「新しいiPad」 国内版の“中身”を分解して知る:バラして見ずにはいられない(3/3 ページ)
Appleが発売した第3世代のiPadは、今後の同社の製品ラインアップを占う上でも重要なデバイスだ。すでにさまざまなメディアで「新しいiPad」の中身が明らかにされているが、6月のWWDCの開催を前に、改めて国内モデルのiPadを分解し、その中身を確認してみたい。
関係が深いメーカーからの部品調達が続くApple製品
新しいiPadを分解した後に主要部品の一覧を作成し、iPhoneを含む歴代のApple製品を横に並べて比較してみた(表1)。ここから浮かび上がるのは、部品メーカーとのお付き合いを大切にするAppleの姿勢であった。アプリケーションプロセッサはSamsung Electronics、システム電源管理はDialog Semiconductor、無線LANとBluetoothはBroadcom、オーディオコーデックはCirrus Logic、タッチパネル制御はBroadcomとTexas Instrumentsなどが歴代を通じてApple製品を支えている。Appleが先鞭を付けたともいえる各種センサーも同様で、加速度センサーとジャイロスコープはSTMicroelectronics、地磁気センサーは旭化成マイクロシステムが部品を一貫して供給している。3G(第3世代携帯電話)部品では、通信ICをInfineonとQualcomm、パワーアンプを含むフロントエンド部をTriQuint Semiconductor、Skyworks Solutions、Avago Technologies、村田製作所が部品を一貫して供給してきた。
メモリと水晶部品は上記とは異なり1つの製品ラインでも異なるメーカーの部品を使用している。DRAMはSamsung Electronicsとエルピーダメモリ、フラッシュメモリは東芝とSamsung ElectronicsとHynix Semiconductorが採用されている。水晶部品は供給メーカーが多く、セイコーエプソン(エプソントヨコムを含む)、大真空、東京電波、日本電波工業、リバーエレテック、Hosonic(台湾)、TXC(台湾)、Rakon(ニュージーランド)が供給しており、5個前後の定数を巡って激戦を繰り広げているが、全体的に国内メーカーが優勢である。Qualcommの通信チップセットを採用する端末では使用する水晶部品の個数が削減される傾向にあり、更なる激戦が予想される。
お付き合いを大切にするAppleではあるが、すべてが今後も不変であるとは限らない。現在、Appleは世界から部品を調達して中国で組み立てるというモデルを採用しているが、今後もすべてを中国で生産するかは不明だ。中国の電気料金は世界でも高い部類に属するといわれている。労働環境も変わりつつあり、年率3割近い賃金の上昇、従業員定着率の低下による熟練従業員確保の困難さ、技術流出への警戒感が増すなど、世界の工場として圧倒的な強さを誇った中国の強みが薄れつつあるのも事実である。
次世代iPhoneの預言書?
新しいiPadが搭載する先進的な部品の1つが、LTE(Llong Term Evolution)を含む3G(第3世代携帯電話)を構成する部品である。現在の3Gサービスは米国のAT&Tや日本のNTTドコモ、ソフトバンクモバイルなどが展開するW-CDMAと米国のVerizon Wirelessや日本のKDDIが展開するCDMAに大別され、これまではサービスに応じて異なる通信チップを搭載する必要があった。例えばiPad 2では、W-CDMAサービス用の通信チップとしてInfineonのPMB5703が使用され、CDMAサービス用の通信チップとしてQualcomm RTR8600が使用されていた。
しかし新しいiPadでは、Qualcomm RTR8600単体でLTEを含むWCDMAとCDMA及び第2世代通信規格GSMのすべてに対応した。この部品を搭載しておけば、独自の規格を採用している一部の国を除き、世界のどこでも使えることになる。Appleとしても設計する通信基板が1種類となり、設計や認証にかかる手間が簡素化される。
通信部の主要部品の1つであるフロントエンドモジュール(パワーアンプ、通信用フィルタ群を集約したもの、アンテナスイッチなど)も興味深い。iPad 2のW-CDMAモデルでは5個搭載されていたが、新しいiPadでは8個に増加した。LTEに対応した点を差し引いてもかなりの増加である。これは、フロントエンドモジュール1個に詰め込まれていた機能が、複数の部品へ分散した結果だ。なぜ分散する必要があったのだろうか。国内通信部品メーカーによると、最大の目的は消費電力低減とのことだ。部品を複数に分散させておくと、不要な部品は電源を切ることができる。一方、統合してしまうと、部材の共通化などでコストダウンができ、チップ面積の縮小にも貢献するが、デメリットとして消費電力は大きくなる傾向にある。新しいiPadでは、パワーアップしたA5Xプロセッサや容量が倍になったDRAM、高精細化ディスプレイにより消費電力が増加し、バッテリーの改善で何とかiPad 2と同じ駆動時間を確保していた。バッテリーを長時間駆動させるため、節電効果のある対策の1つとしてフロントエンドモジュールの分散が行われたと考えられる。
次世代iPhoneの仕様については、さまざまな情報が混在する。新しいiPadの中身が相当部分、次世代のiPhoneに採用されると考えるのは道理にかなっている。お付き合いを大切にするAppleの伝統やLTEが今後しばらくは最先端の通信サービスであることを考えると、次世代iPhoneもLTEに対応し、通信部を構成する部品の多くは新しいiPadから引き継がれるだろう。今回分散配置されたフロントエンドモジュールは、次世代iPhoneでは基板面積の制約を受ける可能性もあり、現在のように分散されたままではなく、多少統合される可能性がある。しかしこれ以上バッテリーの駆動時間を短くする選択肢はないと思われ、節電効果が期待できる部品の分散化はしばらく続くと思われる。
これからどうなる?
次世代iPhoneを巡る最大の関心事の1つは、アプリケーションプロセッサの世代交代である。予定通り「A6」なのか、それとも「A5X」を改造したものになるのか、詳細は不明だ。しかし半導体メーカー(ファウンドリ)を取り巻く状況は示唆に富むものである。最後にこの点を解説して結びとする。
A5シリーズとA6の違いの1つは、製造プロセス(配線幅)である。A6は20ナノメートルクラスの製造プロセスで製造されたものを指し、これより製造プロセスが前世代のものがA5と定義されている。A6で採用されるであろう20ナノメートルクラス製品の製造能力は、現在のところTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)が持つ300ミリウェハ換算で月産3万枚弱(歩留り反映済み)とされる。これに対し、Texas Instruments、Qualcomm、Broadcomの3社だけでも現在の需要は300ミリウェハ換算で月産5万枚を超えており、最先端プロセッサ用ICは深刻な供給不足状態である。ちなみに300ミリウェハ1枚からはA5Xプロセッサが1300〜1400個取れる。日本でも携帯電話やスマートフォンの夏モデル商品のラインアップが2011年より少ないが、原因の1つは最新プロセッサの不足と思われる。この需要に応えるためSK-Hynixが中国に保有する休眠状態であった半導体製造ラインの近代化工事を検討するなど、ファウンドリの動きが活発化している。年末までには多くのファウンドリが生産を開始し、供給量は月産10万枚前後に増加すると予想されているが、それまでは需給が逼迫すると予想される。
A6のもう1つの特色がクアッドコアである。CPUの内部に4つのコアを持ち、それぞれのブロックを細切れにして別個に電源を管理し、省エネと高性能を両立する技術として注目されている。20ナノメートルクラスの配線幅で製造するのも大変な上、CPUを分割制御するという課題も解決しなければならない。これが実現すると、CPUは性能と消費電力の面で大幅に性能アップし、新機能を搭載する余力も増える。しかし量産には時間がかかると思われ、開発が間に合わなければ次世代iPhoneはA5Xのさらなる改造版で間に合わせることになるのかもしれない。
Appleのスゴいところ。それはモバイル機器に限れば毎回がヒット作であることに加え、早くもその次の製品とその中身となる部品、テクノロジーの進歩について話題を沸騰させ、メーカーだけでなく、銀行や証券会社も注目するトピックを数多く擁していることだろう。
著者プロフィール:柏尾南壮(かしお みなたけ)
タイ生まれのタイ育ちで自称「Made in Thailand」。1994年10月、フォーマルハウト・テクノ・ソリューションズを設立し、法人格は有していないが、フリーならではのフットワークの軽さで文系から理工系まで広い範囲の業務をこなす。顧客の多くは海外企業である。文系の代表作は1999年までに制作された劇場版「ルパン三世」各作品の英訳。主力の理工系では、携帯電話機の分解調査や分析、移動体通信を利用したビジネスモデルの研究に携わる。
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