手のひらに載る原子時計が製品化、複雑な構造とシンプルな回路構成が融合:電子部品 原子時計
原子時計と言えば、ラックサイズの筐体に収められているのが一般的だ。小型の品種でもモジュールサイズだが、今後はこの常識を改める必要がありそうだ。
原子時計と言えば、ラックサイズの筐体に収められているのが一般的だ。小型の品種でもモジュールサイズだが、今後はこの常識を改める必要がありそうだ。米国に本社を構えるSymmetricom(シンメトリコム)は、プリント基板に実装可能なチップサイズの原子時計(Chip Scale Atomic Clock)「Quantum SA-45s」を発売した(図1)。パッケージ寸法は35.3mm×36.8mm×11.4mm、体積は約15cm3で、「業界で最小の原子時計だ」(同社)という。基準信号を生成する発振器として動作する。
Symmetricomは、チップサイズの原子時計を開発するに当たり、米国の国立研究所であるSandia National Laboratoriesと、MITからスピンアウトしたCharles Stark Draper Laboratoryから技術提供を受けることで、高い周波数安定度の原子時計チップを実現した。周波数安定度を表すアラン分散は、平均化時間が1秒のとき、2×10-2である。
同社によれば、温度補償型水晶発振器(TCXO)や恒温槽付水晶発振器(OCXO)といった周波数精度の高い既存の発振器に比べて、消費電力を1/10〜1/20に削減した。しかも、基準信号源としての性能は10倍〜100倍高いと主張する。同社を含めた従来の原子時計に比べると、寸法は1/3〜1/30と小型で、消費電力も1/100〜1/120に削減したという。
同社はどのような手法で、チップサイズの原子時計を実現したのだろうか。図2は、開発した原子時計の構造を示している。構成要素は低消費電力の面発光型半導体レーザー(VCSEL)や光検出器(フォトディテクター)、共振セル(ガスセル)、ヒーター/サスペンションなど。底部にVCSELを配置してあり、上方にレーザー光を照射し、ガスセルを通過させる。ガスセルは、シリコン(Si)を微細加工して形成している。
図2 原子時計の主要部の構成図 「Coherent Population Trapping(CPT)」と呼ぶ、小型化や低消費電力化に適した手法を採用し、基準信号を生成した。温度範囲は−10℃〜70℃と、−40℃〜85℃の2品種がある。価格は少量購入時に1500米ドルから。
基準信号出力は、「Coherent Population Trapping(CPT)」と呼ぶ、小型化や低消費電力化に適した手法を採用し、生成した。このCPTは、変調したレーザー光で原子を励起する方法だ。まず、レーザー光をガスセルに照射し、原子を励起させる。そして、ガスセルの出力をフォトディテクターで検出し、レーザー光の変調器にフィードバックする。このとき、VCSELの特性は、ガスセルに高度に最適化されており、出力の基準信号は原子の共振周波数にロックさせることができる。
以上のように説明すると複雑だが、回路構成図にするとシンプルである(図3)。局部発振器(LO)で生成した信号をマイクロ波シンセサイザに合成し、図1に示した原子時計の主要部(Physics Package)に入力する。Physics Packageの出力を、制御ループを介してフィードバックすることで、LOの発振周波数を原子の共振周波数にロックする。
図3 原子時計の回路構成図 図2に示した原子時計の構成図である。局部発振器(LO)で生成した信号をマイクロ波シンセサイザに合成し、原子時計の主要部(Physics Package)に入力する。Physics Packageの出力を、制御ループを介してフィードバックすることで、LOの発振周波数を原子の共振周波数にロックさせて、安定化する。
図1に示した原子時計の主要部品の他、いくつかの電子部品やRS-232C準拠のインターフェイス、DSP、2層に分かれた磁気シールドなどを、1つのパッケージに詰め込んだ。
チップサイズの原子時計は、GPSベースの信号源の周波数精度が不十分になるような用途に活用できるだろう。水中探査や地下の掘削、地球物理研究、放射電磁雑音(EMI)の観点から外部と遮断された室内などである。さらに、戦場といった軍事活動の状況下では、GPS信号やさまざまな無線通信を意図的に妨害することがある。そこで、戦闘している部隊間で通信機器の同期を取るため、原子時計が生かせるだろう。開発した原子時計は、複雑な構造だが、あらゆる軸方向に対して最大500gの衝撃に耐えられることも特徴だ。
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