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育てる環境は、「意識して」作るいまどきエンジニアの育て方(20)(2/2 ページ)

「終身雇用」や「年功序列」に代表される、日本企業独特の“体質”は、実は、若手を育てる環境が自然に形成される源でもありました。「上が下を教える」という体制が、当然のように出来上がっていたからです。エンジニアを取り巻く環境が著しく変化した今、若手を育てる環境は、上司やベテラン世代が先頭に立ち、「意識的に」作るしかありません。

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プロフェッショナルへの道はやることだらけで長い

 「上司・先輩が手本を示す時間がない」「部下は骨がない、打てど響かず」になってしまった理由を、「環境」と「就職」の2つの側面で考えてみます。

 まず、「環境」の側面としては、第4回の図1でお話したようにグローバル化の加速と経済活動の低迷により、企業に効率化の波が一気に押し寄せたことがあります。本稿の図1で示した環境は崩壊し、昔であれば、若手の育成にそれなりに時間を割くことができていた上司や管理職は、管理業務が増加して、育成にかける時間が少なくなりました。管理業務の増加は、結果として、開発や人材育成の足を引っ張ることになります

 また、グローバル化により、アジア諸外国の安い製品が登場したため、現場ではコスト削減を余儀なくされました。製品のコモディティ化が進み、差別化を図るために製品が複雑化する一方で、開発期間と開発費は抑えられるという矛盾が生じ、開発現場は、ますます余裕がなくなっていきました

 先ほどの会話の中で田中課長が話しているように、手本となる先輩がいて、「お前、これやってみろ!」と気軽に若手に言えるような、「失敗しても良し」とするかつての雰囲気が開発現場からなくなってしまったのも、当然といえば当然の結果かもしれません。

 次は、「就職」の側面から考えてみましょう。いわゆる就職氷河期とは、バブル崩壊後の1990年代中頃以降を指しますが、ご存じの通り、日本は現在に至っても景気低迷が長く続いています。2008年のリーマンショック後はより顕著で、大学を卒業しても就職が決まらない、入社試験は何十社も受けて当たり前という時代になっています。内定取り消しなどもありました。正社員になる願いがかなわず、非正規雇用の道に進まざるを得ない学生も少なくありません。

 筆者の周りのエンジニアの卵たちの中にも、就職活動そのもので疲弊してしまう学生がいます。内定をもらってから入社式までの、束の間の休息で少し元気を取り戻すようですが、「社会人になった時点で既に疲れ果てている」と感じる時があります。ベテラン世代の上司に「いまどきの若手は根性がない」と思われてしまっても、仕方のないことかもしれません。

 このように、上司や先輩の手本がなく、育成に時間をかけられない開発現場で成長していかなければならないので、おのずと、昔以上に“ハングリーさ”が求められることになります。

 さらに、“できるエンジニア”は、エレクトロニクスの専門分野の知識に加えて、「社内の他部門(製造など)のキーマンやプロセスの熟知」「マーケティング(市場、顧客など)に関する知識」も求められます。「プロフェッショナル」の道はやることだらけで、長い道のりとなるでしょう。さすがにここまでのキャリアデザインを若手だけで考えるには限界があります。

上司はコミュニケーションの場を作ること

 「何とも言えないぎくしゃく感」の溝はなかなか埋まらず、プロフェッショナルへの道も長く険しい。もはや若手だけではキャリアデザインは行えない状況なのに、上司の時間はない……。となると、そもそも若手の育成など開発現場でできなくなります。したがって、会社によっては、第10回でお話したように、技術に疎い人事を当てにせず、開発出身者のメンバーから成る人材開発支援部門を、開発部門の中に設置する会社が出てくるわけです。

 ただ、そうはいっても、よほどの大手でない限り、このような部門や組織機能を開発部門に持たせることは困難です。

 ということは、忙しい開発部門の上司がきちんと若手エンジニアの育成をしないといけないというジレンマに陥ることになります。若手が自然に育つ環境がなくなってしまった今、ここは上司が責任をもってやるしかありません。

 まずは、「ぎくしゃく感」をなくすために、徹底的にコミュニケーションを取ることから始めてみてください。相性が悪いとか、選り好みをしている場合ではありません。上司から歩み寄らなければ、“ぎくしゃく感”の距離は縮まらないのです。

 若手に歩み寄る際には、ちょっとしたコツがあります。図2をご覧ください。


図2 「フォーマルな場」と「インフォーマルな場」(クリックで拡大)

 図中に、「フォーマルな場」「インフォーマル場」と示していますが、その違いは以下の通りです。

  • フォーマルな場=結論を出す
  • インフォーマルな場=結論を出さない

 「フォーマルな場」の代表的なものが会議です。「真面目な話を真面目にする」ところです。議題などがあらかじめ決まっていて、“報告する場”であり“決める場”です。コミュニケーションのスタイルは一方通行です。

 一方で、「インフォーマルな場」は、ちょっとしたミーティングなど、「真面目な話を気楽にする」ところです。議題は特になく、場所も社内とは限りません。もっと気軽に“相談できる場”であり“共有できる場”です。

 若手の育成やキャリアデザインについて考える際、この「フォーマルな場」を使うと、まず失敗します。“相談する”“共有する”という「インフォーマルな場」をうまく設けることが重要です。続きは次回にお話しましょう。

Profile

世古雅人(せこ まさひと)

工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画責任者として、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。

2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱している。2010年11月に技術評論社より『上流モデリングによる業務改善手法入門』を出版。



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