「ヒアリング」に臨み、心構えるべきこと(前編):エンジニアのための市場調査入門(4)(3/3 ページ)
いよいよ今回から市場調査の工程の1つである「ヒアリング」の手法を解説していきます。市場調査を長年手掛けていたプロである筆者が、ヒアリングに当たりどのような準備をし、どのような心構えで臨んでいるかを紹介します。
情報提供者であることを心掛ける
国内外を問わずさまざまな企業の方が弊社を訪問してくださる。その目的は、ある分野の市場調査について相談したい、当社のリポートを見て購入を検討したい、リポートを購入し読んだのだがこの辺りについてもう少し詳しく説明してもらえないか、さらに、ある製品の市場や技術動向について教えてほしいまたは情報交換したい、といったもので、我々は時間さえ合えば喜んで対応させていただいている。リポートをご購入いただいていない方でも市場および技術動向に関する情報交換などは無料で対応しているわけだが、情報交換することで当社の商品の購入を促したり、コンサルティングや個別調査案件の発注に結びつくこともある。
我々はご協力いただいた取材に対して基本的に金銭的なお礼はしていないし、リポートを無料で差し上げるようなことはない。では、なぜ取材のご協力がいただけるかというと、リポート完成後、リポートのサマリーをフィードバックする約束をしていることが大きいが、リサーチャーである我々そのものを1つのメディアであると判断してくださっているからである。
従って、我々は情報を持っていなければならないし、その情報を持って被取材者とディスカッションできるくらいのレベルである必要がある。企業戦略や市場展望についてディスカッションできるくらいになると、そうした内容をリポートの総論部などに散りばめることで成果物の品質やグレードもアップする。ということは、メディアとしての我々リサーチャーと成果物であるリポートの両面で高い評価を得ることができるのである。
再訪問してでも積極的な情報提供を
少し話がズレるが、我々のリポートの購入者の80%が取材先企業である(被取材者の属している部門で購入いただくとは限らないが)。そのため、「いい取材」は我々にとって「営業」にもつながるのだ。ただ、初めてのテーマで初めての取材先に訪問するような場合は、こちらは大した情報を持っていない。このような場合は、取材対象となる企業をほとんど回り終えた後でもう一度訪問するチャンスをいただき、お役に立てるような情報交換をするようにしている。
取材時だったかどうか定かではないがこんなことがあった。某大手印刷企業が飲料容器を開発し大々的に発表したのだが、採用が芳しくなく低空飛行が続いているようだった。同社の企画部門から「どうにかならないか」という相談を受け、私はストローを付けてみてはどうかと提案した。先方は大企業だから同じようなことを考えていた人は他にも複数いたのではないかと思われたが、実際、1年後くらいにそれが実現、採用も拡大、市場に出回るようになり、ある程度の成果を上げた。
今はペットボトルのリサイクルが普通に行われているが、その初期の頃はリサイクルにおいてペットボトルとは素材の異なるラベル(当時は塩化ビニル、PS−ポリスチレン−、紙、PET−ポリエチレンテレフタレート−など)や蓋(PP−ポリプロピレン−やアルミニウムなど)の分別がネックとなった。私はラベルを分別しやすいように切り取り線(ミシン目)をつけてはどうかとリポートで提案した。私の提案だけで業界が動いたとは考えにくいが、これも現在は当たり前になっている。1996年頃の話である。ちなみに、この2件について私は何らかの報酬も得ていないので念のため。
先に「仮説の重要性」について触れたが、「仮説」には(1)リポートの企画時、(2)ヒアリング時、(3)リポート執筆時における仮説の検証、という段階がある。(1)については本連載の「第3回 高機能化とコモディティ化への流れ、戦略をどう立てるか?」で若干触れているので割愛するが、(2)ヒアリング時の仮説とは、その企業の戦略とその効果、業界や市場の展望および方向性といったことであり、この辺りがヒアリング時のディスカッションのテーマとなり得る。繰り返しになるが、これらの内容をリポートの総論部に散りばめたり、ダイレクトメール(リポートの案内)のコピー文句とするのである。
Profile
田村一雄(たむら かずお)
矢野経済研究所CMEO事業部の事業部長。1989年に矢野経済研究所に入社。新素材の用途開発の市場調査に広く携わる。その後、汎用樹脂からエンジニアリングプラスチック、それらの中間材料・加工製品(コンパウンド、容器包装材料、高機能フィルムなど)のマーケティング資料を多数発行した。現在は、デバイス領域まで調査領域を広げ、エレクトロニクス分野の川上から川下領域を統括している。知的クラスターへのコンサルティング実績も有する。2012年1月より産業横断的な新商品開発をミッションとする事業企画推進部統括兼務。
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