ある医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる現場の本音”:世界を「数字」で回してみよう(62) 番外編(9/10 ページ)
マスクは、「他人へのウイルス拡散防止」にはなっても、「他人から自分へのウイルス拡散防止」にはならない。こんな非対称的な論理が、なぜ成立するのだろうか――。今回のコラムは、私のこの疑問に対して、現役医師で、私の過去のコラムでも何度もお世話になっている「轢断のシバタ」さんが下さった、1万字以上にも及ぶメールを紹介するものです。
その検査キット、要りません
ちなみに、検査キットの開発が進んでいるとの報道にも、現場に近い医師ほどうんざりしています。
前述の通り、開発に十分な時間のあったインフルエンザのキットでさえ、偽陰性が一定の割合で存在することが常識なのですから、当然ながら急造のキットに完全な精度は期待できません。にもかかわらず、大量に世にキットが出回りそうになっています。
社会貢献していると信じて提供しているのかもしれませんが、社会的な負の効果は、RT-PCRの比ではないと思われます。パンデミック騒動が終わって、落ち着いてから、精度をきちんとコントロールして、それから出荷して欲しいです。
現時点において、正直なところ、私たち医師は、その検査キット、要りません。大迷惑です。
繰り返しになりますが ――
(1)臨床的に死にそうなら治療します。しかし、臨床的に無治療で命の危険がなさそうなら取りあえず家で寝ていてください。
(2)軽症者にCOVID-19かどうかを特定した場合、医療資源に余計な負担をかけることになるので、負担に見合う以上の意味があるかどうか、意義をよく見極めてください。特に、ドライブスルー検査などの無差別検査を実行するか、本当によく考えてから、判断してください。
総じて、「私たち医師は、死に直面している人を全力で助けます。死にそうにない人は、全力で、自分で自分を助けてください(感染しても発病しないように、よく寝る、よく食う、良く休む。もし発病したら、部屋に閉じこもって、よく寝る、よく(以下省略))。COVID-19とは、そういう病気です」
―― と申し上げます。
ただし、例え高齢でなくても、持病が無くても、「今までで最悪のインフルエンザの経験よりさらにつらいぞ」「風邪なんだけど少し動くだけで息切れもする」「その他、なんだか表現しづらいけれどとにかくヤバイ」ときには、ためらうことなく病院に行ってください。
現役世代の社会人、特にブラックな環境(江端さんのストレス性?不眠をコラムで拝見するとブラックな環境での労働をイメージしてしまいます)にさらされている人は、有症状時に会社を休む勇気を持ってください。まれですが、死ぬことがあります。私の駄文に付き合って受診をためらって命を落とすなんて、バカバカしすぎます。
そして、企業の経営者の方がこの文章をもしも読んでいるのなら……。今回の騒動が収まらないと企業は利益どころでは無いことを痛感していると思います。風邪は全てコロナと決めつけて、有症状者の休暇取得に寛大になってください。お願いいたします。
根拠はありませんが、半年頑張れば、見通しが立つと思います。決して永遠ではありません。
感染症対策の総論と各論には利益が相反することがあります。個人の安全の最大化とシステムの安定化、総死者数の最小化は残念ながら衝突します。しかし、社会のために、会社のために犠牲になってはダメです。生き残りましょう。
では最後に、医師としての私の頭の中に残っていることを、江端さんのコラム風に、全て吐き出してしまいます。
ダイヤモンドプリンセス号に乗船されていた皆さまには、本当に申し訳ありませんが、大変貴重なデータを提供して頂けたと思っています。
おかげで診療の手引きや興味深いレポート(多分、最終レポートの一歩から二歩手前)が世に出てきました。
日本だけでなく世界の町や市の単位で調べたくてもなかなかできない(マンパワーとお金が無いので)貴重なデータとなりました。これらのデータが、世界中の感染患者の助けになっているのは事実です。ぜひとも一度じっくりご覧になってください。とても興味深い結果が記載されています。
中国の武漢は良いデータ……と、言い切れないのが歯痒いです。抑え込みを宣言した手前、中国の政府が、正直なデータを出せなくなってしまっているのではないかと、推察しています。
そして、政治の世界に目を向けてみると、世界の政治家が割と最終目標に「根絶」を臭わせる発言を繰り返す中で、イギリスの首相の「集団免疫作戦」発言には感動しました。
「そのうちほとんどの人が感染する。そうしたら収束する。感染拡大スピードを遅くすることがわれわれの目標だ。感染拡大の抑制自体は諦めよう!(シバタ解釈による)」と首相が宣言したのは、さすが理性の国の首相だなあと感心しました(参考)。
結局、イギリスの首相が批判に負けて発言を撤回し、政策を変更したのはとても残念です。集団免疫作戦も、根絶作戦も、実行する政策の内容にはほとんど差が無いのになぁ*)と思っています。
*)前述の「現在、全世界の政府が行っているCOVID-19の感染対策の対応は、4点に集約されます」の内容と同じことをやることになる、ということ
また、世論の敏感かつ過激な反応にも少なからず驚きました(英国政府への世界的な批判の炎上勃発)。
また、全世界が歩調を合わせて封じ込めをできない現状で根絶を目指すには、根絶が困難と思われる国に対して鎖国に近い状態を期限不明で行う必要があるはずですが、出口戦略をどうするつもりなのかは明確な答えを探し出せませんでした。
そもそも、防疫とワクチン開発と治療薬で本当に抑え込みに成功するのか、分かりません。SARSの規模と感染力でさえ根絶に1年弱かかりましたので、今回もしも根絶に成功するとしたら、最速でも2〜3年はかかるのではないかと思っています。勘ですが。
私が予想するCOVID-19の結末の予想(勘による)は、集団免疫作戦の、最終根絶失敗バージョンです。つまり、
- 頑張って医療崩壊が起きない程度にピークを2〜3年後まで遅らせたが、全世界に広がりすぎて根絶には失敗する
- そして、COVID-19は5番目のヒト感染性コロナウイルスとして散発的に流行を繰り返しながら定着し、(一生のうち小児期に複数回感染して免疫を獲得するタイプの)普通の風邪として人類と共存する
です。
小児期に複数感染することで、その後高齢となったときの死亡率が普通の風邪のレベルに減るかどうかは、今後30〜50年の観察が必要ですが、私は人間の免疫機構を信じています。
(現在開発中の予防接種の出来が素晴らしいものであれば、「集団免疫と予防接種により数年後にピークを迎えつつその後に根絶する」という楽観的な予想もアリかな、と思っていますが、風疹も、麻疹ですらも根絶できていないのを見ると「根絶は大穴かなぁ……」と諦めています。)
ただ、このプロセスを経るとすれば、今回の、世界中でのCOVID-19は、私たち現役世代が初めて経験する規模の死者を出すことになります。
世界人口が20億人だった時代に、若者を中心に1億人が亡くなったとされるスペイン風邪に届くことは無いであろうとはいえ、それでも、
―― どうか私の予想が外れて、今回のウイルス騒動が早期に終息しますように
と、私は心底から祈っているのです。
編集後記
新型コロナウイルス(COVID-19)の猛威はとどまるところを知らず、特に欧米では、ここ1週間で状況が急変しました。EE Times Japanでも、米国EE TimesとEE Times Chinaの情報を含め、新型コロナウイルスに関するニュースは掲載していますが、媒体の特性上、内容は製造業に関わるものに限られます。“本当のところを知りたい”、“こんな風に報道されているけど現場はどうなのか”と思っても、一般紙やビジネス系メディアとは異なり、現場の医師や感染症の専門家に直接取材して、記事にすることはありません。
著者の江端さんから、「シバタさんから、こんなメールを頂いて……」と連絡をもらったのは、ちょうどそうした歯がゆさに悶々としていた時でした。
Wordで約30ページにわたるメールの内容を一気に読み、即座に掲載することを決めました。EE Times Japanに普段掲載している内容とは毛色が全く異なりますが、製造業の最前線に立っているエンジニアである江端さんの疑問に端を発したものであること、現場の医師の本音が率直に語られている(しかも記者ではなくご自身が書いたもの)こと、EE Times Japanの読者が、シバタ医師が望む「エンジニア的思考」をする読者であること、そして何より、読者の皆さんと、医療現場の声を共有したかったから、というのが理由です。
どんな分野においても、“現場の声”を届けられるということは、メディア冥利に尽きます。シバタ医師も「記載された内容を、無条件に信じない」「批判に終始するのではなく、解決方法を自分で考えられる」と書いていらっしゃいます。これは本当に大事で、情報の受け手/情報を消費する側は、受け身一辺倒ではなく、情報を自分なりに咀嚼(そしゃく)して考えることが必要だと思います。ただ、それをするには、“咀嚼する材料”となる情報(ニュースなど)が正しく、質のよいものでなければなりません。そういった意味で、“現場の声”をできるだけ生に近い状態で伝えることは大事だと思うのです。
江端さんとシバタ医師の“タッグ”による今回のコラムが、皆さんが情報を分析し、考えるための“良質な材料”となることを願っています。
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