Apple A4プロセッサを分解、「革命」ではなく「進化」の産物:製品解剖(1/2 ページ)
Apple A4は、米P.A. Semi社が開発したプロセッサなのだろうか。Apple社は2008年4月にP.A. Semi社を買収している。答えはどうやら違う。まったく新しいプロセッサを設計するには時間が足りなかったようだ。米Ars Technica社のJon Stokes氏は、2010年3月時点で、Apple A4は内部にGPUを内蔵していること、省電力設計についてP.A. Semi社が潜在的な役割を果たした可能性があること、という興味深い洞察を発表している。
Steve Jobs氏が「iPad」を発表した2010年1月27日(現地時間)、「Apple A4」プロセッサをめぐる議論が本格的に始まった。この日、Steve Jobs氏とSteveWozniak氏がガレージで創業した当時まで米Apple社のルーツをたどったスライドを写しながら、iPadに搭載したプロセッサを紹介したからだ。iPadは新プロセッサ「Apple A4」を内蔵する(図1)。動作周波数は1GHzだ。
この発表を聞いて真っ先に浮かんだ疑問がある。Apple A4は、米P.A. Semi社が開発したプロセッサなのだろうか。Apple社は2008年4月にP.A. Semi社を買収している。答えはどうやら違う。まったく新しいプロセッサを設計するには時間が足りなかったようだ。米Ars Technica社のJon Stokes氏は、2010年3月時点で、Apple A4は内部にGPUを内蔵していること、省電力設計についてP.A. Semi社が潜在的な役割を果たした可能性があること、という興味深い洞察を発表している。
図1 iPadが内蔵する「Apple A4」 この記事ではApple A4内部の構造を解析し、iPhone 3GSが内蔵するアプリケーションプロセッサ(韓国Samsung Electoronics社「339S0068 ARM K4X2G303PD-9GC8」)と比較した。
2010年3月末には、iPadが市中に出回り、分解やリバースエンジニアリングに挑戦する人が現れ始めた。そのような人たちがプロセッサコアを調べてみた結果、コアは1つだけ、その中身は英ARM社の「Cortex-A8」。さらに詳しく言うと、米Intrinsity社と韓国Samsung Electronics社が共同開発した「Hummingbird」コアなのではないかという結論にいたった。なお、Hummingbirdコアのサンプル品が登場したという報道が2009年7月にあった1カ月後、両社は同コアを正式発表している。
2010年4月、Apple社はIntrinsity社を買収したことを明らかにした。買収後、Intrinsity社の名前がApple A4をめぐる議論に頻繁に現れるようになった。同時期にIEEE Spectrum誌に寄稿した記事の中で、Mark Anderson氏は、Apple A4とIntrinsity社についてのさまざまな報道をまとめている。
Samsung社のICと比較する
では、報道や各種の評価、分析による当面の結論はどうなっているのだろうか。Apple A4はまったく新しいプロセッサと言えるか、それとも、これまでに登場したプロセッサの発展形なのだろうか。
Apple A4は単なる汎用プロセッサではない。SoC内部にプロセッサコアを集積した形態を採っている。議論が進むにつれ、SoCに実装されたプロセッサコアの正体と処理性能以外の疑問がわき上がってきた。P.A. Semi社とIntrinsity社という、Apple社がここ2年間で実施した2つの大規模な企業買収によって、この2社の設計が統合されたのではないかということだ。
しかし、結論を簡単に言えば、Apple A4はApple社と韓国Samsung Electronics社の長年の関係の影響を強く受けており、回路設計の革命というよりもむしろ進化の結果である。この結論は、Apple A4に密接に関係する2つのプロセッサ、すなわちSamsung Electronics社の「S5PC110」と「iPhone3GS」が内蔵するアプリケーションプロセッサという物的証拠を調べた結果得たものだ。
米UBM TechInsights社は、S5PC110とApple A4を左右に並べたダイ内部の画像を2010年6月に公開している。この画像を見る限り、2つのプロセッサのコアの見分けはつかない。UBM TechInsights社はさらに、Samsung Electronics社が2009年9月22日に発表したプレスリリースに、ARM社の「Cortex-A8」プロセッサコアを使っていることを示唆している部分があると指摘している。以上から、2つのSoCのプロセッサコアの実装がまったく同じであるという説に異議を唱えるのは難しいだろう。つまり、2つのチップのCortex-A8コア内の回路の寸法と配置は同じ技術者グループの設計によるものだ。
S5PC110についての情報源は他にもある。Samsung Electronics社の携帯電話機「Galaxy」が搭載したS5PC110の役割について触れているブログは数多い。先ほど挙げたSamsung Electronics社のプレスリリースには、Hummingbirdの設計に関係がある具体的な記述はないが、公開された仕様はそのような可能性を示している。しかし、クロック周波数以外に、Intrinsity社の設計であることを示す物的証拠はあるのだろうか。Apple A4をさらに詳しく調べてみた。
赤外線写真を比較する
私たちはダイの裏面から赤外線を照射して、Apple A4の高解像度顕微鏡写真を撮影した(図2)。その結果、Apple A4のCortex-A8コアの標準セルはApple A4の他の部分の論理ブロックと比べて、縦方向の長さが半分しかないことが判明した。45nmレイアウトルールをダイ全体に適用することを考えると、Cortex-A8コアとそれ以外の部分の設計哲学には大きな違いがあることになる。幾つかの仮定を置かなければならないが、Apple A4の設計ではSamsung Electronics社の標準セルライブラリではないものを使っているのだろう。これは、Intrinsity社の設計であることを示す証拠だろうか。もしそうであるならば、S5PC110にもIntrinsity社のIPが採用されていることになる。
図2 Apple A4のダイの拡大写真 Apple A4チップの赤外線写真。左上部分にCortex-A8コアの標準セルが配置されていた。ダイの裏面から赤外線を透過させて撮影した非破壊検査の結果である。出典:カナダMuAnalysis社
UBM TechInsights社の比較画像は、今のところ、Apple A4のCortex-A8プロセッサコアが、Samsung Electronics社のS5PC110の設計仕様に基づいていることを突き止めた最も信頼できる証拠である。しかし、Apple A4はSoCだ。プロセッサコアは文字通り設計の中心だが、チップ内に存在する回路ブロックの1つにすぎない。Apple A4のダイ写真とS5PC110のダイ写真をざっと比較してみると、2つは互いによく似ているが、確かな違いがあるように見える。デジタル側には、同じ数のブロックがある。少なくとも、UBM TechInsights社のダイ写真ではそう見える。一方、アナログ側では、幾つかのブロックが両方のダイで共通しているが、Samsung Electronics社が2つの回路ブロックを使用しているのに対し、Apple A4には1つしか搭載されておらず、ブロックレベルでのカスタマイズが施されたことを示している。
ブロックレベルでの比較は、Apple A4を理解する上で重要である。しかし、Apple社がSoCをカスタマイズした理由について理解が深まるわけではない。Apple社が、標準的な製品を購入するだけではなく、Apple A4のようなオリジナルの設計を生み出した理由はもちろんある。例えば、ICベンダーは幅広いOEMのニーズをあらかじめ予想し、それらのニーズに応えるべく多数のブロックを用意している。このうち幾つかはApple社の使用目的には不要だ。チップをより単純にでき、フットプリントが減り、コストを引き下げるテイラーメイドのICが手に入るのに、フリーサイズのICを選ぶ理由はどこにもない。
なお、ここで議論しているのは、フルカスタムの回路設計についてではない。基本的にはICベンダーがカタログ化しているIPビルディングブロックから選んでいるだけにすぎない。ただ、Apple社が選んだブロックの数が少ないということだ。Apple社とSamsung Electronics社のそれぞれのCortex-A8世代のSoCを比較することで分かることは、Apple社がカスタム設計のICを生み出し、このICをApple A4と命名したということだ。
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