人生の棚卸しと「恥辱プレイ」でつかんだ合格証明書:リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(3-1)(2/4 ページ)
今回は大学院(博士課程)に入学するまでの「ドタバタ劇」をお伝えしたいと思います。願書提出から受験までの過程は、人生やキャリアの棚卸しと、残酷なまでの自己点検の連続となりました。
自分の推薦書を自分で書くという「恥辱プレイ」
憂鬱だったのが「15.勤務先の所属長の受験許可」 ―― いわゆる推薦書の作成でした。これを上司に記載してもらうのですが ―― 多くの人が勘違いしているのですが、多くの組織で、上司が部下の推薦書を一から書くことはありません。というか、どの組織であっても、上司が部下の推薦書を書くことはありません。まず、部下の(しかも年上の)履歴など知りようがありませんし、大抵の上司は、そんなこと(推薦書の作成)に割く時間はありません。
では、どうするか ―― 自分の推薦書を自分で作成する ――ことになります。上司は、その文章にちょっとばかりの修正を入れて、印鑑を押すだけです。これは、組織における推薦書作成のデフォルトです。
でもね、推薦書を自分で記載するというのは、結構な苦痛なのですよ ―― ぶっちゃけ、恥ずかしい。なにしろ上司に見られるというのが、もうなんともつらいですね。まあ読んでくださいよ、私の作成した私の推薦文を。
推薦者所属ならびに氏名:
株式会社日立製作所 システムイノベーションセンタ セキュリティ・トラスト研究部
ユニットリーダー主任研究員 ◯◯◯◯
受験許可書及び人物推薦書
貴大学大学院都市イノベーション学府 博士課程後期の入学試験に関しまして、弊社研究部の江端智一主任研究員を推薦いたします。
江端さんは、1991年4月に、弊社システム開発研究所に入社以来、現在に至るまで研究業務に従事されてきました。
研究業務は多岐に渡り、広域ネットワーク、鉄道通信システム、GPSシステムの研究開発のほか、海外(米国)に2年間赴任し、弊社の製品開発にも携わってこられました。
近年は交通システムの研究開発に従事し、2020年の横浜国立大学キャンパス内のオンデマンド交通実証実験では、貴大学の先生のご指導をいただきながら、プロジェクトリーダーとして本実験を無事完遂させました。
勤務態度・勤務成績は優秀であり、研究開発だけではなく、知財に関する知見で後進の育成にも精力的に関わっておられます。
貴学において、江端さんは、優秀な成績を収めて修了することを確信し、私が責任を持って推薦できる人物でございます。
何卒、ご高配を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
どうです、この面の皮の厚い自画自賛の推薦文。社会人が大学院に入学するというのは、このような“恥辱プレイ”も入っているのです。
また、これまで会社で書いてきた社外論文(英語論文も含む)を、全部印刷して提出しろ、という指示も入っていました。正直耳を疑いました ―― 「全部? 本気? 製本すれば一冊の本になる量なのだけど、本当に送るよ? いいんだよね?」という感じでした。でも“指示”ですから送付しましたよ。封筒がパンパンになりましたけどね。
あと日本語と英語の研究概要のサマリーを出せ、というのもありましたが、これが結構大変でした。というのは、前述した通り、私が社会人としてやってきた研究はめちゃくちゃ多岐にわたっていて量も多く、活動拠点も国内だけでなく、海外でもドタバタしてきたからです。
私、この時点で、ふと考えてしまったのです。
―― 私、この会社で何やってきたんだろう?
例えば、創成期のインターネットは、ダイヤルアップなどという貧弱なネットワークが、国内の主要な大学間をつないでいるだけの脆弱なものでした。つまり、「ネットワーク通信容量」を巡る奪い合いが、実際に発生していたんですよ。これを合理的に解決するリソース分配問題が、当時の大問題でありました ―― でね、10年もしないうちに、個人宅にギガビットの光回線がやってきたのですよ。この時の私の「虚無感」を理解してもらえるでしょうか。
同じような話はいくらでもあります。少ないメモリをできるだけ消費しないためのプログラムのコンパイラの研究は、今や潤沢なメモリや記憶容量によって ―― それが多くなりすぎて、一つのパソコンの中に複数のパソコンが動くような仮想技術を生み出すほどになってきてしまいました。
まだまだあります。CPUの命令数やクロックを前提に、いかに計算量を削るかという最適化の研究。これは、ループ一回を減らす、分岐を一つ消す、そのためにアルゴリズムを捻り、アセンブラをにらみ、紙の上で実行回数を数える――そういう地道で神経をすり減らす作業が、かつては確かに「技術」でした。ところが今では、その手の努力は、マルチコア化やGPU、さらには「とりあえず並列に投げる」という力技によって、ほぼ力業で踏みつぶされてしまっています。
「速くするために、頭を使う」時代から、「遅かったら計算機を足す」時代へ。その転換の前で、私たちが積み上げてきた工夫は、音もなく陳腐化していったのでした。
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