若きエンジニアへのエール〜他人に伝わる「言葉」を持とう〜:エンジニアのための市場調査入門 ―番外編―(2/3 ページ)
「理系」の若いエンジニアの方々には「他人に通用する言語を持つように」とアドバイスしたい。「他人に通用する」とは、「専門用語を駆使しないで話し相手に理解される」ということだ。
思い出深いエンジニアの「共通点」
これまでの長いマーケティング・リサーチャー生活の中で、数多くのエンジニアの方に取材に対応していただいた。そのエンジニアの方々の中で思い出深く、とてもお世話になったと感じられる人には幾つかの共通点がある。まとめてみると、
- 相手のレベルに合わせて話ができる
- ざっくばらんである
- 独自の視点を持っている
- 次世代を育てようとしている
- 第一印象に似合わずお酒好き
あくまでも私の見方であるが、こうした方々は仕事(取材や情報交換)を通してだけでなく、酒席でもご一緒させていただいているので、人間としての見方は大きく間違っていないはずである。
我々はマーケティング・リサーチのプロであるから、被取材者もプロ相手というレベルで話をすることを前提とする。従って、基本的な用語を解説するようなレベルまで下げて話をするようなことはない。我々もそれなりの準備をして取材に望む。それでも、準備の段階ではカバーできなかった技術や用語、業界特性といったものがあり、そうしたことについては恥ずかしながら相手に質問しなければならない。そのような時、上に挙げた共通点を持った方々は、素人には難易度の高い用語などをあえて使用せずに、背景なども含めてきっちり解説してくれる人たちなのである。
難しいことをやさしく解説できるような人は、そのことについてより深く理解しているということだけでなく、その周辺分野についてもよく勉強している。ある分野に精通した人というのは自分に自信を持っているので、他人に対して構えるところがない。ということは、ざっくばらんに人と接することができる。だが実際には、木で鼻をくくったような態度をとる「理系人」は少なくないのだ。
ざっくばらんで難しいことを簡単に解説してくれる、ということは下の若い世代を育てようという気持ちにもつながる。実際、私は「PP(ポリプロピレン)」の研究開発に携わった研究者や技術者で知らない人はいないであろう、エンジニアの「T氏」にそのことを確かめたことがある。
するとT氏は、「会社のことで隠す必要があることなど何もない。あるはずがない。それよりも、あなたのような人に理解してもらって、あなたの作品が世に出て、ライバル企業同士が切磋琢磨し、そのことで日本が少しでもより良くなるのであれば、それにこしたことはない」と答えてくださった。それは2000年ころ、私が矢野経済研究所に入社して既に10年を超えていた時期だったが、こうした一言がこの仕事を続けられてきた大きな原動力になっている。
T氏のことを思い返すと、このエンジニアはある種、教育者で思想家で、かつ哲学者でもあったように感じる。自分自身の直属の部下だけでなく部門、会社、取引先、地域などその影響力は極めて広範囲にわたっている。2005年ころ、T氏はシンガポールの米国系企業の社長のポジションに就き、残念ながらお付き合いは無くなってしまった。現在は中東の某国で、石油化学の専門学校(大学レベル)の教授として後進の指導に当たっている。
「楽しく伝える」は「正確に伝える」ことにつながる
「理系」を卒業し、エンジニアになったような人は仕事上、常に新しいアイデアや発見を求めている。だから、独自の視点や表現力を持つ人が少なくない。エンジニアに限らず、仕事でも趣味でも集中して打ち込んできた人の文章やインタビュー記事などは、とても表現豊かだ。
私は、日本経済新聞の朝刊の最後のページに掲載されている「私の履歴書」をいつも楽しみに愛読しているが、2012年6月に掲載されたのは慶應義塾大学の名誉教授で物理学者の米沢富美子先生の連載であった。同先生とは面識がないどころか、私はうかつにも連載で初めてお名前を知ったくらいなのではあるが、先生の文章はやさしく楽しく読むことができた。
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