我々が求めるAIとは、碁を打ち、猫の写真を探すものではない:Over the AI ――AIの向こう側に(2)(2/9 ページ)
ちまたには「人工知能」という言葉が氾濫しています。ですが、明言しましょう。「人工知能」という技術は存在しません。そして、私たちがイメージする通りの「人工知能」の実現も、恐らくはまだまだ先になるでしょう。
「希望と絶望の相転移」を繰り返してきた“人工知能”
こんにちは、江端智一です。
「Over the AI ―― AIの向こう側に」の連載第2回の前半は、過去の“人工知能”の記事を片っぱしから読み込んで、“人工知能”に関するコンテンツが、私たちに何を伝えてきたのかを、整理して紹介したいと思います。
ではまず、ここ10年程の間で、話題となった技術用語……というか、はやり言葉(バズワード:Buzz word)の傾向を見てください。
Googleトレンドを使って、このバズワードが使われた記事数を調べた結果、なかなか興味深いことが分ってきました。
まず、確実にいえることは、どんなバズワードにも寿命があるということです。
“ロングテール”は開始から2年程度で収束、“ビッグデータ”も今やピークを過ぎ去り2年後には使われていないことが予想されます。”IoT(モノのインターネット)”は、今がまさに旬ですので、あと2年程度は大丈夫と思われますが、4年後は保証できません。
そのような中、“人工知能”だけは、ちょっと不思議な傾向を示しています。
“IoT”と同様に、今、まさにブームの真っ最中であることは明確なのですが、完全に消滅することなく、緩慢な周期性が観測されます。
これは、技術分野の中でも、特に“人工知能”に特有の現象です。
つまり、“人工知能”が「希望と絶望の相転移」が周期的に発生するモノである証拠なのです。
それは、“人工知能”というものが、マスターたる人間に奉仕するスレーブであり、ご主人様に使えるメイドであり、つまり、「人類の果てしない希望」であるからです。
それも、研究員や技術者だけでなく、経営者や政治家や、広く市井(しせい)の人々まで巻き込む、人類共通の壮大な夢であるからです。
“人工知能”という言葉のイメージは、ドラマやアニメや映画に繰り返し登場し、上記の「コンピュータブレインの『ナンシー』」という形で、私たちの心に植えつけられています。
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