なぜ事業を絞り込むのか:富士通セミコンダクター代表取締役社長 岡田晴基氏
国内のシステムLSIメーカーが苦戦している。どのように動けば利益を確保しつつ、同時に成長が著しい新興国市場で地歩を築けるかが課題だ。富士通セミコンダクターは、ファブレスとは異なるファブライト戦略を採用し、事業分野を絞り込んだ上で、地理的に顧客に近い開発拠点を強化し、成果を上げている。同社の代表取締役社長岡田晴基氏に戦略を聞いた。
EE Times Japan(EETJ) 競合他社に対してどのような戦略で優位に立つのか。
岡田氏 会社の価値は利益が出せるかどうかでまず決まり、次に計画通りの利益額を確保できるかどうかが重要になる。当社は5四半期連続で利益を上げている。赤字下と、現在の黒字下では経営環境の変化に対する対応力が違う。技術者のモチベーションも全く違う。
利益を出すには事業の絞り込みが重要だ。先端プロセス技術に投資してもリターンが得られなくなっている。加えて日本のシステムLSIメーカーの課題でもあるが、商品群が多い。この2つを解決しなければ、優位性は生まれない。
EETJ 今後は、設備に投資しないファブレスを選択するということか。
岡田氏 そうではない。それでは単なる製造委託にすぎず、商品開発力も落ちてしまうと考えた。当社は「ファブライト」を選んだ。28nmや40nmの製造プロセスを自社単独ではなく台湾のTSMCと共同開発する。当社から14人の技術者をTSMCの拠点である台湾の新竹に送り込んでいる。製造委託ではなく、対等な開発コラボレーションだ。
一方で、45nmの製造プロセスを使ったLSIは自社工場で製造する。ファブライトは先端技術の製造委託という意味で捉えられることが多いが、それだけでは不十分だ。自社の既存の工場の稼働率をいかに高めるかが極めて重要だ。そのためには28nm、40nmと同時に、6Xnmや45nmの製造プロセスを用いる商品開発を進めなければならない。具体的には汎用品つまりマイコンを中心としたソリューションに向けて、自社工場を動かしていく。
EETJ 商品群の課題はどう解決したのか。
岡田氏 4つの柱に事業分野を集中した。ハイパフォーマンスASICと映像用ASSP、自動車、モバイル&エコロジーだ。4つの事業の優先順位を示すことは難しいが、フラグシップは当社全体の売り上げの40%を支えているハイパフォーマンスASICだろう。次世代スーパーコンピュータ「京(けい)」に採用されたプロセッサが一例だ。低消費電力と高性能という技術的に背反する特性を同時に両立させた高信頼、最先端の用途に向けた商品だ。製造は自社の45nmラインを使う。これ以外にもネットワーク機器やサーバ機に向けたASIC商品を計画通り開発ができており、実績も上がっている。
もう1つの強みは、「Milbeaut(ミルビュー)」という映像用のASSPだ。一番の用途はデジタルカメラ、次に携帯電話機だ。現時点では国内向けが中心だが、グローバル市場に展開を進めており、すでに韓国の大手、欧州の大手、スマートフォンでは米国の企業に採用、または内定している。
EETJ 今後、大幅な成長が期待できる事業分野はあるのか。
岡田氏 携帯電話機だ。当社の事業分野ではモバイル&エコロジーに含めている。携帯電話機に対して当社が強みを持っている部品は、RFトランシーバーだ。RFトランシーバーはフリースケールから約3年前に取得した技術である。ファブライト戦略を導入する際、設備投資以外で商品力を高める方策を考え、投資の力点を商品やIPの開発、場合によってはIPの外部調達、あるいはM&Aに変化させた。その一例だ。
当社にはRFトランシーバー以外にもCMOSパワーアンプや電源周辺のソリューションがある。今後はLTEの普及に向けて、プラットフォーム戦略が重要になる。中核部品に、周辺部品をそろえてトータルなソリューションを顧客に提供していく。この戦略によって、今後3年〜4年は成長が維持できると考えている。
EETJ 成長率は著しくても1台当たりの利益は小さいのではないか。
岡田氏 そうではない。プラットフォームを確立することで付加価値が付く。これまでの当社の商品は、単品のICをばらばらにそろえていただけだとも言える。ベースバンドと個々の周辺回路をプラットフォームとしてまとめ、さらにソフトウエアも一緒に提供することが重要だ。
EETJ 新興国市場に向けた取り組みは進んでいるのか。
岡田氏 中国を中心とした新興国市場を攻略するには、現地の顧客のニーズや要求品質レベルに見合った商品を現地で開発しなければならない。すでに上海と香港に当社の組織を設置した。2007年に四川省の成都に位置する現地の研究開発企業を買収しており、すでに100名を超える現地の技術者が製品を開発し、顧客の元に届いている。上海と成都が中国向けの主力開発拠点である。中国での設計が一番貢献しているのは、例えば白物家電向けのマイコンや電源用LSIなどの商品群の開発だ。今後も顧客の要望を素早くくみ上げ、要求品質水準を見極めるために、中国の開発拠点を強化整備していく。100人規模で現地の技術者を増強したいと考えている。
なお、顧客の要望に応えるために顧客に地理的に近い拠点で開発するという動きは、欧州でも進めている。例えばオーストリアやミュンヘン、ロンドンにも開発拠点を置いている。ドイツでは自動車向けのGDC(グラフィックス・ディスプレイ・コントローラ)を開発しており、現地の大手顧客に採用されている。日本国内にも最大手の自動車メーカーに向けている。ロンドンでは、クアルコムやアルカテル・ルーセントなどの顧客に対して、10Gビット/秒の光通信向けLSIを開発している。中国はコンシューマ品や汎用品、マイコン、欧州は自動車や通信・ネットワークという役割分担だ。もちろん日本国内でも開発を継続している。
EETJ システムLSI分野での競合メーカーはどこなのか。
岡田氏 当社は海外のシステムLSIメーカーのように、特定の領域に商品群を絞り込んでいる。従って領域ごとに個々の専業メーカーが競合するという形だ。例えば、携帯電話機ではクアルコムやブロードコム、STマイクロエレクトロニクスだろう。サーバ機や通信機器に用いるハイエンドASICは、当社の競争力が高いと自負している。画像処理向けASSPも日本国内のシェアは80%と高く、ライバルは少ない。世界ではNVIDIAが競合になるのだろう。
EETJ 2010年11月、これまでのFRマイコンからARMコアを採用したFM3マイコンへとマイコンコアを切り替えた。ARMコアを採用したマイコンは他社にも多い。どのように競争力を持たせるのか。
岡田氏 ARMコアのライセンスを受けてゼロからマイコンを作り始めるのではない。FRマイコンは当社の独自開発品であり、現在でも特に要望が強い自動車向けや産業向けに製品系列を残している。FRマイコンには多様な周辺技術の蓄積、充実した開発ツール類がある。これらの実績をFM3に融合させる。FRマイコンの周辺機能などを生かすことで、FM3マイコンを採用した顧客は、機器の低消費電力化や処理性能向上といったメリットが得られる。
岡田晴基(おかだ はるき)氏
1973年慶應義塾大学卒業。同年、富士通入社。2000年に購買本部長、2002年に執行役兼購買本部長。2003年の経営執行役兼購買本部長就任後、2004年に経営執行役常務兼購買本部長、2006年に経営執行役上席常務兼サプライマネジメントグループ担当、2007年に取締役上席常務、2008年に取締役。2008年に富士通マイクロエレクトロニクス(2010年に社名変更)代表取締役社長に就任。
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