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3Mが2025年末までにPFAS製造を停止、世界の半導体製造はどうなるのか湯之上隆のナノフォーカス(57)(1/3 ページ)

3M社が2025年末までにPFAS製造から撤退するという。世界の半導体製造は一体どうなってしまうのだろうか。

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仰天した3M社のニュースリリース


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 2022年も驚くべき出来事が多数あった半導体業界であるが、残すところ10日余りとなった師走に、再び腰を抜かすほど仰天するニュースを目にすることになった。

 ドライエッチング装置用の冷媒で世界シェア約80%を独占している3M社が12月20日、同社のニュースリリースで、2025年末までに、上記冷媒を含む、パーフルオロキルおよびポリフルオロアルキル物質(per- and polyfluoroalkyl substance、PFAS)の製造から撤退すると発表したのである(3Mのニュースリリース)。

 筆者はこのニュースリリースを読んで、しばらく固まってしまった。人は、理解を超える出来事に直面するとその瞬間に頭が働かなくなる。その後しばらくすると、ジワジワと現実感が押し寄せてきて、慌てふためくのである。このときの筆者がまさに、そのような状態であった。

 3M社は2022年3月8日に、ベルギー工場で製造している、PFASの一種であるフッ素系不活性液体(登録商標フロリナート)の製造を停止し、世界中の半導体工場の稼働が止まるかもしれないという危機をもたらした。この事件については4月11日に、拙著『3Mベルギー工場停止、驚愕のインパクト 〜世界の半導体工場停止の危機も』で詳細を報告した。

 その際、特に日本の半導体工場が危機的事態に陥っていることを5月18日に、『続報・3MのPFAS生産停止、今は「嵐の前の静けさ」なのか』で説明した。

 しかし、3M社のベルギー工場がPFASで汚染されている土壌を全て剥ぎ取るなどの対策を、ベルギーのフランダース地方政府に約束したことにより、2022年6月末に、フロリナートの製造が再開された。この頃は、多くの半導体工場の冷媒の備蓄が切れかかっている時であったため、まさに危機一髪で最悪の事態は回避された(心外だが筆者は“お騒がせ男”と批判を浴びることになった)。

 ところが、それから半年たった12月末、製造停止の2025年末まで3年の猶予はあるものの、ドライエッチング装置用の冷媒を含む、全てのPFASの製造を停止すると3M社が発表したのである。世界の半導体工場は、今後3年間で、3M社の代替品となる冷媒を用意しなければならなくなった。それができない半導体工場は稼働が止まることになる(今回はブラフではなく本当に危機的だ)。

 本稿では、まず、ドライエッチング装置の温度制御の原理を説明し、その冷媒として3M社が世界シェア80%を独占している現状を復習する。次に、3M社のベルギー工場がフロリナートを製造停止してから、製造再開に漕ぎつけるまでの経緯を振り返る。さらに、なぜ3M社がPFASの製造から撤退することになったのかを論じる。その上で、世界の半導体工場が3年間で、ドライエッチング装置用の冷媒を確保しなければならない大問題を論じる。

 結論を述べると、ドライエッチング装置用の代替冷媒を用意するため時間としては、3年間はあまりにも短い。世界中の半導体工場は、存亡をかけて、直ちに代替冷媒を準備しなければならない。

ドライエッチング装置の温度制御の原理

 図1を用いて、ドライエッチング装置の温度制御の原理を説明する。

ドライエッチング装置における温度制御の原理
図1:ドライエッチング装置における温度制御の原理[クリックで拡大] 出所:野尻一男(Nanotech Research)『はじめての半導体ドライエッチング技術』(技術評論社)、90ページの図4-16

 ドライエッチング中は、プラズマからの熱がウエハーに流入してくるため、何もしないでいると、ウエハーの温度が上昇し、エッチング特性が変動してしまう。そのため、あるエッチング特性を維持するためには、ウエハーの温度を一定になるように制御する必要がある。

 そこで、チラーという装置を使って、静電チャックの裏面から、ある温度の冷媒を流し、これを循環させることによって、静電チャックの温度を一定に保つようにしている。この冷媒に、3M社のフロリナートなどが使われている。

 また、静電チャックとウエハーの物理的接触だけでは、ウエハーの温度コントロールが不十分なため、ウエハーと静電チャックの間に、He(ヘリウム)ガスを流して、熱伝導の効率を上げている。Heは空気やエッチングガスより軽く、分子運動速度が速いため、ウエハーと静電チャックの間を行き来して熱伝導の役割を果たしている。

 以上のように、ドライエッチング装置の静電チャックでは、チラーで循環する冷媒とHeガスによって、ウエハーをある一定の温度に制御している。そして、その温度帯域は、100℃近い高温から、最近は−70℃の極低温まで幅広いため、目的の温度ごとに最適化された冷媒が必要となっている。

 そしてこの冷媒は循環して使っているものの、少しずつリークするため、リークした量を補充しながら循環を行っている。そのため、半導体工場では、ドライエッチング装置の稼働のために、チラー用冷媒を安定的に調達する必要がある。

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