通信が大きい。だが、年間成長率は1%〜3%程度だ。産業/計測分野は市場規模で見ると全体の17〜18%を占めるにすぎないが、アナログICで2桁近い成長が望める。市場規模が7〜8%と小さい自動車は2桁成長が望める。規模が大きいけれども成長が望めない市場か、規模は小さくても成長が望める市場か。当社は成長が望める市場を選んだ。なぜなら当社の強みを発揮できるからだ。

 1998年、私が日本法人に入社した時点では成長が望める分野はノートPCや携帯電話機などだった。これらの機器は技術革新の真っ最中であり、どちらも電源ICの性能が機器の動作時間に直結する。当時の各社の最終製品を分解すると、ほぼ当社の電源ICが採用されていたほどだ。

 だが、2003年から2004年ごろになるとこれらの機器に向けたアナログICの性能は十分に高くなり、機器自体は技術革新よりも低価格化に向かっていった。そこで米国本社の方針転換に先駆けて、将来高性能アナログICが必要とされる市場を探し、自動車産業へのチャレンジを始めた。現在では、民生機器向けの売上高は最盛期の1/20以下になっている。

EETJ 民生品から自動車への切り替えは難しくはなかったのか。

望月氏 難しかった。だが、自動車に進出する決断が早かったことと、顧客の要求に地道に応えることで切り替えができた。名古屋に最初の営業所を設けたのは、民生品の落ち込みが始まる以前の2001年だった。自動車メーカーに認められるまで約10年を要したことを考えると、正しい決断だった。アナログICのテスト工程に対する10億円ではきかない投資の回収にも7年か8年はかかっている。時期が早かったことに加え、顧客に近いところにオフィスを開き、顧客の要求から30分で駆けつける体制を作り上げなければ、現在にはつながらなかっただろう。

 当時の自動車メーカーは日本の部品メーカーや半導体メーカーの品質やサービスを信じており、外資系の半導体などは使えないという意見だった。だが、自動車の電子化の流れが次第に進むにつれ、新しい技術が必要になってきていた。2001年というのはちょうどよいタイミングだったと言える。

 リニアテクノロジーは海外でフォードに納品した実績があり、米国の自動車部品メーカーのデルファイの表彰を受賞したこともあった。だが、日本の自動車メーカーは自社が世界基準であり、リポートのフォーマットも独自だ。このため、当社の評価は高くはなかった。そこでまず、カーナビなど、比較的参入しやすい分野から自動車産業に入っていった。先方も当社の技術を使いたいという思いがあったのか、当社の担当者を教育しようと時間をかけた。

 自動車産業で生き残るには、品質は評価の半分でしかない。あとはどれだけ迅速にサービスできるか、どれだけリポートをきっちり提出できるかで決まる。部品の不良率が0ppmになることはあり得ない。わずかな不良であっても、論理的な説明と実証上の説明が求められる。毎月毎月、先方の「宿題」をこなしていくことが求められた。当社は電源ICを製品化している。当社のICが問題の発生源ではないことがほぼ分かっていても、過電圧が発生すれば週末に問題点を聞き取り、電源まわり全体を解析して、月曜日の朝にはリポートを出していった。ほとんどの場合、原因は回路設計や基板の設計にあった。

 アナログICで一番コストがかかるのはウエハーなどではなく、後工程のテストだ。テスト項目を増やすと高価な各種測定器が必要になっていく。米国本社には品質や納期、信頼性が高いという自負があった。だが、日本の顧客からさんざんな評価を受けた。それならば推奨部品メーカーになろうということで米国本社と協力してがんばった。

 このようにしてやっと2年前、名古屋の顧客の推奨部品メーカーになることができた。現在でもその顧客の推奨部品メーカーのうち外資は数少ない。当社は推奨部品メーカーの中でも一番よいスコアをいただいている。最近ではティア1メーカーの設計者が推奨部品メーカーである当社のICを選ぶ。自動車メーカーに安心して納入できるからだ。外資系半導体メーカーの多くはこれからは自動車だと語っているが、今から初めても自動車分野で売り上げを伸ばし利益を出すには10年近くかかるのではないか。

EETJ 自動車メーカーは半導体メーカーに何を期待しているのか。

望月氏 部品コスト引き下げのためのアイディアを求めている。例えば、トヨタはインドや中国などの新興国市場に打って出るため、品質を維持しつつ、部品コストを全体で30%引き下げようという方針を立てた。

 自動車産業はピラミッド型をしている。自動車メーカーは通常ティア1メーカーと情報をやりとりしており、当社はティア1メーカーと会話していた。ところが、近年、自動車メーカーの要望により、当社が直接話をすることが多くなってきた。なぜか。30%のコスト削減を実現するために、半導体メーカーに何ができるのか、どのような半導体を作れば実現できるのかという議論を進めたいからだ。先方は自動車システムのエキスパートであり、当社は半導体のエキスパートだ。自動車メーカーは最も高価な部品を削減したい。そのためには自動車のアーキテクチャから見直さなければならない。

EETJ 要求にどうやって応えたのか。

望月氏 半導体でコストを下げるようとすると、デジタルICであれば、線幅を細くし、さらに大口径ウエハーへ移行するという手法が採れる。だが、アナログICでは耐圧やノイズの問題があり、線幅を細くすることはできない。大口径ウエハーを使うと、ICの取れ数が需要を上回ってしまう。

 デジタルICでは機能の集積も有効だが、アナログICでは機能ごとに最適なプロセス技術がそれぞれ異なっており難しい。アナログICに周辺回路を組み入れてもよいが、1ドル、2ドルのコスト引き下げにしかならない。これでは要求に応えられない。

 自動車のアーキテクチャを見直すことで矛盾した要求に応えた例を挙げよう。例えば、電気自動車(EV)などに使うリチウムイオン二次電池は例えば96個の「セル」を接続して使うことが多い。セルごとの電圧を監視する際、ディスクリート部品を使うと、アイソレータ(絶縁体)が例えば96個必要になる。アイソレータは高価な部品であり、もしも数を大きく削減できるなら、矛盾した要求に応えられる。

 そこで、1セルごとではなく12個のセルを監視可能なモニターIC「LTC6802」を開発した。LTC6802を搭載した基板を8枚並べる。基板とホストコントローラの間にそれぞれ1個、合計8個のアイソレータを接続すればよい。

 セルについて、コストを30%削減する方策がもう1つある。リチウムイオン二次電池の容量をより正確に検知できれば、電池の容量をより有効に使うことができる。電池の本数を減らすか、走行距離を延ばせる。この他、プラグインハイブリッド車(PHEV)や電気自動車で多数のセルをモジュールにまとめて使うときは、全てのエネルギーを使い切ることができなかった。これまではあるセルのエネルギーが無くなった時点で、他のセルにエネルギーが蓄えられていたとしても、捨てて熱になっていた。だが、捨て去っていたエネルギーを利用するACB(Active Cell Balancing)技術を使えば、さらに走行距離が10%〜15%延びる。

EETJ 自動車以外でも大幅なコスト削減をもたらすようなアプローチが求められるのか。

望月氏 当社が力を入れている医療機器や通信機器でも同じことだ。例えば産業分野の医療機器では、EMIが大きいため、大きなシールドを使っていた。この部品コストが大きい。当社は「μModule」を提供することで解決した。μModuleとは、基板上に複数のダイを載せて、外部部品を加え配線して封止した硬貨ほどの寸法の電子部品だ。フィルタを加えたμModuleを提供したことで、外付けのEMIシールドが不要になり、ドラスティックなコスト削減につながった。

 顧客の要望が複雑になってきており、ICに集積できる比率が下がっている。プロセス技術が複数に分かれてしまい、集積できない。μModuleであればダイを基板上で配線するので、プロセス技術が異なっていても対応できる。

EETJ このような部品を開発する際、最も難しいのは何か。

望月氏 リニアテクノロジーは、米国本社から年間のべ40人〜50人の精鋭技術者が来日し、1週間ほど滞在して、顧客企業の「ザ・キーマン」に会う。製品の方向を決定する人物だ。当社の技術マップを披露し、3年先、4年先にどのような製品を実現したいのか、現在の問題は何なのかを聞き取り、顧客の矛盾した要求を探す。同じ分野の複数の顧客に会い、仕様を決めて汎用品ICの開発に落とし込む。実はここが難しい。

 ユーザーが仕様を決めるカスタムICなら、仕様決めの問題は起きないが、当社は汎用品ICとして広く提供できる製品を目指している。性能が高過ぎても低過ぎてもいけない。集積しすぎてもいけない。当社のデザインマネジャーによれば、顧客と当社がウインウインの関係になるような仕様決めが最も難しい。回路設計の方が容易だと言う。

EETJ 自動車向けは今後も伸びる一方なのか。

望月氏 分野ごとの成熟度を1日の時刻に例えるなら、自動車分野はいわば「午前7時」の段階にある。これからの成長は著しいだろう。だが、いずれ「午後」になる。そのとき、家電量販店でEVが販売されているだろう。そのような時代が必ず来る。モーターとインバーター、セルを組み合わせるだけで自動車を製造できる。標準化された現在のテレビ受像機と同じ状態になる。そのとき、当社の強みは生かせない。標準化されるとコスト競争だけになってしまうからだ。

 2002年、2003年時点ではノートPCや携帯電話機向けのアナログICの売り上げは国内売り上げの6割あった。それが、現在は3%未満と急減している。いわば「夕方」にある。現在注力している市場が夕方になる前に、当社は次の市場を探して、長い時間をかけて育てていく。次はエネルギーハーベスティングだと考えている。現在はまだ「午前3時」の段階にある分野だが、将来はかならず育っていくだろう。


望月靖志(もちづき やすし)氏

米University of Minnesotaから数学学士号を、米La Salle UniversityからBusiness Management修士号を取得。STマイクロエレクトロニクス日本法人と米国法人において、企業戦略マーケティング部門のコンピュータ産業担当ディレクタなどを歴任。1998年リニアテクノロジーに入社し、現職に就任した。

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