―実践編(目次)――英語に愛されない私たちの行動原理「目的は手段を正当化する」:「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論(5)(2/2 ページ)
今回から「英語に愛されないエンジニアのための新行動論」の実践編に入ります。エンジニアが海外に出張または赴任したときに突き当たる困難にいかに立ち向かうか、10回に分けて解説します。私たち「英語に愛されないエンジニア」は、異国の地で泥を啜(すす)っても、仕事を完遂するのです。そのための手段に是非はありません。
執筆者の江端氏、「実は英語ができる!?」
「『英語に愛されないエンジニア』のための行動論」の執筆者である私、江端智一が、「実は英語に愛されていた」という疑惑が、今、まことしやかにささやかれているそうです。このうわさの出どころは、諸説ありますが、1つにはEE Times Japan編集部であるとも言われています。
もし、これが事実であるとするなら、空前絶後、前代未聞の大スキャンダル。不実な言葉で埋めつくされた原稿を執筆し続け、「英語に愛されている」くせに、「愛されていない」フリをして、薄ら笑いを浮べながら、日々の生活において英語に苦しむエンジニアを、実に4カ月もの長き間、愚弄(ぐろう)し続けていたことになります。もし、私が読者の立場だったとしたら、絶対に許さない。社会的な大不祥事の当事者として、国会の証人喚問の対象になったとしても当然であり、「法が裁けないなら、この手で……」と、私なら執筆者に対して処罰を行使することをためらいません。
しかし、私は正真正銘の「英語に愛されないエンジニア」です。文字通り、「残念なくらい」に英語に愛されていません。以下の2つの事実から、このテーゼを立証します。
(1)悲惨な大学受験の歴史
私の大学志望校の進学を、最後まで徹底的に妨害したのは、「英語」という受験科目でした。こんなに一生懸命に勉強していた私に対して、「英語」は最後まで冷たかった。
高校の英語の教諭は、間接的ではありましたが、「こんなに英語を真面目に勉強しながら、ここまで成績に反映されない生徒は見たことがない」ということを暗に私に告げていましたし、予備校の模擬の偏差値や、そして受験の合否結果は、もっと直接的に「うん、あんたの英語はダメだよ」と告げていました。英語という教科さえなければ、私は、日本の大学どころか、私は「米国」や「英国」の大学にすら合格していたという自信があります。
今、私は自分の娘たちに語っています。「全ての若者には無限の可能性がある。ただし、英語が邪魔をしない範囲において」と。このように、大学受験の段階において、英語と私の関係は最悪の形で完成したのです。
(2)私が喋る英語に対する周囲の評価――「すごい」
第2の論証は、実施例でご紹介します。ある飲み会の席でのこと。欧州の会社と数年前に打ち合わせをしたときの思い出話になりました。そのとき、一緒に働いていた英語が堪能な外注先の女性が、私に言いました。
「江端さんの英語は、本当に『すごい』です」。――「すごい」。私は、英語に関してこの「すごい」以外の評価をもらったことが、一度もありません。
「あのさぁ、その『すごい』っていうのは、私の英会話は完璧で、100%の意思疎通ができていたっていう意味かな?」
「いいえ、違います」
「じゃあ、正しい発音と用語で、英語を使用していたという意味だね?」
「いいえ、違います」
「あ、そうか。英語には多々問題はあったものの、取りあえず仕事は完遂したという意味だ」
「いいえ、違います」
「えー!? それじゃあ、一体どういう意味なの?」
「文字通りです。江端さんの英語は『すごい』んです」
「はぁ?」と、私が首をかしげているところに、上司や同僚、後輩がわらわらと集ってきて、そして、私の回りで言い出しました。
「うん、そうだ。江端の英語は『すごい』」
「確かに、あれはすざまじい」
「あれほど、『すごい』英語は見たことも、聞いたこともない」
「よく、あんな『すごい』英語が使えるものだ」
分かりますか。皆さん。これまでの人生において、誰一人として、私の喋る英語が「通じる」とも「分かる」とも「役に立つ」とも、そして、「私の英語で助かった」とも、ひと言も言われたことはないのです。
さらに、これを裏づける証拠を、もう1つ追加しましょう。昨年、仕事でイギリスに出張したのですが、その関係者から「江端さんは、今回もロンドンで元気よく『宇宙語』を喋っていましたよ」というメールが、私以外の関係者に流れていたそうです(もう、バレています)。ここから導かれる結論は、1つしかありません。私が使っているのは「英語」ではなく、どうやら地球上の知的生命体には理解が難しい特殊な音声信号である、という事実です。
まとめます。
(1)私の大学受験の英語の回答欄には、おそらく英語以外の何かが記載されていたと思われます。採点者は首をかしげながら、不合格の判定をしたのでしょう。
(2)私が英語と思って使っている言語は、英語以外の特殊な信号に変換されて出力されており、今なお、その状態が続いていることが客観的に認められます。
上記の事実より、本連載の著者である江端智一が、「英語に愛されていない」というテーゼは、一片の疑義なく、真実であるという結論に至るわけです。
本連載は、毎月1回公開予定です。アイティメディアIDの登録会員の皆さまは、下記のリンクから、公開時にメールでお知らせする「連載アラート」に登録できます。
Profile
江端智一(えばた ともいち) @Tomoichi_Ebata
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「江端さんのホームページ」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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