もしもショックレーがカリフォルニアに来なかったら:イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(11)(2/2 ページ)
今回は、話をシリコンバレーの歴史に戻してみたい。現在のシリコンバレーに発展する源泉を作ったのは、トランジスタの発明者であるウィリアム・ショックレーであろう。では、彼がいなければ、シリコンバレーはどうなっていたのだろうか。
企業経営には向いていなかったショックレー
こうしてスタートしたショックレー・トランジスター・コーポレーションだったが、ショックレーは、研究者としては極めて優秀でも、どうも経営者の器ではなかったようだ。このあたりの逸話は検索するとごろごろ出てくるので、興味がある方はぜひ調べてみてほしい。
リクルートした8人の若い研究者たちとは折り合いが悪く、ショックレーがシリコンベースの研究を打ち切ったこともあり、彼らはわずか1年でショックレーの元を去ってしまった。本連載で何度も紹介しているが、この「8人の反逆者(the Traitorous Eight)」たちが、フェアチャイルド・セミコンダクターを設立し、以降、インテル、LSI Logic、AMD、ナショナル・セミコンダクターをはじめ、数十社もの半導体メーカーが生まれていったのである。
もしもショックレーがカリフォルニアに来なかったら
8人は、たった1年でショックレーとたもとを分かち、研究所を辞めてしまったものの、その後の歴史を見れば、ショックレーにリクルートされたことが大きな転機となったことは間違いないだろう。
さて、ショックレーがあの時、カリフォルニアに戻ることを拒んでいたら、現在のシリコンバレーはどうなっていたのだろうか。
筆者が思うに、“シリコンバレー”は、やはり同じように生まれていたかもしれないが、その時期は大幅に遅れていたのではないか。カリフォルニアには、カリフォルニア大学バークレー校、スタンフォード大学、Caltechなど優れた大学が幾つもある。優秀な人材が会社を立ち上げ、それが発展していくのは必然だっただろうと思われる。ショックレーでなくとも、誰かがシリコンバレー発展の原点となっていただろう。しかしながら、その時期はもっともっと遅かったに違いない。そして、半導体メーカーやハイテク企業の数も少なかったに違いない。あのペースであれだけの半導体企業が生まれたのはショックレーが雇った優秀な8人によるところが多い。
では、ショックレーが経営者としても非常に優秀な人物であったなら、どうだろうか。「8人の反逆者たち」が一斉に辞め、フェアチャイルド・セミコンダクターを立ち上げることはなかったかもしれないが、いずれは独立していき、多くの半導体ベンチャーが生まれたことだろう。
いずれにしても、ウィリアム・ショックレーはシリコンバレーの半導体産業の急速な発展と、ひいてはシリコンバレーのイノベーション・エコシステムの急速な醸成にとって欠かせない存在だったといえるのではないだろうか。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
Profile
石井正純(いしい まさずみ)
ハイテク分野での新規事業育成を目標とした、コンサルティング会社AZCA, Inc.(米国カリフォルニア州メンローパーク)社長。
米国ベンチャー企業の日本市場参入、日本企業の米国市場参入および米国ハイテクベンチャーとの戦略的提携による新規事業開拓など、東西両国の事業展開の掛け橋として活躍。
AZCA, Inc.を主宰する一方、ベンチャーキャピタリストとしても活動。現在はAZCA Venture PartnersのManaging Directorとして医療機器・ヘルスケア分野に特化したベンチャー投資を行っている。2005年より静岡大学大学院客員教授、2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年よりXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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