「スマートなセンサー」がモバイルの進化を促す、大手ベンダーのSTマイクロに動向を聞く:センシング技術
位置情報に基づくアプリケーションや、人の複雑な動きを使ったゲーム、屋内や複数階での歩行者の行動推測といった高度なアプリケーションを実現するには、センサーの性能をいままで以上に引き出すことが求められそうだ。
地磁気センサーや加速度センサー、ジャイロ(角速度)センサーといったセンシングデバイスは、今やモバイル機器に不可欠な存在になった。例えば、地図/ナビゲーションアプリケーションには、地磁気センサーと加速度センサーを組み合わせて検出する方位情報が必要だ。多くのスマートフォンに搭載されている歩数計の情報は、加速度センサーの出力を基に算出している。
ただ、より高度なアプリケーションを実現するには、センサーの性能をいままで以上に引き出すことが求められそうだ。高度なアプリケーションとは、位置情報に基づくアプリケーションや、人の複雑な動きを使ったゲーム、屋内や複数階での歩行者の行動推測などである。
民生機器向けMEMSセンサーの大手ベンダーであるSTMicroelectronicsが、2011年4月に発表した「iNEMO Engine」は、上記に挙げたような、モーション検知や位置測位に関連したアプリケーションに向けた新技術である(関連記事)。同社日本法人であるSTマイクロエレクトロニクスのAPMグループ MEMS&Helthcare製品部の部長で、スペシャリストエンジニアである坂田稔氏と、同製品部の担当課長である野口洋氏(図1)に、センサーをめぐる最近の動向や、iNEMO Engineの特徴などを聞いた。
「センシング」を2011年の重点分野の1つに位置付ける同社は、2011年4月と5月に相次ぎ地磁気センサーモジュールを製品化するなど、MEMSセンサー製品群の拡充を続けている(関連記事)。
EE Times Japan(EETJ) 加速度センサーやジャイロセンサーは、どのような機器に採用されているのか。現在の状況を教えてほしい。
STマイクロエレクトロニクス(ST) 当社は、MEMS技術を使った加速度センサーを2004年に製品化した。当初は、HDDの落下検知の用途が主だったが、その後、ゲーム機や携帯電話機が加速度センサーの市場拡大をけん引した。加速度センサーは、フィットネス機能や歩数計機能を実現するために使われた。
現在、加速度センサーはスマートフォンにとって不可欠な部品である。地磁気から方位を検出するには、地磁気センサーと加速度センサーを組み合わせて使う必要があり、ほとんどのスマートフォンに採用されている。当社が2011年4月と5月に発表した地磁気センサーモジュールは、方位を検出するのに必要な地磁気センサーと加速度センサーを1つのパッケージに納めた。2010年1月に製品化した第1世代品に比べて、分解能を高めつつ、消費電力を削減した。電源の系統数を減らし、使い勝手も高めている。
一方のジャイロセンサーは、ゲーム機のコントローラーやデジタルカメラの手ブレ補正、カーナビなどに採用されることが多い。人の動きを正確に把握するには、回転角を検出するジャイロセンサーが有効である。最近になって、スマートフォンにもジャイロセンサーが採用され始めた。Androidには、ジャイロセンサーの出力を取り込む仕様があり、これからスマートフォンへの採用が広がるとみている*1)。
現在、当社は加速度センサーとジャイロセンサーをそれぞれ15品種程度ずつ、製品化している(図2)。これだけ多くの品種のジャイロセンサーを市場に投入しているベンダーは、公開されている範囲ではわれわれだけだ。
センサーの性能を高度な処理アルゴリズムで引き出す
EETJ 2011年4月に、モーション検知や位置測位に向けたiNEMO Engineを発表した。詳しい内容を教えてほしい。
ST iNEMO Engineとは、ハードウェアとソフトウェアを組み合わせた当社のセンシングソリューションである。具体的には、3軸加速度センサーと3軸地磁気センサーを組み合わせたモジュール、3軸ジャイロセンサー、圧力センサーといった複数のセンサー部品と、これに最適化したフィルタリング予測ソフトウェアを組み合わせたものだ。5月には、iNEMO Engineを活用した位置測定ソリューションの評価版の提供を始めた。
iNEMO Engineの特徴は、センサーで取得したデータをそのまま出力するのではなく、機器設計者に使い勝手の高いデータに変換し、出力することである。例えば、方位や3次元姿勢(クォータニオン)、傾斜量といったデータ形式である。機器開発者は、自ら処理アルゴリズムを考えることなく、信頼性の高いデータを使うことができるだろう。複数のセンサーデータを融合して処理するため、単体で使うとき以上にセンサーの性能を引き出せることも特徴だ。
特筆すべき点は、一般的に使われている周波数フィルタではなく、「カルマンフィルタ」と呼ぶ適応フィルタを使い、今の状況を推定する高度な予測アルゴリズムを入れたことである。
これまでの一般的な周波数フィルタには位相遅れがあるため、処理後のデータにどうしても遅延が生まれていた。それが、これまでセンサーを使うときの大きな問題の1つだった。ゲーム機のコントローラーや、リモコン、デジカメといったセンサーを使った機器では少なからず、遅延の影響を受けている。例えば、ゲーム機のコントローラーを例にすると、利用者がコントローラーを振った後、ディスプレーに操作の結果が表れるまでに、わずかな時間差を生じるといった具合だ。当社のiNEMO Engineを使えば、このような現象は生まれない。
合計9軸のセンサーと高度なアルゴリズムの処理ソフトウェアを組み合わせると、センサー単体では難しかったことも可能になった。地磁気センサーにスマートフォンを近づけると、スマートフォンに搭載されたスピーカなどの磁気発生源によって、地磁気センサーは影響を受けてしまう。ところがiNEMO Engineを使うと、スマートフォンを地磁気センサーに近づけても、影響を受けないように処理をすることができる。
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