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ヘリウム調達停止――AIブームを崩壊させる「見えない臨界点」(前編)湯之上隆のナノフォーカス(89-1)(3/6 ページ)

米国とイスラエルによるイラン攻撃に端を発した中東問題は、半導体業界にも多大な影響をもたらす。その最たるものがヘリウム(He)の供給停止だ。本稿では、ヘリウム調達停止が半導体業界に与える影響を前後編に分けて詳細に解説、考察する。

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第5章:TSMCも“二重の制約”に直面する

5-1)2nm(N2)プロセスにおけるHe依存

 TSMCもHeショックの影響を免れない。

 TSMCが2025年第4四半期に量産を開始し、2026年に量産規模の拡大を計画する2nm世代の「N2」プロセスは、同社初のGAA構造を採用する。第3章で述べた通り、GAAのナノシート形成には精密な温度制御による高選択比のプラズマエッチング が不可欠であり、He裏面冷却の途絶はゲート長およびナノシート厚のばらつきを拡大させ、歩留りを直接的に悪化させる。

 ただし、影響はGAAのナノシート形成工程にとどまらない。先端ロジック半導体の微細配線を形成するCuデュアルダマシンプロセスにおいても、ビアやトレンチエッチング時にプラズマ加熱からLow-k層間絶縁膜の変質を防止するためおよび、エッチング特性の面内均一性を維持するために、He裏面冷却が必要不可欠である。He不足はこの工程の歩留りも悪化させ、N2プロセスの複数の主要工程が同時に制約を受けることを意味する。

 台湾のHe調達構造の詳細は公開情報が限られるが、台湾もまた天然ガス産出国ではなく、Heの全量を輸入に依存している。カタールは台湾にとっても主要なHe供給元の一つであり、Airgasのフォース・マジュール宣言(第1章参照)による米国からの供給制限と合わせ、調達環境は急速に悪化している。

5-2)LNG依存がもたらす電力リスク

 TSMCが直面する制約は、Heだけではない。台湾の電力供給の約40%は天然ガス火力が担っており(台湾経済部エネルギー局、2025年実績)、そのLNG輸入の約3分の1がカタールからである(日本経済新聞、2026年3月11日)。第1章で述べた通り、カタールのLNG施設は軍事的影響により操業を停止しており、LNG輸出もHeと同時に途絶している。

 原発が一基も稼働していない台湾では、LNGによる火力発電依存度が高い。そのLNGについて、台湾当局は確保に動いている。日本経済新聞(2026年3月11日)によれば「キョウ・メイキン経済部長は3月9日、LNGの供給は4月まで問題ないとの見通しを示した。一時は石炭火力の発電量を増やす可能性を検討したが、4月までは必要ないという」。

 しかし、本稿執筆時は、上記経済部長の発言から既に約1カ月が経過しており、果たしてLNGの代替調達のメドは立ったのだろうか。もしメドが立たなかった場合、TSMCの半導体工場が電力不足で停止する危険性もありうる。

 TSMCの先端半導体工場は、1拠点当たり数十万kWの電力を消費するとされ、電力供給の不安定化は稼働率に直接影響する。つまりTSMCは、製造工程におけるHe不足と、工場稼働を支える電力の制約という、二重の制約に同時に直面しているわけだ。

5-3)先端ロジック遅延の波及効果

 TSMCのN2プロセスは、Apple、NVIDIA、AMD、Qualcomm、Broadcom、Intel、MediaTekなど主要テクノロジー企業の次世代製品の基盤となる。N2の量産立ち上げが遅延すれば、次世代iPhone、AI学習/推論用GPUやAI ASIC、データセンター向けCPUのリリースのスケジュールに連鎖的な影響を与える。

 第4章で論じた韓国メモリメーカーの生産縮小が「メモリ供給の逼迫」を引き起こすのに対し、TSMCのN2遅延は「先端ロジックの供給制約」をもたらす。両者が同時に発生すれば、半導体産業はメモリとロジックの双方で供給制約に直面する異例の事態となる。

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