5000円高くても売れる、そんな製品作りましょう:マキシム・ジャパン 代表取締役社長 滝口 修氏
Maxim Integrated Productsは、電源関連ICなどで知られるアナログ半導体メーカーだ。同社は今、機能集積度を大幅に高めた製品群を強化している。日本法人社長の滝口 修氏は、これにより国内の機器メーカーが付加価値を作り込むことで、「店頭で5000円高くても売れる製品」を実現できるように支援したいと語る。
EE Times Japan(EETJ) スマートフォンやタブレットPCの普及が急速に進んでいます。Maximもこの領域で売上高を大きく伸ばしていますね。
滝口氏 はい、直近の決算では、当社の世界の売り上げのうち41%がそれら新ジャンルの機器を含む「コンシューマ」の市場でした。1年ほど前までは、この比率は全体の1/4程度にとどまっていたので、急増と言えるでしょう。その代わり、ノートPCを含む「コンピュータ」の市場は売り上げの比率が低下しています。やはり1/4程度あったのですが、直近の決算では16%まで減りました。これら2つの市場の間で、売り上げの比率がシフトしています。
売上高については、成長率もここ3年間の年平均値(CAGR)が22.5%と好調です。これも、スマートフォンをはじめとしたモバイル端末がけん引しています。この成長の大きな原動力になっているのが、当社が「モバイルパワーSoC」と呼んで新たに展開している製品です。
これは極めて高い機能集積度を実現した大規模アナログチップで、例えばスマートフォン向けの品種では、機器の構成要素であるプロセッサやディスプレイ、メモリ、無線フロントエンド、カメラなどそれぞれの電源回路に加えて、バッテリー管理回路やセンサー用フロントエンド回路、LEDやバイブレータ用モーターの駆動回路、さらにオーディオコーデック回路まで集積しています。
極端な言い方をすれば、これをQualcommなどのチップセットベンダーが供給するアプリケーションプロセッサとベースバンドプロセッサに組み合わせれば、それだけでメインボードが出来上がってしまう。単機能ICや機能集積度が比較的低いICに数多くの受動部品を組み合わせる場合に比べて、部品点数も基板面積も減らせます。
価格は公表できませんが、コストに厳しいことで知られる海外の機器メーカーが大量生産品に採用していますから、それだけのメリットがあるという証しです。
EETJ チップセットベンダー自体も電源管理ICを用意しており、「プラットフォーム」としてまとめて提供しています。機器メーカーは、それを採用しないという選択肢をとりにくいのではないでしょうか。
滝口氏 確かにそうです。しかし先に述べたようにメリットがあることも明らかで、実際にそれを選択した機器メーカーがあります。
チップセットベンダーが提供するプラットフォームでは、チップ間インタフェースの仕様が機器メーカーにも明かされません。そこで当社は、主要顧客である機器メーカーと連携してモバイルパワーSoCの開発を進め、チップセットベンダーの電源管理ICを置き換える取り組みを進めてきました。それが仕上がったのが昨年です。おそらく今年は、世界的に採用が進むでしょう。国内の機器メーカーにも、これから提案していきます。
ただ、国内メーカーはまだプラットフォーム志向が強いのも確かです。昨年末に、モバイルパワーSoCの採用意向について国内の顧客各社に聞いたところ、こう言われました。「滝口さん、これは素晴らしい。大きなメリットがあるし、海外メーカーが使うのもよく分かる。でもこれを採用したら、プラットフォームベンダーはサポートしてくれないよね」。
これはその通りです。それでも海外メーカーは採用に踏み切って、消費者向けの市場で競争力のある製品を作り上げようとしています。国内メーカーもそれに負けない製品を作ってほしい。ですから当社は、安心して使っていただけるように日本でもサポート体制を整えました。海外での実績で培ったノウハウを提供し、国内での普及に向けて今年、アクセルを踏み込みます。
差別化の“種”を提案する
EETJ 国内の携帯電話機市場でも海外メーカーの存在感が高まっています。
滝口氏 以前は日本で携帯電話キャリアに端末を納めていたのはほとんどが国内メーカーでしたが、スマートフォン時代の今、海外メーカーがシェアを伸ばしています。
国内メーカーがそうした海外勢と同じモノを作っても、円高という経済環境や、先進国ゆえの高いオーバーヘッドコストが負担になって、なかなか勝てない。ですから当社は、最終製品の差別化につながる半導体を国内の顧客にどんどん提案していきます。店頭で世界の競合他社より5000円高くても売れる。国内メーカーには、そんな付加価値のある製品を投入していただきたいと考えています。
そうした提案の具体例としては、バッテリー残量計ICや、タッチパネル制御ICが挙げられます。もちろん他社もこれらのICを提供していますが、当社の製品は次のような特徴があります。
バッテリー残量計ICは測定精度が極めて高く、他社品では誤差を見込んで「残量ゼロ」と判断すべきところを、ぎりぎりまで使い切れるようになる。バッテリーの容量は同じでも、実効的な駆動時間を延ばせます。タッチパネル制御ICは静電容量方式で、タッチ操作の検出感度が非常に優れており、スキー手袋をはめたままでも操作できるような端末を実現できます。
国内メーカーは、これまでも高齢者向けに画面が見やすく簡単に使える携帯電話機を開発するなど、エンドユーザーの視点に立った作り込みが得意ですから、当社のICを製品の差別化にうまく生かしてほしいと期待しています。
納期で褒められるようになった
EETJ 社長に就任してから2年がたちました。日本法人に変化はありますか。
滝口氏 日本だけではなく、全世界でMaximは大きな変化を遂げています。2007年に新たに着任した米国本社のCEO(最高経営責任者)の指揮の下、“技術集団”というかつての姿から、“顧客志向の集団”へと大きくかじを切りました。
と言っても、技術力を落としてしまっては、魅力ある製品を提供し続けることができません。ですから技術力は今まで通りに維持しつつ、顧客の満足度を高める変革を進めました。
まず、アプリケーション分野ごとに事業部を再編成しました。以前は、少々悪い言い方になりますが、自分たちを中心に考えていたので、当社の製品ごとに事業部を切り分けていました。例えば日本では「電源事業部」といった具合です。それを今は、「車載事業部」「携帯機器事業部」といった分け方に変えています。
さらに、サプライチェーンマネジメントを束ねる部門をCEOの直下に新設し、大規模な改善を推し進めました。例えば、ウエハー処理の工程では、全く同じ特性の生産ラインを世界の複数の地域にあらかじめ用意しておき、ある1つの製品をそれらのどこでも生産できるようにしています。当社の全世界の売上高は今2.5億米ドルですが、3.8億米ドルの売上高があったとしても製品を供給できるだけの生産能力を確保しました。
この成果は既に表れています。2011年には東日本大震災とタイの大洪水が起きましたが、予定通りの納期を維持することができ、顧客のサプライチェーンにはほとんど影響を与えませんでした。このように乗り切れたのは、半導体メーカーの中では極めてまれでしょう。震災では山形県にある製造パートナーの工場が被災しましたが、翌日には海外に構築してあった代替ラインにウエハーを投入できました。
実は、かつての当社は納期で顧客に迷惑を掛けることもありました。ですが今は違います。2つの大きな災害で、図らずもそれを認識いただいた形です。実際に、かつてはお叱りばかり受けていた日本の顧客にも、「大したもんだ」と褒めていただきました。これは記事に書いてもかまいませんよ。うそつきだと絶対に言われない自信があります。
滝口 修(たきぐち おさむ)氏
1983年に上智大学 理工学部 電気・電子工学科を卒業。以後、20年にわたって技術畑を歩む。
新卒で日立メディコに入社。医療診断コンソール用デジタル画像処理回路の設計を担当した。1990年にLSI Logic(現LSI)が東京R&Dセンターを開設するのに伴い入社。第1世代のMUSEデコーダの開発に従事した。1999年から米国本社のエンジニリング・ディレクターを務める。その後、2000年にSTMicroelectronicsの日本法人に移籍。2003年に取締役副社長に就任し、経営畑に転じた。
2009年12月にMaxim Integrated Productsに入社し、現職の日本地区担当マネージングディレクター兼マキシム・ジャパン 代表取締役社長に就任。日本における営業販売責任を担う。趣味は自転車。自作した車両でツーリングを楽しむ。この年末年始の休暇には、12台目を組み上げた。マキシム社員で作る自転車部では“顧問”を務めているという。
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