海外出張に行くあなたは、「たった一人の軍隊」である:「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論(14)(2/6 ページ)
われわれ英語に愛されないエンジニアが海外に出張する上で、「最大の難所」とも言える場所――。それが入国審査です。今回の実践編(入国・出国)では、海外出張に行くあなたを「たった一人の軍隊」とみなし、敵国(=出張先)に首尾よく潜入(=入国)する方法についてお話しましょう。入国審査で使える“レジュメ”も紹介します。
たった一人の戦争
こんにちは、江端智一です。今回は、入国編になります。
まず、本論に入る前に、海外出張における「入国手続き」の持つ意味について考えてみたいと思います。これらは、単なる「審査」ではありません。もっと重要な意味があります。
そもそも海外出張とは、あなたの勤務先の会社が「もうける」ために行われるものです。ですから、当然あなたは、その海外出張の経費を越える利益を生み出すことが期待されているわけです。つまりあなたは、自分の会社に利益を導く為に海外の会社と「交渉」しに行く、といって良いでしょう。
国家間の交渉――つまり「外交」においては、軍事力、経済力、法律、政治力、国際世論、他国との友好関係等の、各種のカードを切りながら行われます。
しかし、海外の会社との「交渉」という名の「外交」において、エンジニア同士で行うミーティングの切り札は「あなた自身」です。あなたの技術力、経験、見識、洞察力、そして発想力などが「切り札」になります。あなたは、「あなたが持っている武器」で外交を行うわけです。
「単なる外交」ではなく「武器を伴う外交」となれば、これはクラウゼヴィッツの『戦争論』における超有名フレーズ「戦争とは、政治とは異なる手段を以って行う(外交)政治の継続である」を引用するまでもなく、簡単に次のような結論に帰着します。
――海外出張とは、単身で武器を持って乗り込む外交、つまり「たった一人の戦争」である
戦争は、勝ってなんぼの世界。戦争に勝つためには、当然、戦略と戦術を案出し、実際の戦闘を行う必要があります。
しかし、これが全てではありません。重要なのは、「兵站(へいたん)」です。兵站とは、簡単にいうと、戦争で実際に戦う部隊を支援する活動です。具体的には兵士の移動(輸送)や衛生状態の維持、物資の配給や整備、施設の構築や維持など、要は実戦以外の全てのことが含まれます。
あなたは、「たった一人の戦争」を遂行すべく戦略の立案を行う将官であり、戦術を指揮する指揮官であり、戦闘を行う兵士であり、そして同時に、戦地に兵士を安全に送り込み、十分な食料と飲料水を準備し、戦線を維持する為の拠点建設を行う、兵站工兵でもあるのです。
つまりあなたは、
――たった一人の軍隊
と定義されるわけです。
今回は、「たった一人の軍隊」の「兵站」という観点から、「入国」を捉えてみます。
すなわち、「入国」を、
- 兵士(あなた)の戦場への輸送(敵拠点国への潜入)
- 戦略物資(プレゼンテーション資料、設計資料、サンプルプロトタイプ)の運搬
と位置付けて、私の体験談を交えつつお話します。では始めます。
入国審査=最初の関門
飛行機が目的の空港に到着すると、真っ先に入国審査のゲートに向かわなければなりません。入国審査とは、海外出張先の国に入国する際に行われる審査のことで、この審査をパスしなければ、いかなる者も入国できません。
入国審査はその国の方針に沿って行われるものですから、その国がどんなルールを定めようとも、それに従う必要があります。例えば、(国際協定などの問題を無視するのであれば)「お前の顔が気に入らん」という理由で入国を拒否される可能性だってあるわけです。
しかし、そんな審査のルールなんぞはどうでもよいのです。入国審査とは、海外出張を命じられた「英語に愛されないエンジニア」である私にとって、海外出張において最初に直面する最も現実的な問題――たった一人で審査官の査問を受けなければならないというドラマチックな場面――なのです。
もっとも、旅行の目的が観光であれば、当然審査が甘くなるのは冒頭で説明した通りです。一方、われわれのようなビジネスパーソンはそんなわけには参りません。
かなり根掘り葉掘り聞かれることを覚悟し、それに対応しなければならないのです。当然、英語で。
先ほどの「兵站」の話でいえば、「たった一人の軍隊」が敵国に潜入する第一歩が入国審査ですが、この潜入の失敗例は枚挙にいとまがありません。いくつか挙げてみましょう。
- 私の直前に並んでいた同僚は、入国審査官の質問に対して左右に首をかしげていました。3分も経過した頃に、審査官が疲れた声で“Please, Japanese translator at the gate 13”、とアナウンスし、その後、そのまま別のカウンターに連行されました。
- 「入国の時に手荷物をチェックされた同僚が、常備薬の入った袋の説明を求められて『ドラッグ(「麻薬」という意味もある)』と言い、そのまま空港警察官に拉致されて視界から消えた」、という話も聞いたことがあります。
一般的に、海外出張をするようなビジネスパーソンは、どの国の入国審査においても「英語を普通に使いこなすことができる」とみなされており、さらに遺憾なことには、これは国際的な常識のようです。
なぜなら、入国審査でもめ事になってしまったビジネスパーソンは、私が見てきた限り「英語に愛されない日本人」だけだったからです。
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