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中国は本当にAI先進国なのか経済学者の見解を知る(1/3 ページ)

米国対中国のAI(人工知能)バトルは、どちらが勝者なのか。これはよく聞かれる質問だが、正しく答えられていないことがあまりにも多い。米国では、「AI技術では中国がリードしている」と広く信じられている。しかし、経済学者のDieter Ernst氏は、最近発表した中国のAIチップに関する研究論文の中で、その考えに異議を申し立てている。

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 米国対中国のAI(人工知能)バトルは、どちらが勝者なのか。これはよく聞かれる質問だが、正しく答えられていないことがあまりにも多い。その答えは単純すぎるか、複雑すぎるかのどちらかだ。米国と中国は、貿易戦争にゆがめられた独自の政治的動機に基づいてそれぞれが自身の正当性を主張しており、新型コロナウイルスの流行をめぐる対立によって状況はさらに複雑化しているため、両国が発するメッセージの信頼性は揺らいでいる。

 米国では、「AI技術では中国がリードしている」と広く信じられている。しかし、経済学者のDieter Ernst氏は、最近発表した中国のAIチップに関する研究論文の中で、その考えに異議を申し立てている。同氏は、70ページに及ぶ報告書の中で、自身の持つ中国に関する社会的、歴史的、産業的知識を駆使した多角的な答えを提示している。


Dieter Ernst氏が執筆したレポートの表紙

 Ernst氏は、カナダのウォータールーに拠点を置く国際ガバナンスイノベーションセンター(CIGI:Centre for International Governance Innovation)とホノルルに拠点を置く東西センター(East-West Center)のシニアフェロー(上級研究員)で、中国の専門家として、世界の半導体産業に対する鋭い観察眼を持つ。CIGIは超党派の独立系シンクタンクで、Ernst氏の調査分析レポート「Competing in Artificial Intelligence Chips: China’s Challenge Amid Technology War(AIチップ競争:技術戦争の中での中国の挑戦)」(専門家による検証済み)を発表した。

 Ernst氏はこの報告書の目的について、「米国は“中国はAI技術のリーダーとしてまい進しようとしている”と断言しているが、その根拠となる仮説をファクトチェックすることだ」と説明している。

 同氏は、2019年に中国で実施されたフィールドスタディーを基に、「中国のAIチップ業界で何が起きているのか」について核心に迫っている。

中国のAI産業がたどってきた経緯

 同報告書は、Huawei/HiSiliconから、BaiduやAlibabaなどのデジタルプラットフォーム企業、DeePhiやCambricon、Horizon Robotics、Yuntian Lifei/Intellivision、Suiyuan Technologyといった中国のAIチップの巨頭まで、幅広い企業を調査対象としている。

 これらの企業が何をしているのかを知ることは、非常に有益である。しかし、それ以上に参考になるのは、Ernst氏が中国のAIチップ産業がなぜ、そして、どのようにして現在の地位を獲得したのかを読者に説明している方法だ。

 Ernst氏が提示する産業および歴史的背景は、中国のAIエコシステムが抱える大きな課題を理解する上で極めて重要である。同報告書はまた、「米国が“攻撃的なテクノナショナリズム(技術国家主義)”に追い立てられて、中国による米国技術へのアクセスを排除し続ければ、中国のAI開発の軌道が変わる可能性がある」と警告している。

 Ernst氏は、中国は米国のリーダーシップを確実に脅かしているという懸念は、「事実に基づいていない」と結論付けている。同氏はむしろ、「現在の状況は主に、イデオロギーと地政学的な考察に影響されて、政府が“中国たたき”に陥っていることを反映している」と確信しているという。

 Ernst氏がレポートの中で論じている重要な発見は下記の通りである。

  • 中国のAI産業は根本的に黎明期であり、分断されている
  • 中国のAI活動の主な推進力はAIアプリの開発である
  • 中国のAIエコシステムのプレイヤーは、策略や駆け引きに、より関心を寄せることが多々あり、大抵はAIチップ関連のユニコーン企業(企業価値が10億米ドルを超える民間新興企業)のことで頭がいっぱいになっている
  • 中国はAIの研究開発(R&D)をめぐる競争で大幅な後れを取っている。米国は60年前にAIのR&Dを始めており、「画期的な基礎研究に最初から」注力してきた。それとは対照的に、中国のAI研究が始まったのは1980年代である
  • 2000年以降、科学技術部や地方自治体が打ち出した方針や資金提供は「見事な成功」を収めた。その結果、AI関連の主要なカンファレンスやジャーナルにおいて、中国人のAI研究者がさらなる役割を果たすようになった

 Ernst氏の調査が他のレポートよりも際立っている点として、同氏が中国のAI研究と業界の結び付きに焦点を当てていることが挙げられる。

 中国の一枚岩的なトップダウン型のイノベーション政策が同国に経済的成功をもたらしたことは、米国でもよく知られた話である。Ernst氏はレポートの中でこれを「神話」と呼んでいる。同氏は、中国では物事はそれほどシンプルでもなければ一様でもないと強く主張している。レポートは、ハーバード大学のMark Wu氏の「中国を複雑にしているのは、一党独裁によって巨大な制御レバーを握る一方で、経済の幅広い範囲で市場原理を機能させている点だ」という言葉を引用している。

 国、政党、国有企業、民間企業、金融機関などが結び付いているという特質は、実際、中国によるAI開発の加速を後押ししていない。それはむしろ「驚くほど分裂した中国のイノベーションシステム」の兆候であるとErnst氏は指摘した。

 中国では、研究機関と大学、または産業界の間につながりがない。Ernst氏は、同国のイノベーションシステムがそうした複数の溝にいかに束縛されているかについても論じている。同氏は「そのような溝には、トップダウン型の技術的選択を命じようとする国家と、好機を追い求める地方自治体との間の衝突も含まれる」と述べた。

 例えば、産業政策「中国製造2025」を考察してみてほしい。欧米の業界観測筋の多くは、中国の近年の政治的主導権が原動力を発展させるイノベーションになっていると確信している。Ernst氏はこれに同意しない。同氏は、そのような中央集権的な支配によって「中国がより市場志向型のイノベーション政策に移行するのが遅れる」と懸念している。

 Ernst氏はレポートで次のような見解を示している。「中国が今後もAI関連のイノベーションの大きな流れを生み出し続けることは確かである。とはいえ、中国の革新的な取り組みに関する制度構造は、多くの不適切な配分、リソースの無駄や流出を生み出す可能性は否めない。結果として起こり得るAI研究開発と業界の間の溝は、すぐには埋まらないだろう」

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