半導体製造、米国の“国内回帰”のメリット:台湾にも不安材料はある(2/2 ページ)
オフショアリングの主な利点は、今も昔も変わらず「人件費を削減できる」という点だ。しかし近年では、安価な労働力の流動化が進み、より高い生活水準を求める声が高まると、人件費に対する圧力が強くなっている。
台湾の不安材料
世界で最も半導体チップを製造している工場がある台湾は、中国の目の前にある。
中国が攻撃行動に出た場合、半導体供給が遮断されるという深刻な状況に陥るのは不可避だ。米国の戦争シナリオは、台湾の人々にとって何の慰めにもならない。しかしここでは、全面戦争は完全に不要だ。インフラが少しでも混乱すると、半導体製造に甚大かつ長期的な影響が及ぶことになる。
懸念すべきは、外部の敵からの軍事行動だけではなく、国内にも不安材料となる弱点があるということだ。例えば過去には、地震やエネルギー供給などの問題が発生している他、最近では水供給の問題もある。今のところ、供給が継続しているのは、台湾の創意工夫能力が優れていることの証だといえる。
これらは現実の問題であるが、筆者としては読者に、「台湾には対応不可能である」という印象を与えたくない。歴史を見れば、その正反対であることが分かる。台湾は自らのことを、「この1世紀間で最も大きな成功を収めた国の1つである」と記している。韓国もまた同じだ。両国は偶然にも、半導体業界最大規模の巨大メーカー2社を生み出した国である。
政府も半導体支援を本格化
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックが広がる中、業務のデジタル化が進み、半導体不足が深刻化したことによって、意思決定者たちが眠りから目を覚ました。パンデミックによって、個人用保護具や人工呼吸器などが打撃を受け、ニュースネットワークなどのトレンディングトピックに”サプライチェーン”が取り上げられるようになったが、今やその注目の的は、”半導体製造”へと移っている。
このような見出しがなければ、次世代「iPhone」に搭載される半導体チップの製造場所など分からないのではないだろうか。
明るい側面としては、政策立案者たちが挙げられるだろう。政府が注意を払っているということが分かると、励みになる。米国の議員たちは、必要性とチャンスを見いだしている。「CHIPS for America Act」法案と関連イニシアチブにより、米国の地で半導体製造技術の強化実現を目指していく考えだ。
TSMCとSamsung Electronics(以下、Samsung)の投資計画を見てみよう。TSMCは5nmプロセスを米国アリゾナ州で、3nmプロセスを台湾で製造する計画だが、Samsungは3nmプロセス生産に向けて米国テキサス州オースティンの工場を拡張しているところだ。米国の半導体製造拠点の整備に向けて、巨額の資金が投入されている。Samsungは自社向けだけでなく、QualcommやTeslaなどの顧客向けにチップを製造している。
そして、米国メーカーによる投資についても触れなくては不公平だろう。
GLOBALFOUNDRIESに出資しているアブダビの政府系ファンドは、7nmプロセスから撤退することを決め、その結果GLOBALFOUNDRIESは、最先端プロセスのレースからは外れてしまった(そして多くの優秀な技術者が路頭に迷うことになった)。また、Intelの最先端プロセス展開の遅れについても、何度もニュースになっている。米国に拠点を置く製造業にとっては、まだ耐え難いマイナス面があるのだ。
だが、良いニュースもある。
Forbesは、「米国は製造業において、本質的に“自己完結”できる、世界でも数少ない国の一つとなる可能性を秘めている」と述べている。「こうした未来には、技術と自動化が大きな役割を果たす。COVID-19以前は、多くの労働者が自動化によって仕事を奪われることを恐れていた。だが、パンデミックで4000万人が職を失った今、われわれは自動化によって労働力を一からリセットする機会を得たのだ」(Forbes)
「リセット」という意味では、COVID-19もその一つだろう。COVID-19以前に戻るのではなく、新たな機会を生み出すことに焦点を当てれば、米国の製造業、特に半導体業界に大きな構造的変化が起こる可能性がある。
今や、シリコンウエハーの需要ほど、グローバリゼーションを象徴するものはない。TSMCは確かに世界各国のファブレス企業にチップを供給しているが、大きな野望を抱く大国の足元にある小さな島国にとって、大きなプレッシャーがかかっているのもまた事実だろう。
米国で半導体製造を強化すれば、米国だけでなく、世界に利益をもたらすのではないか。他国は、地理的に分散されたウエハー製造に安心感を抱くだろう。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
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