中国は先端DRAMを製造できるか? 生殺与奪権を握る米国政府:湯之上隆のナノフォーカス(20)(1/3 ページ)
2019年11月から12月にかけて、中国のメモリ業界に関して、驚くようなニュースが立て続けに報じられている。筆者が驚いた3つのニュース(事件と言ってもよいのではないか)を分析し、今後、中国が先端ロジック半導体や先端DRAMを製造できるか考察してみたい。
中国半導体業界が騒がしい
2019年も終わりに近づいてきたが、ここ最近、中国半導体業界の周辺が騒がしい。筆者が注目したニュース(事件?)を時系列順に列挙してみよう。
- オランダのASMLが中国のファンドリーSMICに対して、最先端露光装置EUVの納入を保留した(NIKKEI ASIAN REVIEW、2019年11月6日)
- DRAM製造を計画している中国の紫光集団が、元エルピーダメモリ(以下、エルピーダ)CEOの坂本幸雄氏を高級副総裁に起用すると発表した(日経新聞11月16日)
- EE Timesの吉田順子氏が12月3日、“ChangXin Emerging as China’s First & Only DRAM Maker”と題する記事で、「ChangXinは既に(先端DRAMの)供給を開始していると主張している」ことを報じた
筆者にとっては、全てが驚きだった。そこで本稿では、上記について、自分なりにその背景事情を調査・分析し、今後、中国が先端ロジック半導体や先端DRAMを製造できるかどうかを考察してみたい。
SMICの微細化のシナリオ
中国は、20%に満たない半導体の自給率を飛躍的に向上させるために、2014年に「国家IC産業投資基金」を設け、2015年には国家政策「中国製造2025」を制定した。
この政策に基づいて、メモリ分野では、柴光集団傘下の長江ストレージが3次元NAND型フラッシュメモリを、JHICC、ChangXin、紫光集団が先端DRAMを製造しようとしている。ただし、JHICCは、2018年10月に米国政府がエンティティーリスト(EL)に追加したため、事実上DRAM製造は頓挫した(この“JHICC-UMC事件”の詳細は後述する)。
一方、ロジック半導体では、ファンドリーのSMICが2017年11月、TSMCやサムスン電子で最先端の微細化をけん引したLiang Mong-Song氏を共同最高経営者(Co-CEO)にヘッドハントした。
Liang氏が加入したSMICはその後、強力に微細化を推進し、2019年8月に14nmプロセスを用いた3次元トランジスタFinFETのリスク生産を開始し、2020年には第2世代FinFETの12nmプロセスを計画しているという(佐藤岳大、PC Watch、2019年8月19日)。その後も、10nmプロセスやEUV露光装置を使った7nmプロセスの開発を視野に入れているに違いない。
2019年後半にEUV露光装置を導入するというのは、上記の微細化プロセスを実現するためのLiang氏のシナリオであろう。ところが、ASMLがEUV露光装置露光装置の輸出を保留したため、それが宙に浮いてしまった。
オランダ政府が米国政府を“忖度”?
なぜ、ASMLはSMICへEUV露光装置を出荷しなかったのだろうか?
前掲のNIKKEI ASIAN REVIEWによれば、オランダ政府がASMLに輸出許可を出さなかったからだという。では、なぜ、オランダ政府はASMLに輸出許可を出さなかったのか?
複数人の有識者にヒアリングした上で、筆者が最も腑に落ちたのは、「中国とハイテク戦争を行っている米国政府を、オランダ政府が”忖度“したからだ」という見解である。その”忖度“もいくつかの意味がありそうだ。
ASMLは、露光装置の約20%を米北西部のコネクティカット州で製造している。この“約20%”という割合が微妙だ。というのは、前述した通り、米国政府は中国のJHICCをELに追加した。その結果、Applied Materials、Lam Research、KLA-Tencorなど米国製の製造装置の輸出が禁止された。これに加えて、ELに乗った中国企業には、他国製であっても米国の知財が25%以上含まれていると、輸出禁止になる。
ASMLの“約20%”とELの25%。米商務省の匙加減次第では、どうにでもなりそうな数字である。今後、長江ストレージ、ChangXin、紫光集団、そしてSMICも、ELに追加される可能性がある。
もし、ASMLの露光装置全てが中国へ輸出禁止になるとすると、2018年時点で、韓国と台湾に次ぐ規模の中国の露光装置市場(2321億円)のビジネスが失われることになる(図1)。
また、米国は中国に次ぐ約2000億円の市場でもある。「中国に協力的なASMLの露光装置は輸入禁止」とでもされたら、その被害も甚大だ。
HuaweiやJHICCの例を見れば明らかなように、米国政府の逆鱗(げきりん)に触れるとロクなことにならない。オランダ政府としては、”忖度“するしかなかったのではないだろうか。
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