量子コンピュータ実現に向け大きな前進――超大規模量子もつれの作成に成功:新技術
東京大学大学院工学系研究科の古澤明教授らは、光での量子もつれ生成を時間的に多重化する新手法を用いて、従来に比べ1000倍以上となる1万6000個以上の量子がもつれ合った超大規模量子もつれの生成に成功したと発表した。古澤氏は「量子コンピュータ実現に向け、大きな課題の1つだった『量子もつれの大規模化』に関しては、解決された」とする。
東京大学大学院工学系研究科の古澤明教授らは2013年11月18日、光での量子もつれ生成を時間的に多重化する新手法を用いて、従来に比べ1000倍以上となる1万6000個以上の量子がもつれ合った超大規模量子もつれの生成に成功したと発表した。量子コンピュータの実現に向け超大規模量子もつれが不可欠とされ、古澤氏は「今回の成果により、量子コンピュータ研究は新たな時代に突入した」という。
これまで最高14量子間だったところ、一気に1万6000量子間の量子もつれの生成を実現
実験的に実現した量子もつれの量子数の推移。量子もつれの概念はアインシュタインらによって1935年に提唱されたが、その後約50年にわたり実現されることはなかった。2量子間のもつれの生成に1982年に成功して以後、さまざまなグループにより大規模化の試みがなされていたが、最高でも14量子間の量子もつれが限界であった。それに対し今回、「時間領域多重の新手法を用いたところ、1万6,000以上もの量子がもつれ合った超大規模量子もつれの生成に成功した」(東京大学) (クリックで拡大) 出典:東京大学
量子もつれとは、2個以上の量子が特殊な相関を持っている状況を指す。この量子もつれという現象を応用することで、トランジスタを応用したコンピュータをはるかに上回る処理速度を持つ量子コンピュータの実現が期待されている。ただ、量子コンピュータには、多くの量子が特殊な相関を持つ大規模量子もつれが必要で、1000万ゲートを超えるようなプロセッサを量子コンピュータに置き換えるのであれば、少なくとも1000万以上の量子が相関を持つ大規模量子もつれが必要になる。
従来の量子もつれの生成手法は、大規模量子もつれを作るには、装置の巨大化が避けられず、光を用いた量子もつれでは、最大9量子間の量子もつれにとどまった。またイオンを用いた量子もつれでも14量子間の量子もつれが最大で、実用的な量子コンピュータに必要な超大規模量子もつれには程遠かった。
時間領域で多重化する新手法
その中で、2011年にシドニー大学准教授のニコラス・メニクーチ氏が光を用いた量子もつれ生成を時間領域で多重化する新手法を発案。この新手法は、量子もつれを生成するための光を干渉させる装置(以下、光干渉装置)を2つ用いる。まず、1つ目の光干渉装置に、量子もつれの元となるスクイーズド光を時間的に分割しながら連続して入れ、2量子間の量子もつれを生成する。次に、2つ目の光干渉装置に、量子もつれ状態となっている2つの量子(光)のうち一方を、長い光ケーブルを用いて到達時間を遅らせて入れる。遅れて入った量子は、次に入ってくる量子(1つ目の光干渉装置により、2量子もつれになっている)と、2つ目の光干渉装置を通じて量子もつれ状態になる。この時、1つ目の光干渉装置でのもつれ状態も維持されるため、時間的に前後の量子と量子もつれ状態となる。これを連続して行えば、時間的に量子もつれ状態にある量子が連なることになり、装置の規模を大きくすることなく、無限の量子間による量子もつれ状態を生成できる。
2011年に発案された時間領域多重による量子もつれ生成手法だが、技術的課題が多く装置を具現化できず、実証されてこなかった。特に、フリースペースと呼ばれる実空間上でレーザーや反射鏡などを使い光を干渉させて、量子もつれ状態にある光を、細い光ファイバーに取り込むことが難しく新手法による装置実現に向けた最大の課題となっていた。
カギは、光ファイバに効率よく光を取り込む治具
古澤氏らは、メミクーチ氏らと共同し、対物レンズなどで集光した光を効率的に光ファイバーに取り込むことができる独自の治具を開発することで、新手法を具現化した装置を製作することに成功。同装置を使って、量子もつれを生成したところ、1万6000量子以上の量子間で量子もつれ状態にある超大規模量子もつれを生成できたことを確認した。古澤氏は、「まず、装置を動かした状態で、1万6000個の量子もつれを確認できたという段階。装置にはまだ不備があるので、それを修正することで、すぐにでも100万個以上というような超大規模量子もつれを生成できる。理論的には、無限の量子もつれを生成できる。」とする。
量子コンピュータ研究は“トランジスタ”から“IC”の時代へ
その上で古澤氏は、「量子コンピュータ実現に向け、大きな課題の1つだった『量子もつれの大規模化』に関しては、解決された。半導体技術に例えるなら、これまでの量子コンピュータの研究は、トランジスタそのものの研究にとどまっていたが、今回の成果により、いくつものトランジスタが集積されたICレベルの開発に移るということ」と説明した。
量子コンピュータの実現時期について古澤氏は、「全く分からない。量子コンピュータの実現に向けては、『量子もつれの大規模化』とともに『エラー訂正技術の確立』が大きな課題として残る。ただ、これまで量子もつれの大規模化に取り組んできた研究者も、今回の開発成果を受けて、エラー訂正技術の開発に集中するようになるだろう。仮に、これまで量子コンピュータの確立まであと100年かかる状況だったとするならば、今回の成果により、確立まであと30年ぐらいまでに縮まったことは、間違いないだろう」と語った。
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