世界100万ユーザーに支持されるアナログ電子回路シミュレータ「LTspice」の開発者に聞く:リニアテクノロジー Mike Engelhardt氏
アナログ電子回路シミュレータ「LTspice」を開発者であり、リニアテクノロジーのシミュレーション開発担当マネージャを務めるMike Engelhardt氏が来日した。LTspiceは全世界で約100万ユーザーが利用するなど、今やアナログ電子回路シミュレータの業界標準となっている。Engelhardt氏にLTspiceを開発した狙いなどを聞いた。
リニアテクノロジーは、高性能アナログICに特化した半導体メーカーである。常に新しい領域での技術/製品開発に取り組む同社は、高い収益性を誇る企業としても知られている。同社が開発に注力してきたのはICチップだけではない。自社開発し無償で提供しているアナログ電子回路シミュレータ「LTspice」は、全世界で約100万ユーザーが利用するなど、今やアナログ電子回路シミュレータの業界標準となっている。LTspiceの開発者でシミュレーション開発担当マネージャのMike Engelhardt氏に、開発の狙いなどを聞いた。
業界に役に立てば、それで十分
EE Times Japan(以下、EETJ) 社内でLTspiceを開発した理由は何ですか。
Engelhardt氏 大きく2つの理由がある。もともとは、フィールドエンジニアが電源ICなどを販売する際に、当社のSPICEモデルを組み込み、必要な周辺の部品も含めて電源回路を提案しやすいように用意した。もう1つは自社のIC設計に利用するためだ。IC設計で競合他社と差異化していくためには、アナログ電子回路シミュレータが重要な技術の1つとなる。アナログ電子回路シミュレータは、それを必要としている企業や研究機関で開発するのが、最も優れたツールとなる。
EETJ IC設計で重要となるLTspiceをなぜ無償で提供しているのですか。
Engelhardt氏 開発当初から外販することは全く考えていなかった。それは、SPICEシミュレータ自体の市場規模が小さすぎて、事業としては成り立たないと感じたからだ。LTspiceを活用してICチップの売り上げが拡大すれば、それで開発費を賄うことができる。社内でもLTspiceを無償で提供することには異論もあった。そこで私から、市場規模などについて創業者のメンバーに説明し、納得してもらった。業界のために役に立つのであれば、それで十分である。
EETJ 社内でもICチップの開発にLTspiceを活用されているのでしょうか。
Engelhardt氏 社内の設計者に対して、LTspiceの利用を強制することはない。設計者は市場から要求される製品をタイムリーに開発するのが仕事であり、それ以外は束縛されない。社内にはLTspiceとは異なるシミュレータを使っている設計者もいる。そこで何らかの問題が発生し、LTspiceを使うことでその問題が解決できれば、自ずとLTspiceのユーザーとなってくれる。
「ロピタルの定理」を適用
EETJ 他のSPICEシミュレータに比べて演算速度が速い、などの特長があると聞いています。それ以外にもどのような違いがありますか。
Engelhardt氏 他のSPICEシミュレータでは、SPICEモデルを変換し数値化する際に、速度が遅くなるケースがある。LTspiceはSPICEの心臓部の改良により、高速な演算処理を実現した。また、バークレー版SPICEシミュレータでは、異なる2つの関数を割り算した時に、分母がゼロであっても実行することがある。それでは正しい結果が得られない。LTspiceでは、17世紀に提唱された「ロピタルの定理(L‘Hopital’s rule)」を適用した。これによって、コンデンサやダイオードなどの動作検証を行う場合でも正しい計算を行うことができる。
EETJ 「Mac OS X」に対応した「LTspice IV」の提供を2013年11月より始められました。その狙いなどを教えてください。
Engelhardt氏 理由はいくつかある。まず、Appleが当社の大手顧客であり、尊敬をこめて開発した。2つ目は現行のPCバージョン(Windows版)が、開発して15年経過しており、操作性などが成熟している。しかし、GUIを変更して操作性を改善しようと思ってもWindows版の既存ユーザーから許してもらえない。そこで、Mac版でGUIなどを大きく修正して操作性などを向上させた。Mac版の操作性などがユーザーから評価されれば、Windows版に対する改善要求も高まるだろう。
EETJ Mac版でGUIはどのように変わったのでしょうか。
Engelhardt氏 一例だが、Windows版ではツールバーにダイオードや抵抗、コンデンサといったコンポーネントのアイコンがあった。ところが電源ICなどは別な階層に格納されており、必要なコンポーネントを探すのが大変だった。Mac版ではこれらを同一階層に格納した。右クリックで画面に別ウィンドが開き、その中にあるコンポーネントを選択すれば、画面上にコンポーネントを配置していくことができるようにした。さらに、同じ作業を行っても、従来に比べてマウスの動きをできる限り少なくすることで、作業効率を高めることができるように改善した。
EETJ LTspiceを進化させる1つのステップでもあるわけですね。
Engelhardt氏 Mac版を投入した3つ目の理由は、64ビットアーキテクチャへの移行である。現行のWindows版は32ビットアーキテクチャであるが、いずれ64ビットへ移行することになるだろう。そのためにまず、Mac版で64ビットアーキテクチャに対応した。アドレス部分を64ビットに変更し、マルチスレッドの手法をMac用に合わせこんだ。シミュレーションに用いるライブラリもMac版用に作り直している。
2014年、日本で「LTspiceユーザーの集い」開催
EETJ LTspiceのユーザー数を教えてください。
Engelhardt氏 ライセンスの発行数としては全世界で600万〜700万件に達している。複数のライセンスを持っている技術者もいるので、ユーザー数としては約100万ユーザーとみている。国/地域別に追跡していないので日本のユーザー数がどれくらいかは不明だが、先ごろ日本で実施した「LTspiceユーザーの集い」を2014年も開催する予定だ。そこでLTspiceシミュレータの有効活用を啓蒙していきたい。合わせて日本法人のフィールドエンジニアたちにも、プレゼンテーションを行ってもらうことにしている。
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