日本最高峰のブロックチェーンは、世界最長を誇るあのシステムだった:踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(9)ブロックチェーン(3)(10/10 ページ)
「ブロックチェーン」とは、工学的プロセスによって生成される「人工信用」である――。私は今回、この結論を導き出しました。ブロックチェーンとは、つまりは与信システムだと考えられますが、では、この日本における「最高峰のブロックチェーン」とは何だと思いますか?
たった一人の読者に届けばいい
後輩:「江端さん、長い。長すぎる。今回は、一体いくつテーマを突っ込んでいるんですか?」
江端:「(1)法定通貨の暴力装置、(2)ヤワなクレジット信用、(3)計算機による人工信用 ―― からの、(4)ルート認証と、(5)ブロックチェーンを使った天皇制の理解。合計5つかな」
後輩:「いや、そういうことを聞いているじゃないんです。長いんですよ、疲れるんですよ。読者が、最後の”オチ”に辿りつけませんよ」
江端:「そう?じゃあ、これからは短くしようか?」
後輩:「何を寝ぼけたこと言っているんですか、江端さん。江端さんの文章を短くしたら、理解できなくなるに決っているじゃないですか。なんで、そんな短絡的な考えに至るんですか」
江端:「私に、どうしろというんだ」
後輩:「そういえば……EE Times Japanの編集者の方は、江端さんの原稿をバッサリと全面改訂しようとしないんですか?」
江端:「うん、しない。以前、原稿を短くしろといってきた別のメディアとは、うまくいかなくなったし、実際のところ、私自身、原稿内容に手を入れられるのも好きではないし……」
後輩:「それでは、江端さんの思想が、世の中に広く伝わりませんよ」
江端:「別にいいんだ。私の書いたコラムは、『たった一人の読者に届けばいい』って思っているから」
後輩:「何ですかそれ、初めて聞きましたよ。その意味深な言葉。江端さんが、その”思い”を伝えたいたった一人の方って、一体誰です?」
江端:「“私”」
後輩:「……は?」
江端:「だから、“私”。私、自分のコラム読み返すのが好きなんだよねー。読み直す度に『あの時の私って、すごいこと考えていたんだなぁ』とか、『ああ、こういう考え方、いいわー、合うわー、この人好きだわー』って思うもん』
後輩:「……」
江端:「どうした?」
後輩:「……江端さん。江端さんは、そんな自己承認欲求や、そんなナルシズム的なリビドーの発露のために、コラム書き続けているんですか? 読者は“不在”ですか?」
江端:「基本的に、私は私の為に書いている。執筆は、とても苦しい作業だけど、『自分でも気が付かなかったことが、執筆中に自分の中から出てくること』は、素直にうれしい。読者が面白いと思ってくれれば、さらにうれしい」
後輩:「……なるほど、江端さんは、少なくとも、プロフェッショナルとしての文筆家ではない、ということですね?」
江端:「私は、真実を追いかけるジャーナリストではなく、理想を掲げる思想家でも批評家でもない。理想の社会を実現する活動家でありたいなんぞ、1mmも思ったこともない」
後輩:「……」
江端:「私はただのエンジニアで、エンジニア視点で、見えることを書き続けて、残して、それを、読み返すのが好きなだけだ」
後輩:「……まあ、分かりました。江端さんの“執筆”のモチベーションのメカニズムが、“核分裂の連鎖反応”みたいなものということは、覚えておきます」
後輩:「“長い”と言えば、今回の話、『長い時間を経たモノには、神が宿る』という話でいいんですよね」
江端:「まあ、そう。『ルート認証局』や『ブロックチェーン』が作り出しているものは『電脳化した“付喪神(つくもがみ)”』という理解でいいと思う」
後輩:「本来、数千年、数万年のオーダーで作られる“神”を、数秒から数年以内に作りだす、ITによる与信技術(人工信用)ですね」
江端:「貨幣というのは、そういう意味で、“神”の一態様であると思う。私が論じているビットコインの信用の話は、つまるところ、(1)既に“神”なのか、あるいは、(2)“単なる文字列”か、という問題に帰着すると思う」
後輩:「私には、“信用”と“信頼”の違いに見えました。(1)“信用”というのは何かの条件と引き換えに成立するものであって、(2)“信頼”というのは何の条件もなく成立するもの、と定義できると思います」
江端:「ふむ。それで?」
後輩:「そう考えると、ビットコインに使われているブロックチェーンは、(1)“信用”の“付帯条件”なのか、あるいは、(2)ブロックチェーンを含めた全体としての“信頼”なのか、という単純な2つの見え方になると思うんです」
江端:「なるほど。(1)私にとっては文字列に”人工信用”がくっついているだけのように見えて、(2)ビットコインを信用している人は、ビットコインそのものを”信頼”をしている、というわけだな」
後輩:「だから、江端さんのビットコインの見解は、『ロジカル』であると同時に『ナンセンス』でもあるのですよ」
江端:「まあ、半年ほど前から、(猛烈な勢いで)ビットコインの勉強を始めた初学者(私)と、2009年の商用運用開始時からビットコインを見守ってきた人では、「神の宿り方」が違って見えるのは、当然かもしれない」
後輩:「まあ、江端さんが2009年からビットコインをフォローしていれば、江端さんは、“信頼”の観点から、ビットコインについての持論を展開していただろうと思いますよ」
江端:「とすれば、ビットコインが、万人にとって無条件の“信頼”になるには、やっぱり2680年間くらいは要るかなぁ」
後輩:「そうですね。加えて、アマテラスの子孫の神が、オオクニヌシの国をビットコインで購入した、という話までもっていければ(古事記を書き換えられれば)、ほぼ完璧でしょう」
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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