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第4回 電波の目でがれきの下の生存者を見つけ出せ!、人体探索レーダーが秘める可能性エレクトロニクスで創る安心・安全の社会システム

地震による建物の倒壊や土砂崩れといった災害に巻き込まれてしまった生存者を、いかに迅速に助けるか――。電磁波を使ったセンシング技術に、大きな可能性がある。

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 地震による建物の倒壊や土砂崩れといった災害に巻き込まれてしまった生存者を、いかに迅速に助けるか――。災害救助犬や災害救助用スコープが活躍しているが、電磁波を使ったセンシング技術にも、大きな可能性がある。

 電磁波には、非接触でも対象物をモニタリングでき、障害物を透過する*1)といった特徴がある。これを生かせば、がれきや土砂に埋もれてしまった人の存在を地上から見つけ出せる。

 既に、呼吸によって生まれるわずかな胸の動きを検出し、生存者を発見する「人体探索レーダー(生存者探査レーダ)」が製品化されている。製品化当初は使いにくかった点も、今は改良が進んだ。かつては、生存者の有無の検知だけだったものが、最近製品化された機種では生存者の位置も分かるようになった。

 人体探索レーダーの研究の歴史や現在の製品の特徴を、荒井応用電波研究所の所長で、電気通信大学名誉教授の荒井郁男氏(図1)に聞いた。同氏は長年にわたって、マイクロ波を使った生体計測や地中レーダー、この2つの研究領域を融合させた人体探索レーダーの研究を続けてきた。日本における人体探索レーダー開発の第一人者である。

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図1 人体探索レーダーの開発を長年続けてきた荒井郁男氏 電気通信大学電子工学科を退官後、荒井応用電波研究所を設立した。

 「技術的には大きな問題はなく、実用的に十分使える製品であるにもかかわらず、一般に広く知られていないことが残念だ。今後、災害が発生したとき、人体探索レーダーを使ってひとりでも多くの人が助けられることを願っている」(荒井氏)。

EE Times Japan(EETJ) どのような経緯で、人体探索レーダーの製品化に至ったのか。研究の歴史を教えてほしい。

荒井氏 がれきや土に埋もれてしまった生存者を探索するレーダー技術は、マイクロ波を使った生体計測と地中レーダーという2つの技術領域が融合したものだ。

 私自身の研究開発の歴史は、今からおよそ半世紀前の1965年にさかのぼる。生体計測に興味があり、大学院の門をたたいたことが出発点だ。研究室でまず取り組んだのは、金属検出のための回路設計技術という生体計測とは直接は関係の無いテーマだったが、その後は大学に研究者として残り、船舶レーダーや自動車レーダーの研究に取り組んだ。このようなレーダー技術のノウハウが、生体計測の研究につながった。

 1975年(昭和50年)ころだっただろうか。レーダーを使った微小変位の計測技術を、呼吸の測定にも使えるということを学会で発表したところ、「それは何の用途に使えるのだ」という質問をもらった。日本ではその当時、電磁波を使って生体情報を計測したり、モニタリングしたりという技術は、私の知る限りほとんど理解されていなかった。いろいろと考え、新生児や未熟児の呼吸監視に使えると思い立ち、研究や実証実験を続けた。

 電磁波を使って生体計測ができるかもしれないという可能性自体は、その当時(1975年)よりもだいぶ前に提唱はされていたものの、私のように実際に手を動かして研究していた研究者は、ほとんどいなかった。海外に目を向けても、イスラエルの研究グループが、呼吸のモニタリングを応用したうそ発見器の研究をしている程度だった。

 生体計測とは別の流れで、地中の遺跡や埋蔵物、地雷などを探索する用途に向けた地中レーダーの開発を進めていた。人体のさまざまな生体情報をモニタリングする生体計測と、地中の埋蔵物や遺跡を見つけ出す地中レーダー技術を組み合わせれば、がれきや土砂に埋もれた人を見つけ出せるのではないかと考えた。これが、人体探索レーダーを開発するに至った経緯だ。

 実際には、阪神淡路大震災の後に、ドイツのある企業が電磁波を使った生体探索装置を日本でも販売していた。この装置に着想を得て、人体探索レーダーの製品化に向けた開発を進めた。

EETJ 人体探索レーダーの仕組みや製品の特徴を教えてほしい。

荒井氏 人体探索レーダーの基本原理はシンプルだ。まず、送信アンテナから地中に向けて電波を放射する。その後、さまざまな障害物で反射して戻ってきた反射波を再度、地上の受信アンテナで捉えるという流れである(図2)。このとき、静止している物体からの反射は、取得した信号波形の時間的な差分をとることで相殺できる。これに対して、生存者が呼吸することで生まれるわずかな胸の変位は、その時々で位置が変化するため、時間的な差分を除去した後も信号は相殺されず、有意な情報が残る。

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図2 人体探索レーダーのシステム概略図 生存者の有無を検出する機種の構成。送信アンテナから地中に向けて電波を放射する。その後、さまざまな障害物で反射して戻ってきた反射波を再度、地上の受信アンテナで捉える。位相差をとることで、生存者の動きを検出する。出典:荒井応用電波研究所

 一般に、周波数を高くすれば、波長は短くなり、測定精度は高まる。ところが、周波数が高くなると、電磁波の直進性が高くなり、障害物による減衰も大きくなる。すなわち、測定精度と信号の減衰量にトレードオフの関係がある。そこで、信号の強度ではなく、送信信号と受信信号の位相差をとることで、感度良く胸の動きを検知できる仕組みを考案した。

 単に、位相差を検知しただけだと、アンテナからの距離に応じて感度が変化してしまい、極端な場合は感度が大幅に下がる「ヌル点」が生まれる。これを避けるために、互いに直交した2系統の電磁波(I信号とQ信号)を使い、IQ検波することで、感度を一定に保てる工夫も盛り込んだ。

 以上のような原理の人体探索レーダーを2007年ころに製品化した。ただ、この製品は、「いる」、「いない」という生存者の有無は検知できるものの、「どこに」という生存者の位置までは分からない。最近、製品化した「アドバンス」*2)では、生存者の有無のみならず、位置を推定できる機能を新たに追加した。

EETJ 生存者の位置をどのように推定するのか。

荒井氏 送信信号にパルス波を使い、反射してきた信号を複数の受信アンテナで捉えることで実現する(図3)。

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図3 生存者の有無に加えて、位置を推定可能な人体探索レーダー「アドバンス」 パルス波を送信し、対象物からの反射波を複数の受信アンテナで捉えることで、位置を推定する。出典:荒井応用電波研究所

 一般に、距離の分解能は、送受信される信号の周波数帯域幅に比例する。従って、単一周波数の電磁波ではなく、所定の周波数帯域幅を有するパルス波を使うと、距離分解能を高められることになる。ただこれだけだと不十分で、場所を特定するためには距離だけではなく、生存者がいる方位を特定する必要がある。これは、複数の受信アンテナをアレー化することで実現する。アレーアンテナで反射波の到来方向を検知することで、生存者の方位を特定するわけだ。

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図4 実証実験の様子 人体探索レーダーは、がれきや土砂に埋もれた生存者を見つけ出すのに有効である。出典:荒井応用電波研究所
図5 人体探索レーダーのモニター画面。左の写真は、生存者がいる状況。赤い点が生存者がいることを示している。右の写真は、生存者がいない状況。そのため、赤い点は表示されていない。出典:荒井応用電波研究所

 アドバンスの検知可能距離は最大10m、距離分解能は60cm、方位のカバー範囲は水平、垂直方向ともに60度である。金属に完全に覆われた状況や水中だと検出できないが、それ以外の状況ならば生存者の位置を特定できる。設置作業は1分もかからずに済む。

 2011年2月に中国でデモを実施したところ、大変良好な結果を得た。人体探索レーダーは、災害時の生存者の迅速な発見に有効だと信じている(図4図5)。多くの人に、この存在を知ってもらいたい。

*1)電磁波の波長に比べて寸法が大きな物体や面積の大きな金属板に対しては、電磁波の透過率は大幅に下がる。

*2)1つの送信アンテナと6つの受信アンテナ、受信した電磁波を処理して位置を推定する回路基板で構成する。価格は1600万円程度である。

訂正あり> 荒井応用電波研究所の申し出により、アドバンストの販売価格を訂正致しました。本記事は、すでに訂正済みです。

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