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“小さな基地局”、携帯インフラで大きな存在へ無線通信技術 LTE(1/3 ページ)

「マクロ」の時代から、より小型の「フェムト」「ピコ」「マイクロ」の時代へ――。スマートフォンやタブレットの普及でトラフィックが爆発的に増加し、通信容量が切迫する携帯電話ネットワーク。そのインフラ市場が移行期に差し掛かっている。基地局メーカーから、ネットワークプロセッサを供給する半導体ベンダーに至るまで、サプライチェーンのさまざまな階層で新たな覇権争いが始まった。

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 消費者向けモバイル機器の市場では、スマートフォンとタブレットPCが旋風を巻き起こしている。そうした中、もう1つの巨大なモバイル市場が今まさに移行期を迎えているところだ。年間400億米ドルを超える、携帯電話ネットワークのインフラ市場である。

 その中でも特に混迷の様相を呈しているのが、無線通信基地局の市場だ。サイズも送信電力も大きく、カバー範囲も広い旧来の「マクロセル」から、比較的小型で送信電力も消費電力も小さい「スモールセル」を有効活用する時代へ――。この変化によって、基地局メーカーから、そのメーカーに基幹部品のチップを供給する半導体ベンダーに至るまで、サプライチェーンのさまざまな階層で新たな覇権争いが起こっている。

 スモールセルと一言で言っても、実際には「フェムトセル」、「ピコセル」、「マイクロセル」といった、送信出力やカバー範囲の大きさが異なる複数のクラスが提案されている*1)。新たなクラスとして開発が進むこれらのスモールセルによって、携帯電話ネットワークの形が今後、再定義される可能性がある。実際に、携帯電話のインフラ市場の観測筋は、2016年までに新たに設置される基地局の大半が、いずれかのタイプのスモールセルになると予測している(図1)。

図1
図1 スモールセルがマクロセルをしのぐ フェムトセルの設置数は既にマクロセルに迫りつつあり、その他のスモールセルも今まさに普及が始まったところだ。出典:ABI Research (クリックで画像を拡大)

 ただし、業界にはこれと反対の方向に進む動きもある。中国最大の移動通信事業者であるChina Mobileは、X86ベースのサーバ装置を用いるいわば「小型データセンター」を使って、数多くの基地局を置き換えるという「ベースバンドプール」と呼ぶ手法を検討しており、その実用化に向けた取り組みを主導している。

 世界最大のマイクロプロセッサベンダーであるIntelもこの動きを支える。同社は2013年にも、サーバ向けCPU「Xeon」用にDSPライクなコプロセッサを投入し、基地局の市場に参入するという計画を掲げている。

*1)これらのセルサイズについては、標準化団体などによる明確な規定は存在しておらず、基地局メーカー各社が個々に定義付けしている状況だ。その1社であるNokia Siemens Networksが各社の提案内容や市場調査会社のリポートなどを参考にまとめた分類によれば、例えばフェムトセルは屋内用で送信出力が10〜100mW、カバー範囲が半径100〜200m、平均的なサイズは5×8cm。屋外用は同0.9〜1W、500〜750m、20×20cm。ピコセルは屋内用が100〜250mW、250〜500m、10×10cm。屋外用が1〜5W、0.5〜1.5km、20×30cm。マイクロセルは5〜10W、1〜3km、40×30cmである。また、旧来の基地局(マクロセル)は10W以上、1〜25km、50×60cmとする。

スモールセルのコンセプトが興隆

 これまで携帯電話の基地局は一般に、単一のサイズで供給されてきた。それらの基地局装置は、屋外用の局舎に収められ、アンテナ塔の足元に設置される。これがいわば、携帯電話の無線ネットワークにおける“メインフレーム”だったわけだ。ところが2000年代の後半になって、フェムトセルと呼ばれる小型の基地局が登場した。これは一般家庭などへの据え付けを想定したもので、通信可能エリアから外れていた個人の住宅まで、携帯電話のカバー領域を広げることができる。

 このフェムトセルは、次世代の携帯電話ネットワークの一部として、ゆっくりだが着実に普及が進んでいる。さらに、旧来の基地局(マクロセル)とフェムトセルの中間領域を狙った、ピコセルやマイクロセルについても、提案が活発化しているところだ。これらのスモールセルを複数の通信事業者(キャリア)や民間企業が相乗りで利用し、無線通信ネットワークのいわば「第2階層」を形成することで、都市部における通信可能容量を増やすとともに、過疎地域における通信可能エリアを広げていく。

 これらスモールセルのコンセプトは、今なお進化を続けている。基地局メーカーの中には、オフィスや店舗などの屋内で稼働し、座ったり歩いたりしながらモバイル端末を利用するような比較的少数のユーザーを収容するタイプのスモールセルに注力する企業もあれば、屋外で稼働可能な高い信頼性を備え、モビリティのより高い比較的多数のユーザーを収容できるタイプのスモールセルに重点を置く企業もある(図2)。

図2
図2 モバイルの祭典でスモールセルが脚光 通信機器の大手メーカーであるフランスのAlcatel-Lucentは、スペインのバルセロナで開催されたモバイル通信機器の国際展示会「Mobile World Congress(MWC) 2012」(2012年2月27日〜3月1日)において、複数のスモールセルを披露した。その1つが、Broadcomのリファレンス設計に接続することで、小サイズのLTEネットワークを形成可能なメトロセルである(写真の左側)。Alcatel-Lucentのスモールセルは、MWC 2012で欧州の最大手キャリアであるTelefonicaが見せたデモでも使われていた。

 このようにさまざまな提案が打ち出される中、各社に共通する認識が1つある。すなわち、これらの基地局は今後、3GとLTE(4G)、Wi-Fi(無線LAN)が混在するヘテロジニアスな無線通信ネットワークに対応していく必要があるということだ。方式の異なるこれら3つの無線通信ネットワークをまたいで、スモールセル同士やスモールセルと旧来のマクロセルとの間で、トラフィックをシームレスにハンドオフできるような仕組みが求められている。

 この要件は、ソフトウェアや現在策定中の標準規格の取り組みに大きな影響を与えている。例えば、携帯電話通信の標準化プロジェクトである3GPP(3rd Generation Partnership Project)は、Wi-Fiネットワークを携帯電話ネットワークに接続する際の認証とセキュリティ、管理機能の標準仕様「IP Flow Mobility」に取り組んでいる。

 キャリア各社は、スモールセルを活用して無線通信ネットワークの新たな階層を構築するために必要になる多大なコストを分かち合って負担する方策を探っており、今後はスモールセルに関連したパートナーシップを打ち出す動きが加速するとみられる。場合によっては、街路灯や公共の建物に設置したスモールセルを、他のキャリアや政府機関、業種の異なる企業と共有するという選択肢を強いられる可能性もあるだろう。

図3
図3 Nick Ilyadis氏 Broadcomのインフラストラクチャ部門でCTO(最高技術責任者)を務めている。「基地局の機能を集約した“Basestation on Chip”は、ニルバーナ(涅槃、ねはん)だ」と語る。

 通信用半導体チップを手掛ける大手ベンダーのBroadcomでインフラストラクチャ部門のCTO(最高技術責任者)を務めるNick Ilyadis氏(図3)は、携帯電話通信の業界で今後、次の3つのアプローチが普及していくとみる。1つ目は、マクロセルで構築したネットワークの上位にスモールセル群を覆いかぶせるように配置し、スモールセルとマクロセルを直接、通信機器用の制御層プロトコル「Iub」経由でつなぐというアプローチだ*2)

 2つ目は、フェムトセルとマクロセルを別々のネットワークで用い、IP(Internet Protocol)リンクを介して両者を管理するアプローチ。3つ目は、「Cloud RAN(Cloud Radio Access Network、C-RAN)」と呼ばれるアプローチで、これについてはChina Mobileが主導的な立場で定義に取り組んでいるところだ。

 BroadcomのIlyadis氏は、「これら3つのアプローチは、それぞれ長所と短所がある。最終的には、3つとも全て残るのではないか」とみる。

*2)Iubとは、3GPPの標準仕様において「NodeB(基地局)」と「RNC(Radio Network Controller)」をつなぐ論理インタフェースの名称である。

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