世界を包む電子の神経網 ―― “モノのインターネット”が秘める可能性:無線通信技術 M2M(2/4 ページ)
各種センサー端末から家電、インフラ機器まで、あらゆるモノに通信機能を組み込んでネットワーク化する、いわゆる“モノのインターネット”は、この地球に張り巡らされるエレクトロニクスの神経網だ。そこで捉えた膨大な情報から価値のある情報を抽出すれば、人類にとってさまざまな課題を解決する有力な手段になるだろう。
あらゆる技術階層を手掛ける企業が台頭
既存技術を使ったモノのインターネットの実現で今、先頭を走っているのはIBMだろう。例えば、データセンターのサーバによって生じる熱と湿度を最適化するために同社が開発したワイヤレスセンサー「Mote」は、ニューヨークのメトロポリタン美術館で絵画を保護するために採用された(図2)。さらに同社は、これまでに培った無線高周波技術を流用し、南欧のマルタ共和国でアナログ方式の旧型メーターを全てスマートメーターに置き換えたスマートユーティリティグリッドを実現している。また、カナダのアルバータ州の州都であるエドモントンでは、クラウドベースの解析技術を使って、既存のインフラを活用して交通の流れをリアルタイムに把握できるようにし、交通管理を最適化している。
図2 IBMのワイヤレスセンサープラットフォーム 無線通信チップと、低消費電力のマイコン、センサー基板を組み合わせるモジュール型の設計を採用した。温度センサーや湿度センサー、圧力センサー、腐食センサーなど、各種のセンサーと任意に組み合わせることが可能だ。出典:IBM (クリックで画像を拡大)
もう1社、モノのインターネットで先行するのがHewlett-Packard(HP)である。同社は最近、IBMが10年前にそうしたように、PCを中心に据えた「1人に1台のコンピュータ」という形のビジネスモデルを捨て去った。そしてHPもIBMのSmarter Planetに似た「Central Nervous System for the Earth(CeNSE)」戦略を介して、自社をサービスプロバイダと位置付けた再投資を加速している(図3)。
図3 HPのワイヤレスセンサーノード HPが「Central Nervous System for Earth(CeNSE)」の一環として開発したセンサーノードの第1弾である。自社で製造した地震センシング専用のMEMS加速度計を搭載しており、現在量産されているデバイスに比べて、感度が1000倍も高いという。このセンサーで取得したデータを解析エンジンが稼働するサーバに対して送り出すワイヤレス通信機能も備えている。出典:Hewlett-Packard (クリックで画像を拡大)
これらの2社はいずれも今、立ち上がり始めたモノのインターネットに向けて、センサーから通信、クラウドベースの解析処理に至るまで、あらゆる階層の技術要素の統合に取り組んでいるところだ。その狙いは、世界中にちりばめられた何兆個ものノードから「ビジネス的な価値」を抽出することにある。
HP LabsのシニアフェローであるStan Williams氏は、この取り組みについて、「何かのウィジェットを作ろうといった話ではない」とし、センサーからネットワーキング、ストレージ、サーバ、ソフトウェア、解析処理まで全てを含んだ垂直型のソリューションとして、「完全な知覚システムを構築するという話だ」と述べている。同氏はさらに、HPは「部品を販売するつもりはない」と話す。「当社が提供しようとしているのは、リアルタイムの認知によって得られる途方もなく巨大なデータストリームから抽出した、“行動を起こせる情報”だ」。
次の10年は最もエキサイティング
モノのインターネットによって生まれると期待されるアプリケーションは、SF(サイエンスフィクション)が描く夢をも超える可能性をもたらしている。Intelのシニアフェローで、同社のArchitecture GroupのジェネラルマネジャーとDatacenter and Connected Systems GroupのCTO(最高技術責任者)を兼務するStephen Pawlowski氏は、「もし自分のエンジニアとしてのキャリアが今から始まるなら、どんなに素晴らしいか。これからの10年は、エレクトロニクスのイノベーションの歴史で最もエキサイティングな時代になるだろう」と語る。
モノのインターネットは、既に我々が直面している課題――例えば、自動化とモニタリングが導入された住宅で、シニア世代が安全かつ快適に、“住み慣れた場所で老いる”ことを可能にするなど――についても、現時点ではまだ認識していないような将来のニーズについても、両方に対してソリューションを提供し、人々の暮らしを改善できる可能性を秘めている(図4)。
図4 モノのインターネット対応デバイスで暮らしを改善 米国のVitalityが開発したスマートピルディスペンサー(給薬器)「GlowCap」は、M2M通信モジュールを手掛けるイタリアTelit Communicationsの無線モデムを使っている。薬を服用すべき時間に合わせて患者に薬を飲むように促し、薬がいつ消費されたかをモニターするとともに、その情報を医者にリポートしたり、ボタン1つで薬局に薬の補充リクエストを送ったりできる。出典:Vitality (クリックで画像を拡大)
ただ、Texas Instruments(TI)のR&Dマネジャーで、同社のKilby Labsで所長を務めるAjith Amerasekera氏が指摘するように、「人は、何かが必要になるまで、それを必要としないものだ」。すなわち同氏の言葉通り、「モノのインターネットが提供する無限の可能性のうち、人々は何を本当に望むのか」という疑問の答えは、やがて市場が出すことになるだろう。
同氏は1つのアイデアとして、次のような“スマートルーム”を思い描いている。中にいる人物が誰かを認識し、その人の好みに合わせて、例えば照明や温度、湿度、エンタテインメントなど、さまざまな設定を自動的に調整する部屋だ。さらに、その人の健康管理上の要件に応じて、モニタリング機能を調整することもあり得るという。
「やがて、コーヒーカップすらネットワークアドレスを持つようになるかもしれない」(同氏)。カップの中のコーヒーの残量を検知して、コーヒーメーカーに対してもっとコーヒーを作れと信号を送るわけだ。ただし、「今の時点では、こうした無限の可能性を評価することすら難しい」(同氏)。
シームレスなユーザー体験が当然に
モノのインターネットを生かした消費者向けアプリケーションでは、制御とモニタリング、診断が共通のテーマになる。こう指摘するのは、市場調査会社である米国のGartnerで無線分野の調査ディレクターを務めるMark Hung氏だ。同氏は、アプリケーションの開発者たちが、「テレビゲームの中の爆発シーンに同期させて、リビングルームの照明を点滅させるといった、シームレスな(つなぎ目の無い)ユーザー体験を作り出すことに目を向けるようになるだろう」とみる。そしてゲームのユーザーは、そのような機能を「現在、ゲームの動画と音楽が同期しているのと同様に、当たり前だと思うようになる」(同氏)と予想する。
もし住宅にモノのインターネットが導入されたらどうなるのだろうか(図5)。それをいち早く経験したいなら、次のラスベガス旅行で「Aria Resort and Casino」に宿泊することをお勧めしよう。このホテルに構築されたZigBeeネットワークには、8万個を超えるデバイスがつながっている(図6)。そして、4500の客室それぞれにも、10個を超えるモノのインターネット対応デバイスが配備されているのだ。ドアロックや照明、窓の日よけ、エアコン、テレビ、ラジオ付き時計、リモコンといった“スマートデバイス”群である。宿泊者はベッドの横にあるディスプレイを使って、時間帯や、選択したアクティビティ、あるいはそのときの気分に応じて独自の「シーン」を設定でき、それに合わせてスマートデバイス群のさまざまなパラメータが調整される仕組みだ。
図5 “コネクテッドホーム”が生まれる ZigBee技術を使えば、住宅の照明やエアコン、セキュリティセンサー、スマートメーター、インホームディスプレイといったデバイス群をネットワーク化して、互いにデータをやりとりできる。こうした“コネクテッドホーム”によって、より安全で環境負荷が低く、さらに快適な生活環境を作り出すことが可能になるかもしれない。出典:Ember
米国のZigBeeチップベンダーであるEmberでCEOを務め、このホテルのZigBeeネットワークの構築に参加したBob LeFort氏は、人類の未来はテレビアニメの「宇宙家族ジェットソン(The Jetsons)」のようにはならないと話す。つまり同氏は、モノのインターネットを利用したアプリケーションでは、“設定後は操作不要(いわゆるset-and-forget)”という方式が中心になるとみる。その方が、「人々をもっと能率的に、その生活をより安全にできる。一言で言えば、あらゆることをもっと便利にできる」(同氏)からだ。
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