「超」高速無線LANがやってくる、IEEE802.11ac/adが変えるモバイルの世界(技術編):無線通信技術 Wi-Fi(2/4 ページ)
2012年以降に実用化されるデータ伝送速度が1Gビット/秒超の高速無線LAN。既存のIEEE 802.11nに比べて大幅な高速化が図られている。そこにはどのような技術が採用されているのか? 「IEEE 802.11ac」と「IEEE 802.11ad」の高速化を支える技術的な側面に焦点を絞って解説しよう。
「MU-MIMO」が無線LANに採用
これまでの無線LANの技術進化をふり返ると、IEEE 802.11a/gで「直交周波数分割多重方式(OFDM)」、IEEE 802.11nでMIMOというようにそれぞれの時代で最先端の無線処理技術が採用されてきた。
IEEE 802.11acはどうか? 上に挙げた周波数帯域幅、多値化、空間多重化の高度化は、どちらかというと、これまでの技術進展の延長線上にある「進化」と言えるだろう。これに対して、IEEE 802.11acにオプションとして採用された「マルチユーザーMIMO(MU-MIMO)技術」は、IEEE 802.11acで初めて採用された最先端の無線処理技術である。
NTT未来ねっと研究所のワイヤレスシステムイノベーション研究部のグループリーダ 主幹研究員である溝口匡人氏は、「IEEE 802.11acに採用された技術の中で、MU-MIMOは最も旬な技術トピックだろう。MIMOの拡張よりも技術ハードルが高くオプションとなっているが、ゆくゆくは広く使われていく無線処理技術だと考えている」と語った。
図4 MIMOとマルチユーザーMIMOの比較 上側がMIMOのイメージ図、下側がマルチユーザーMIMOのイメージ図。MIMOでは受信側で、空間で重畳された信号を分離するのに対して、マルチユーザーMIMOでは送信側であらかじめ信号を合成(ビームフォーミング)する。端末では、余分な信号はキャンセルされて、その端末に送られた信号のみが届く仕組みになっている。
そもそもMIMOとは、送信(親機)側と受信(端末)側それぞれで複数のアンテナを使い、複数系統の高周波信号を1つの空間に重畳する多重化技術だ(図4)。空間でまぜこぜになった信号に対して、受信側で高度な信号処理を施すことで分離(復調)する。例えば、送信側と受信側のアンテナが1つずつ(1×1)の場合に比べて、2×2 MIMOの場合はデータ伝送速度は理想的には2倍に増える。
MIMOは高速化には極めて有効な技術だが、課題もある。アクセスポイント(親機)と受信端末(以下、端末)は1対1で通信するため、複数の端末が存在する環境では、データを送るタイミングをずらしながら複数の端末にデータを送る。従って、モバイル機器などアンテナ数の少ない端末と、アンテナ数の多い高機能な端末が混在した環境では、あるタイミングでは親機の能力を最大限に引き出せないことになってしまう。
これに対して、IEEE 802.11acに初めて導入されたMU-MIMOは、「同一時刻」、「同一の周波数チャネルで」、「複数端末へ干渉させることなく」、データを送り届ける技術だ。1つの空間に複数系統の信号を重畳する点は、上に説明したMIMOと同じである。ただ、データを形成・分離する手法が異なる。MU-MIMOでは、複数の端末それぞれのアンテナ数に合わせた最適なデータをあらかじめ親機で生成し、同時に端末に送る。従って、親機の能力を最大限引き出し、システム全体のスループットを高められるわけだ。
MU-MIMOを実現する鍵となる技術が、「ビームフォーミング」である。ビームフォーミングとは、送信側で高度な信号処理を施し、所望の送信信号を形成する技術のこと。「動向編」の図4に示した60GHz帯のWirelessHD方式でも、フェーズアレーアンテナを使って電波の指向性を絞り、特定の端末だけに信号を送るビームフォーミング技術を採用している。MU-MIMOで言うビームフォーミングは、送信側で信号処理を施し、狙った通りに電波を飛ばしたいという点では60GHz帯のビームフォーミングと同じだが、実現内容は異なる。具体的には、端末のアンテナ部分ではその端末向け以外の信号は相殺されて、その結果、端末にはその端末に向けたデータのみが到来している状態になるように、親機が送信する無線信号をうまく形成している。
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