“Me too”な製品は一切作らない:日本アイ・ディー・ティー 社長 Pietro Polidori氏
米国の中堅半導体ベンダーであるIDT(Integrated Device Technology)が近年、その姿を大きく変えている。同社は従来から、クロック生成/分配ICや高速シリアルインタフェース対応スイッチIC、各種インタフェースICで知られていた。しかし今では、企業買収や自社開発によって製品群の幅を大きく広げており、電源管理ICからオーディオ処理IC、無線通信用高周波ICまで取りそろえる。同社は何を目指しているのか。新分野に打って出る際に、既存の競合他社とどう差異化を図るのか。そして日本市場における戦略は。日本と欧州、中東、アフリカ地域(EMEA)を担当するバイス・プレジデントで、日本アイ・ディー・ティーの社長を兼務するPietro Polidori氏に聞いた。
EE Times Japan(EETJ) IDTは近年、企業買収や自社開発によって、製品群の幅を以前に比べて大きく広げています。いったいIDTはどのような半導体ベンダーになろうとしているのでしょうか。
Polidori氏 当社には基盤となる3つの製品分野があり、それらを守り育てると同時に、当社が重視する3つの市場に新たな製品分野の垂直展開を図っていくという戦略を持っています。中核となる3つの基盤製品とは、1つがクロック生成/分配ICなどのタイミング製品、もう1つが高速シリアルインタフェース対応のスイッチIC、最後が各種インタフェースICです。また当社が重視する3つの市場とは、通信とコンピュータ機器、消費者向け機器で、いずれの市場でも当社の中核製品が既に広く普及しています。
中核製品の強化という面では、最近も、次世代Serial RapidIOスイッチICを発表したり、通信市場向けのタイミング製品を拡充したりしました。今後もこうした取り組みを継続的に進めていきます。
一方で、重要な市場への垂直展開という面では、2008年3月に米国本社の社長兼(CEO)に就任したTed Tewksbury(テッド・テュークスベリー)がIDTに新たに持ち込んだ、アナログ技術を活用します。Tewksburyは以前にアナログ半導体大手のMaxim Integrated Productsで上級管理職を務め、高速データコンバータや高性能RF(高周波)製品の事業を成功に導いた人物です。さらに、IBM MicroelectronicsでRFとアナログ製品の開発担当ディレクターを務めた他、Analog Devicesで上級設計エンジニアとして勤務した経験がある、その分野の専門家です。
IDTが旧来から培ってきたデジタル設計の深い経験に、Tewksburyが持ち込んだアナログ設計の知見を融合させることで、新たな領域のソリューションを生み出せるようになりました。すなわち当社は、特定のアプリケーションに最適化したミックスドシグナルICのソリューションを提供する半導体ベンダーに姿を変えたのです。具体例としては、無線通信インフラの分野でRF製品群を立ち上げており、第4世代(4G)の規格に対応する携帯電話基地局の商用化に向けて非常に精力的な活動を展開中です(参考記事)。
EETJ 無線通信向けのRF製品をはじめ、IDTが近年になって新たに投入している各製品分野では、いずれも既存の競合メーカーが存在しています。後発となるIDTはどうやって差異化を図るのか、教えてください。
Polidori氏 当社はこれまでも、そしてこれからも、“Me too”な(人まね的な)製品は一切作りません。RF製品のように、すでにメーカーの顔ぶれが確立された市場に新規に参入する際、もし当社が既存メーカーと同じような製品しか用意できなければ、その事業は失敗に終わるでしょう。
当社は、「The Analog and Digital Company」を標榜しています。対象となる市場のアプリケーションが抱えている問題をシステム全体の見地から捉え、アナログとデジタルの両軸を駆使して最適化した新たなソリューションを提供できるのが当社の強みです。
RF製品群を例にとりましょう。歪み(ひずみ)性能を表す第3次出力インターセプトポイント(IP3)などの指標で比較すると、当社の製品は競合他社の既存製品とは一線を画す新次元の性能を実現しています。単に競合に比べて数字が優れているというだけでなく、これは顧客である機器メーカーにも実際的なメリットをもたらします。例えば、当社のRFミキサーICを使うことで、基地局の消費電力を最大5W削減できるという検証データがあります。このミキサーICは、コスト面でも機器メーカーに大きなメリットがあります。ミキサーIC自体の価格で比べれば、競合他社が提供する既存製品と比べてそれほど安価になるわけではありません。最大でも1米ドル程度でしょう。しかし当社のミキサーICを採用すれば、その出力信号の品質が非常に高いため、後段のA-Dコンバータの所要性能を低く抑えることができ、低コスト品を採用できるようになります。そうすれば、10米ドル、20米ドルといったコスト低減を達成することも可能でしょう。
この他に当社は、中核製品の領域でも、競合他社とは次元の異なる製品を提供しています。その1つがLCタンク型のCMOS発振回路で構成した、完全にシリコンベースのタイミングICです。水晶発振器や電圧制御水晶発振器(VCXO)を置き換えることができ、それらの旧来の部品で不可欠だったセラミックパッケージが不要になるなどのメリットをもたらします。
EETJ 日本市場の状況と、その戦略を教えてください。
Polidori氏 日本は、IDTに大きな事業機会をもたらす市場だと捉えています。当社のテクノロジーと日本市場の特性は、消費者向け機器はもちろん、通信とコンピューティングの分野でも、非常にうまく合致します。他にも日本では、産業機器やFA機器、医療機器の分野からも当社への引き合いを多くいただいている状況です。
当社においてこれまで日本市場で特に比重が大きかったのは、消費者向け機器の分野でした。とりわけデジタルテレビをはじめとする各種ビデオ機器、ゲーム機器は重要な位置付けになっており、それらに対応するため1年前から日本法人の組織を大幅に変えました。FAE(フィールドアプリケーションエンジニア)のチームを増強しており、今後も拡充を続ける考えです。また、当社が新たな市場を切り開くことができるテクノロジーもここにきてそろってきました。
さらに、日本ではこれまで注力の度合いが低かった領域にも取り組み始めています。それが通信機器と移動体通信の分野です。IDTの売上高の成長率を地域別で見ると、たぶん日本が今、最も高いのではないかと思います。当社が提供する製品群の特徴が、日本の市場で求められる要件にぴったりとはまっているのが理由の1つです。
日本市場での戦略も、世界戦略と変わりません。中核となる基盤製品の拡充を続けるとともに、重視する市場に新たな製品分野の垂直展開を積極的に図っていきます。
Pietro Polidori(ピエトロ・ポリドーリ)氏
1995年にイタリアのIDTに入社後、中央ヨーロッパ地域担当セールスマネージャ、グローバルアカウントマネージャ、ヨーロッパ地域の統括などの役職を歴任した。その後、IDTの米国本社で日本と欧州、中東、アフリカ地域(EMEA)を担当するバイス・プレジデントに就任し、現在は日本法人である日本アイ・ディー・ディーの社長を兼務する。IDT入社以前は、Lotus Development(後にIBMが買収)の通信製品ビジネス開発部門と、Texas Instrumentsの半導体部門に所属した。
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