私を「疾病者」にしたのは誰だ? 労働と病(やまい)の切っても切れない関係:世界を「数字」で回してみよう(49) 働き方改革(8)(8/10 ページ)
現代の社会において、労働と病(心身の)の関係は切っても切り離せません。会社組織には、「労働者」を「疾病を抱える労働者」へと変貌させる機能が備わっているのかと思うほどです。今回は、「労働者の疾病」に焦点を当ててシミュレーションを行ってみました。
ベテランvs.新人、どっちがトクか
そこで、今回は公開されている論文に、教えを乞うことにしました*)。
*)参考:「年功賃金は生産性と乖離しているか:工業統計調査・賃金構造基本調査個票データによる実証分析」)
この論文には多くの職種に関する検討結果が記載されていたのですが、私は、私以外のことは、ぶっちゃけどうでも良いので、今回は、製造業についての生産性の計算結果を参考にさせて頂きました。
例として「江端が50歳で疾病を抱える労働者になった場合」、江端を雇用し続けるのと、新人を新たに採用するのは、どちらの生産性が高いか(どちらがトクか)を単純に数値で比較してみました。
「江端が『疾病を抱えている労働者』となって、仕事の効率を4割まで落して良い」ということになれば、単純計算で、週3日の労働(週休4日)でもペイできる、という話になります。
これなら、病気を直す為の長期入院も可能で、通院も十分に担保できると、江端のコラムとしては珍しく、明るくて前向きなシミュレーションが出てきた ―― かのようにも思えました。
しかし、従業員(職人)数人を抱える、下町の小さな町工場の社長令息であった私は、この結果に、直感的な違和感を覚えていました。もし、私の父の会社で、職人の1人が、疾病を抱える労働者になり、その職人に十分な補償を与え続けたら ――父の会社は一月も待たずに、確実に倒産してしまう ―― と思えたからです。
そこで、論文に記載されていた、別のケース、100人以下の製造業の会社のケースで、再度試算をしてみました。
このケースでは、前述とは真逆の結果が出てきました。病気になろうが、なるまいが、同じパフォーマンスで働いてもらわないと、会社が維持できないのです。発病年齢が、さらにあと数年後であるなら、父にとっては、疾病を抱える労働者を「即刻解雇」することが最適戦略となるのです。
ぶっちゃけ、零細の町工場の工場主にとって、将来の国家の生産性がどうなろうとも、そんなことは知ったことではありません。工場主は、明日の不渡りを逃れる算段で精いっぱいなのです。そして、私は、そのような父の背中を見て育ってきたからこそ、皆さんもご存じの通り、今の私 ―― 従順な会社の犬 ―― として、ひっそりと毎日を生きているのです。
このように、誰よりも現場の状況が分かっている「疾病を抱える労働者」にとって、このコラムの中で論じてきた「自罰的な離職」というのは、それなりに理のかなった行動である―― ということが説明できるのです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.