“透明マント”が現実に? トロント大学が新技術を発表:材料技術
“透明マント”は、物体を覆うことで光を屈折させ、その物体が透明になったように見せるものだ。これまでは、メタマテリアルから透明マントを作り出そうとする研究開発が盛んだったが、カナダの大学がメタマテリアルを使わずに物体を透明化する新しい方法を開発したという。
数年前、メタマテリアルで物体を覆うことで光を屈折させ、その物体が透明になったように見せる“透明マント”を作れるという研究結果が相次いで発表された。メタマテリアルは金属と絶縁体の集合体であり、電磁波を曲げる性質を持つ。継続的な開発努力にもかかわらず、いまだ透明マントの実現には至っていないが、現在、カナダのトロント大学で、ヘッドフォンのノイズキャンセル機能と同じ原理を用いる方法が実証されている。同大学の研究チームによると、この方法を用いれば、透明マントの実用化がより現実的になるという。
トロント大学教授のGeorge Eleftheriades氏は、EE Timesに対し、「われわれは、メタマテリアルを用いた透明マントの開発に取り組んだが、課題はマントを大きく厚くしなければならないことだった。大きな物質を覆い隠したい場合、透明マントも特大で厚いものになる。電磁波を曲げるというメタマテリアルの性質は素晴らしいのだが、透明マントを実現するには現実的な手段とはいえなかった」と述べる。
Eleftheriades氏の方法では、メタ物質を用いる代わりに、小型のレーダー波アンテナを使う。アンテナは反射信号を打ち消す信号を発信するため、アンテナで囲まれた物体が見えなくなる仕組みだ。
研究チームは実験で、12基の磁気双極子ループアンテナを配置することによって、アルミニウムシリンダーを“消す”ことに成功した。
Eleftheriades氏は、「このアンテナを使えば、物体の周りの電磁波を曲げる必要がない。アンテナが物体に届く信号を適宜検知して、ノイズキャンセリングヘッドフォンのようにその信号を打ち消す別の信号を返すからだ」と説明する。同氏は、「透明マントの実用化には、この方法が適している。エレクトロニクス技術を駆使し、それらを制御することで物体を見えなくするという手法であるため、エレクトロニクスエンジニアにとって最良の方法といえるだろう。信号を拡散させる面積を変えることで、物体を実際より小さく見せたり、別の物質でできているように見せかけたり、別の場所に移動したように見せたりすることもできる」と述べている。
同研究チームによると、「アンテナベースの透明マントは、平らなループアンテナを使っているため、大きな物体や極薄の物体にも適用できる。また、このループアンテナは、皮膚に貼り付けることも可能だ」という。なお、同研究チームには、博士候補生のMichael Selvanayagam氏も参加している。
同研究チームは将来に向けて、物体に届く信号を検知して、その物体に合わせて重量を調整するアンテナアレイの開発を進めるという。ユーザーやシステムの判断で、物体の形状や材質、位置などの情報をリアルタイムに変更することが可能になるとしている。
こうした技術は、軍用車や偵察機を隠したり(敵から見えなくしたり)、一般車両/民間航空機に偽装したりする以外にも、さまざまな民生用途への適用が可能だという。具体的には、携帯基地局をアンテナで囲むことで、基地局が引き起こす干渉を減らし、他の信号が干渉を受けずに送受信できるようにするといった用途が考えられる。同技術は理論的には、可視光線に対しても有効に作用する。ただし、その実現には、ナノスケールのアンテナ技術を開発する必要があるという。
【翻訳:青山麻由子、滝本麻貴、編集:EE Times Japan】
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