水晶に迫るシリコン包囲網、ついにTCXOやOCXOの代替も射程圏内へ:電子部品 タイミングデバイス
電子機器に不可欠なタイミングデバイス。水晶デバイスの独壇場だったこの市場に、シリコン材料を利用した新たなデバイスが攻勢をかけている。ただしこれまではシリコン品の適用範囲は限定的だった。その状況に変化の兆しがある。
電子機器の内部では、デジタルICやミックスドシグナルICの動作タイミングを定めるクロック信号を出力したり、有線/無線の各種通信インタフェースの基準周波数を生成したりする「タイミングデバイス」が稼働している。そのタイミングデバイスの市場は、何十年にもわたって水晶材料を使う振動子や発振器の独壇場だった。
しかし近年になって、水晶を用いるタイミングデバイスの置き換えを狙い、Si(シリコン)材料を使ったタイミングデバイスがこの市場の獲得に名乗りを上げている。MEMS発振器を利用する手法と、インダクタとコンデンサを組み合わせたLC発振器をCMOS技術で1枚のシリコンチップ上に集積する手法が主流である。
ただしこれまでのところ、こうしたシリコンタイミングデバイスで置き換えられる水晶デバイスは限定的だった。国内の水晶メーカー各社は、水晶タイミングデバイスのうち最も基本的な機能の水晶発振器(いわゆるSPXO:Simple Packaged Crystal Oscillator)に限っては、「確かに、市場でMEMSデバイスが侵攻してきている」と認めつつも、その他の種別については水晶デバイスの性能優位性が高く、置き換えは進みにくいとみている(参考記事:シリコンタイミング 〜 水晶市場を狙う新提案が続々)。その他の種別とは、温度補償型水晶発振器(TCXO)や電圧制御型水晶発振器(VCXO)、恒温槽付水晶発振器(OCXO)などである。
果たして、この状況は今後も続くのか。少なくとも、シリコンタイミングデバイス陣営はこれから大きな変化が起きると考えているようだ。半導体関連企業の首脳陣が集う報道関係者向けイベント「Globalpress Electronics Summit 2011」(米国カリフォルニア州のサンタクルーズで2011年3月28日〜31日に開催)では、MEMSタイミングデバイスを手掛ける米国のSiTime(サイタイム)とフィンランドのVTI Technologiesがそれぞれ、水晶デバイス市場の攻略を狙った技術開発の進展を明らかにした。
MEMS発振器の性能が大幅に向上
SiTimeは、「TCXOやVCXO、そしてOCXOまでも置き換えられる技術プラットフォームを開発した」(同社のマーケティング担当バイスプレジデントを務めるPiyush Sevalia氏)と発表した(図1)。この技術プラットフォームを同社は「Encore」と呼ぶ。同社従来の技術に比べて、周波数安定性と位相雑音、ジッター、エージング特性をいずれも改善でき、「タイミングデバイス市場のゲームチェンジングな(流れを大きく変える)革新だ」(同氏)と主張する。
Encoreを適用したMEMSタイミングデバイスで得られる特性は、具体的には以下の通りだ。周波数安定度(精度)はTCXO相当品で±0.5ppmが得られるという(図2)。従来技術は±10ppm〜25ppmにとどまっていた。さらに、OCXO相当品では±0.1ppmまで改善できると主張する。位相雑音は同社従来品の1/50〜1/100程度だと説明した。ジッターについては、例えば出力周波数が20MHzのとき、12kHz〜20MHzのオフセット範囲で積算したランダム位相ジッターのrms値が0.65psを下回るという(図3)。
「このレベルのジッター性能があれば、既存のMEMSタイミングが入り込めていなかった、通信/ネットワークや、無線、ストレージなどのアプリケーション分野を狙える」(同氏)(図4、図5)。また、VCXO相当品では、最大±1600ppmと広い周波数調整範囲を確保できるとしている。
ただし同社は、Encoreの技術的な詳細については一切明らかにしていない。「MEMS技術で製造する共振子を改良するとともに、新しいPLL技術も導入した」(同氏)と述べるにとどまった。±0.1ppmを達成できると主張するOCXO相当品について、水晶を使うOCXOと同様に恒温槽を用いているかどうかについても、「明かせない」(同氏)として明言を避けている。
Encoreに基づく実際の製品については、現在のところ4つの製品群を用意しており、すでに一部については顧客企業にサンプル出荷しているという。
1つ目はプログラマブル発振器で、1MHz〜80MHzに対応する「SiT8208」と80MHz〜220MHzの「SiT8209」の2品種がある。
2つ目はVCXO相当品で、1MHz〜80MHzに対応する「SiT3808」と80MHz〜220MHzの「SiT3809」の2品種を用意した。いずれも周波数調整範囲は最大±1600ppm。
3つ目はTCXO相当品で、1MHz〜80MHzに対応する「SiT5001」と80MHz〜220MHzの「SiT5002」の2品種がある。両品種ともに、初期精度は±0.5ppmで、温度条件などを含めると最終的な周波数安定度は±2.5ppmになるという。
4つ目はOCXO相当品で、「SiT5104」と「SiT5105」の2品種を用意している。ただし、具体的な特性は現時点では明らかにしていない。
32kHzのリアルタイムクロックに照準
VTI Technologiesは、32.768kHzのリアルタイムクロック用水晶発振子の置き換えを狙うと表明した。同社は、MEMS技術を適用した加速度センサーやジャイロセンサーなどを手掛ける1991年創業の半導体ベンダーで、新たにMEMSタイミングデバイスに参入すると2010年11月に発表していたが、どのような種別の製品を用意しているかについては公表していなかった。
水晶品と同等の性能を確保しつつ、パッケージサイズが小さく、周辺回路の設計も簡素化できると主張する。「初期精度は±20ppmを確保し、周波数安定度については温度範囲にもよるが±100ppmといったオーダーを実現できる。消費電流はμA(マイクロアンペア)の1桁台だ。専有面積は2.0mm2と小さく、エプソントヨコムが供給する水晶の最小品『FC-12M』の2.05mm×1.2mmを下回る。スマートフォンやデジタルカメラなど、部品の小型化が強く求められる機器では、大きな魅力になるだろう」(同社で北米担当のバイスプレジデント兼ジェネラルマネジャーを務めるScott Smyser氏)(図6)。
なお、32.768kHzのリアルタイムクロック市場を狙うMEMSタイミングデバイスについては、SiTimeも2010年11月に発表していた。MEMS発振子「SiT1052」である。出力周波数は524kHzで、16分周すれば32.768kHzのリアルタイムクロックが得られる。これに対し、VTI TechnologiesのMEMSデバイスは、32.768kHzのクロック信号を直接出力する点が異なるという(図7)。
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