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不揮発メモリ新時代(後編)メモリ/ストレージ技術(3/5 ページ)

現在のDRAMやNAND型フラッシュメモリの用途に向けた次世代不揮発メモリの候補は4種類ある。FeRAM、MRAM、PRAM、ReRAMだ。ただし、どれか1つの不揮発メモリで全用途に対応することは難しそうだ。これはどの不揮発メモリにも何らかの欠点が存在するからだ。後編では不揮発メモリの用途や各不揮発メモリの性能向上策、技術動向について解説する。

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高速動作が魅力のMRAM

 MRAMは、HDDと同様に磁界の向きを利用して情報を記録する不揮発メモリである。これまでHDDメーカーなどが蓄積した磁性体に関する知識を利用できるため、ほかの不揮発メモリよりも開発が有利に進められるという。

 実際に、MRAMはほかの不揮発メモリと比べて、製品化の時期が早かった。例えば、米Freescale Semiconductorは2006年7月に早くも磁界書き込み方式を用いた4Mビット品の量産出荷を開始した。しかし、その後は他社も含めて製品化に一服感がある。なぜだろうか。

 現在、MRAMの書き込み技術自体が移行期にあるからだ。データを磁界の方向で記憶している磁性体に、新しい磁界を与える手法自体が大きく変わろうとしている。従来の「磁界書き込み方式」は既に確立されているものの、現在以上に微細化し、数十Mビットを超えるチップを製造する際には向かない。磁界書き込み方式では素子の寸法が小さくなればなるほど、強い磁界が必要になる。そのため必要な書き込み電流を大きくする必要があるからだ。「MRAMの書き込み方式に課題が残ったため、いったん製品の微細化が止まった。従来の方式に代わるスピン注入磁化反転方式を新たに開発している間に、ほかの不揮発メモリが追い付きつつあるという形だ」(東北大学電気通信研究所ナノスピン実験施設で施設長と教授を務める大野英男氏)。

 MRAMでメモリとして機能する素子がMTJ(Magneto Tunnel Junction)素子である。MTJ素子はトンネル磁気抵抗膜TMR(Tunnel Magnetoresistance)を上下から磁性体膜で挟み込んだ構造を採る(図4)。TMRの上下にある2層の磁性体膜はそれぞれ単一の磁区となっており、磁界が同一方向を向いた「平行」状態と、互いに反対を向く「反平行」状態の2種類の状態を取る。これがメモリ素子として機能する。


図4 MTJ素子の構造 自由層の磁化の向きを操作することで、トンネル電流の量を変化させる。電流の量を測定することで、素子に蓄えられたビット情報を読み出すことができる。

 MTJ素子を駆動するには片方の磁性体膜の磁化の方向を常に固定し(固定層)、もう片方(自由層)の磁性体膜の磁化の方向だけを制御する。これは新旧どちらの書き込み方式でも同じだ。従来の磁界書き込み方式では、直交するビット線とワード線の合成磁界によって、磁化の方向を制御する。それに対して新しいスピン注入磁化反転方式では、スピンがそろった電子の電流を流すことで自由層の磁化の向きを反転させる。

 MTJ素子の状態の違いを検出するには、層構造を垂直に突き抜ける方向の抵抗値を測定する。TMRの上下に位置する磁性体膜の磁界の方向が平行な場合は抵抗値が低く(このときの抵抗値をRLとする)、反平行にある場合は抵抗値が高くなるからだ(同RH)。2つの抵抗値の差(RH−RL)をRLで割った値を磁気抵抗比と呼び、この値が大きいほどMTJ素子としての性能が高くなる。現在の磁気抵抗比の最高値は東北大学と日立製作所のグループが2008年に達成した604%である。

書き込み電流を削減する

 MRAM開発の課題は熱安定性と書き込み電流(スイッチング電流)の削減を両立させることだ。電流を削減しなければ微細化には向かないが、単に削減するように構造などを変えると熱安定性が低くなってしまう。

 TMR素子を構成する2つの磁性体膜は平行または反平行のどちらかの状態を取るが、熱エネルギによって、ある確率で別の状態に変化してしまう(熱ゆらぎ)。これはメモリの内容が例えば0から1に変化してしまうことに相当するため、発生確率を下げなければならない。具体的には2つの状態の間の障壁(記憶保持エネルギ)を高くすればよい。しかしながらMRAMでは書き込み時にも読み出し時にもTMR素子をスイッチング電流が突き抜けるため、障壁が高いとスイッチング電流を大きく取らなければならなくなってしまう。

 この問題に対処するため、2つのアプローチが試みられている。自由層を構成する膜の構造を工夫する手法と、磁化の向きを従来の水平ではなく垂直に取る手法である。

 東北大学と日立製作所のグループは、膜の構造を変えた「熱安定積層フェリTMR素子」†1)を開発することでこの問題に対処した。磁気抵抗膜としてMgO(酸化マグネシウム)を用い、固定層にはCoFeB(コバルト鉄ホウ素)を採用した。従来は自由層にも単層のCoFeBを使っていたが、新方式では自由層が3層からなる。非磁性体のRu(ルテニウム)をCoFeBが上下から挟み込む形だ。自由層を複層化することで、熱ゆらぎを低減できる。自由層を構成する2つのCoFeBが常に反平行状態を保つため、自由層の向きを変えようとする熱エネルギに抵抗するからだ。同時に複数の層にかかる電子のスピントルクによって、スイッチング電流も低下する。

†1) Jun Hayakawa, et al.,"Current-Induced Magnetization Switching in MgO Barrier Magnetic Tunnel Junctions With CoFeB-Based Synthetic Ferrimagnetic Free layer", IEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS, VOL.44, No.7, July 2008

 東芝の方式は、素子の磁化の方向自体を水平から垂直に置き換えたものだ。磁化の方向が面内にある水平磁化よりも、垂直方向にある方が安定となり、これが高い障壁を形成する。一方、磁化反転時のエネルギは低くなり、スイッチング電流は低くなると言う。さらに垂直磁化の場合は、素子寸法を変えても熱安定性が変わらないことが特長だ。このため、水平磁化とは異なり、素子形状を細長くする必要がなく、例えば正方形の素子が形成できるので微細化しやすい。

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