Apple A4プロセッサを分解、「革命」ではなく「進化」の産物:製品解剖(2/2 ページ)
Apple A4は、米P.A. Semi社が開発したプロセッサなのだろうか。Apple社は2008年4月にP.A. Semi社を買収している。答えはどうやら違う。まったく新しいプロセッサを設計するには時間が足りなかったようだ。米Ars Technica社のJon Stokes氏は、2010年3月時点で、Apple A4は内部にGPUを内蔵していること、省電力設計についてP.A. Semi社が潜在的な役割を果たした可能性があること、という興味深い洞察を発表している。
正体はiPhone 3GSのプロセッサの進化形
これまで、Apple A4をめぐる議論の中心は、iPadだった。しかし、バーに置き忘れられていたプロトタイプ品は別としても、2010年6月7日(現地時間)に開催されたApple社の開発者向け会議「WWDC(Worldwide Developers Conference)」の基調講演の後は、「iPhone 4」が加わった。Apple A4を搭載すると正式に発表されたからだ。これにより、比較検討できる組み合わせが増えた。Apple A4とiPhone 3GSのアプリケーションプロセッサである。機器に必要な機能が近いため、比較対象として適している。
チップレベルの比較では、しばらく前から一般公開されていた2つの情報を活用した。UBM TechInsights社が2010年4月に発表したiPhone 3GSのダイの写真は、拡散層、すなわちアクティブエリアの深さに至るまでの層を除去した後、撮影したものだ。この写真をカナダChipworks社が自社のリポートに掲載したダイの顕微鏡写真と比較、分析した。Chipworks社の写真は、他の情報源からはつかめなかったApple A4のフロアプランについての有用な詳細情報を与えてくれた。
印象的だったのは、回路ブロックの数や形式にはっきりと区別できるような変更点が見当たらなかったことだ。どちらのICでも、ダイの大部分を占めていたのは巨大なL2 SRAMキャッシュメモリを搭載したARMのプロセッサコアと、10個のデジタルロジックのブロックだった。アプリケーションプロセッサのダイ面積が72.2mm2であるのに対し、Apple A4のダイは51.8mm2と小さい。だが、Apple A4は45nm技術で製造されているのだから、小さいのは当然だ。つまり、設計について分かることはほとんどない。
見たところ、アーキテクチャは互いに非常によく似ている。だが、Apple A4とiPhone3GSが内蔵するアプリケーションプロセッサの配置には大きな違いがある。ダイ全体に対する特定の領域の割合を見ていくと、分かったことが幾つかある(図3)。
- Apple A4は、iPhone 3GSのアプリケーションプロセッサと比べて、グルーロジックと空白スペースで構成される主要回路ブロック間の未使用領域がほぼ2倍である。
- Apple A4の方がアナログ回路が50%多い(45nmにシュリンクしても、アナログ設計はさほど小さくならないため)。
- Apple A4では、ARMプロセッサコアの占有面積が若干小さくなり、ダイ全体に占めるデジタルブロックの割合が約10%少なくなっている。
- Apple A4では、プロセッサコアのL2キャッシュメモリがマクロエリアの約50%を占めている。一方、3GSでは40%以下である。
- Apple A4では、プロセッサコアのSRAMマクロエリアが、回路ブロック内のエリアの60%以上を占め、存在感を増している。
回路設計の観点から言えば、チップの一部領域での設計変更はあまり重要ではない。ほとんどは45nm製造技術への移行によるものだからだ。2つの「リファレンス」設計によるブロックレベルの比較をまとめると、フロアプランについて大規模な変更はなかったと言える。確かに、Apple A4の設計はiPhone3GSのアプリケーションプロセッサと異なるが、せいぜい1つか2つのブロックの違いである。しかし、たとえSamsung Electronics社のCortex-A8世代のSoCに含まれており、Apple A4にはない回路が1つか2つしかないとしても、Apple A4はカスタム設計であると考えられる。また、リファレンスと比較して進化であるとも言える。
買収した2社の技術はどこへ
Steve Jobs氏は、2010年1月に開催された発表会でApple A4を紹介したとき、同プロセッサがApple社の初めてのカスタム設計ではないと示唆している。Jobs氏は、「Apple社には、シリコンのカスタム設計を行うすばらしい部門がある」と述べ、Apple A4は、「Apple社が設計した最も高度なチップだ」と語っている。とりあえず、この発言はかなりの手がかりだ。
Apple社の買収に話を戻すと、Intrinsity社がARM Cortex-A8コアを設計したことを示す有力な証拠がある。それは、Samsung Electronics社とIntrinsity社の既存の関係と関わりがあった。タイミングを見れば分かる。Intrinsity社の買収は、Intrinsity社が再設計した「Cortex-A9」が登場するずっと前に行われたと考えられるため、Intrinsity社のマルチコア世代のチップを入手できたのはApple社だけだということになる。
P.A. Semi社はどのような影響を与えたのだろうか。確かに、Apple A4は、少なくともブロックレベルでは、P.A. Semi社からあまり影響を受けていないように見える。何人かの設計者がApple A4に携わっていたことは疑いないが、プロセッサの設計全体に関与していないことは確かだ。おそらく、P.A. Semi社のチームは他のブロックの設計に携わっていたか、複雑なSoCの設計をまとめるため、彼らの専門知識を活用したにすぎない。Steve Jobs氏は、P.A.Semi社の買収はApple社の製品差別化の戦略の一環だと述べた。しかし、真の意味でユニークなプロセッサコアが登場するとしても、長い道のりの後になるだろう。2010年4月に米AnandTech社のWebサイトに掲載されたApple社のチップ設計メーカーの買収についてまとめたレビューも、同じ結論を示している。先ほど紹介したJon Stokes氏も同意見である。
Apple A4は、標準プロセッサの最適化版にすぎないにもかかわらず、現在のiPhoneだけでなく、これからのApple社の戦略にとってますます重要になっている。iOSを搭載した製品ラインは言うまでもない。例えば、2010年9月に発表される可能性がある新しい「iPod Touch」にも搭載されるだろう。
プロセッサの正体をめぐる議論では、Apple A4が総合半導体メーカー、ファブレス設計会社のどちらの成果でもないという事実を見落としがちだ。Apple A4は携帯型機器メーカーの製品だ(Macは携帯型機器ではないが)。Apple社は自社で使うためにApple A4を製造しており、最終的な機器の収益が重要になる。完全な分析を行うには、OSを含む機器全体との関係を考慮しつつ、Apple A4について考えなければならない。このような考察は非常に有効だ。また、Apple社の戦略における回路設計の役割拡大の可能性について考えるべきだ。ビジネス、IP面で幅広く検討を行い、設計全体の変更ではなく、段階的に進歩した技術を搭載した製品の開発について議論すべきだ。
Paul Boldt 氏は技術コンサルタント企業であるカナダ米ned, maude, todd & rod社で社長を務める。Don Scansen 氏はsemiconDr社の創設者。Semiconductor Insightsで10 年の経験を積んだ。Tim Whibley 氏は米Ten Yard Technology社の創設者。特許関連の技術コンサルタントも務める。
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